独楽

遊庵作のたけとんぼを飛ばしながら、居候の螢惑はぼーっとしていた。たけとんぼがくるくると回りながら空を飛ぶのはおもしろいのだが、実はちょっと飽きてもいた。
「なんだ、螢惑。つまんねーのか?」
遊庵が尋ねると、口数の少ない居候兼弟子はこっくりとうなずく。
「うん。他のがしたい」
「他の…って?」
自分が子供だった頃から、相当の年月がたっているので子供が何をすれば楽しいのかイマイチ遊庵にはわからない。とりあえず、子供自身にといかけたならば。螢惑は、しばらく考えて口にした。
「…独楽とか」
「独楽回しか…お前には、まだちっと早いなぁ」
「なんで?」
「あれは、大人にならないと駄目だ」
「…そうなの?」
螢惑は、目をぱちくりさせていた。今は手元にないが、以前は独楽回しをして遊んでいたのに、遊庵は大人にならないと駄目だという。何故なのか、理解できなかった。
「結構、力仕事だからな」
きっぱりはっきりと言う遊庵を、螢惑はじーっとみつめた。大人の独楽は、そんなに大きいのだろうか?
「ゆんゆん、回して遊んだことあるの?」
「遊庵師匠と呼べ。もちろんあるに決まってる。うるさくて、面白かったぜ」
「…うるさい?」
螢惑の問いに、あっさりと遊庵は答える。
「静かなのは、つまんねーからな。適当に泣いたり叫いたりされるほうが、興奮するぜ♪」
…独楽が泣いたり、叫んだりするらしい。想像もつかないが、何だかすごそうな独楽だ。うーんうーんと考えながら、螢惑はさらに問いかけていた。
「ゆんゆん、どうやって回したの?」
「遊庵師匠だ、つーてるだろーが」
げし、と螢惑の頭に拳骨をお見舞いして遊庵は得意げに胸を張って話し始める。
「まずは生娘を用意する。借金の形とか、拐かしとか無理矢理が理想だな。それを座敷に閉じこめて、帯を解いて、ぐいっと引けば、面白いくらい回るぜ。くるくるってなー♪生娘が、お止め下さい!とか言えば完璧だ。そんで楽しく着物を剥いだ後は、美味しくいただくっ!」
拳を握りしめて熱く語る遊庵を、螢惑は意味を半分も理解できず呆然とみつめていた。
「やっぱ”生娘独楽回し”は、漢の浪漫だな!」
背景に燃えさかる炎か、怒濤の大波のようなモノを背負って遊庵が叫んだ瞬間。
「───遊庵。あなたという人は…子供に何を教えてるんですか…っ!」
おどろおどろしい気配と、地を這うような声がした。
第三者の声に師弟が振り向くと。そこには太四老の長でもある村正が、こめかみをひくつかせながら立っている。たまたま尋ねて来たようだが、明らかに怒っていた。
「き、来てたのか、村正…」
「少しは、恥をしりなさいっ!」
顔を引きつらせる遊庵に、教育的指導な無明神風流が襲いかかる。
その日、遊庵は神風の清響を聞いたらしい…。
だが村正の天誅は、時既に遅く。
──螢惑が”生娘独楽回し”の言葉を忘れることはなかった。

あれから、時は流れて。
螢惑あらため、ほたるは。幼い頃に習った師匠の教えを、そろそろ実現させようかと考えていた。教えというか、浪漫だが。
ゆやの後ろ姿をみるたびに、帯が気になってしょうがない。もう我慢も限界だった。
「……ゆやは、独楽を回したことある?」
「え?ないですけど…」
「じゃ、こっちで回そう」
「ほ、ほたるさん…?」
意味がよくわかっていないゆやの手を引いて、ほたるは旅籠と話をつけた座敷へとゆやを誘った。
───その後、座敷からは「止めてくださいっ!」等々の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。ほたるの”生娘独楽回し”は、成功したのかも…しれない。