覚えていますか?

「覚えていますか?」
そう聞かれたなら、ポップは迷わず答えるだろう。
「記憶にございませんっ!」

二日酔いの朝は、最悪な気分だった。胸はムカムカするし、頭はガンガンしている。それでも布団の中がぬくぬくしているのは、わずかな救いだった……住人が、自分だけだったならば。
まだ寒い冬の朝、ポップは毛布にくるまって全部夢だ…!と目をつぶっていた。
だが、おそるおそる目をあけても傍らの物体は存在していて。しかも、腕をまわして自分の肩を抱いてたりなんかして。こんなことなら、一生目覚めたくなかった──!というのは、ポップの偽らざる本音だった。
「…ポップ」
低い声が、すぐ側から聞こえる。
その間にも、ポップは状況を把握していた。こんな時にも素早い己の情報処理能力の高さに、情けなくなってくる。自分は素っ裸。相手も、間違いなく素っ裸。そして、二人とも紛れもなく、生物学上のオス。オスなのだ…どーしよーもなく。
「起きているだろう?」
ゆっくりと語りかけられる声。こんな近くで聞いたのは、初めてな気がする。憎らしいくらい、冷静な声だった。自分は、こんなにもパニくっているとゆーのに!
「……すまないと思っている」
そんでもって、口に出す台詞までもカッコイイ気がする。少なくとも、声もだせない自分に較べたならば。毛布をひっかぶったまま、ポップの内圧のボルテージは、徐々に上昇し始めていた。
相手は何をしたのか。自分は何をしたのか。やっぱ、ナニですか?
素っ裸で男二人がベッドで同衾しても、ナニもなかったでOKだよな!と笑い飛ばしたいのに。隣の男は、何故に血迷っているのだろーか。昨晩、飲んだくれていたときの記憶が、がぽっと抜けている己が心底恨めしい。一体、自分は何をしでかしたのだろーか。
ポップの恐慌状態は、隣の男──ヒュンケルの一言で最高潮に達していた。
「───責任は…」
「うわわあああーーーーーーっ!」」
奇声と共に跳ね起きたポップは、次の瞬間、ヒュンケルをベッドの下に蹴り落としていた。かよわい(…)魔法使いの火事場の馬鹿力だった。
どすん、と目を見開いたままヒュンケルは床に落下する。かぶっていたシーツもろともに蹴り倒したのでモロだしの悲劇は避けられたが……マヌケな姿には変わりない。
「俺は覚えてない!覚えてないってことは、心神喪失状態!責任能力ナシ!訴えても、絶対俺は無罪っ!大体これは不幸な事故だ!俺は気にしないから、お前も気にするな!なっっ?」
祈るようにポップはまくし立てていた。立て板に水のポップをヒュンケルは呆然と眺めていたが、縋るように念をおされて、思わず頷いていた。
「あ、ああ…お前が、そう言うなら…」
複雑な表情ではあったが。

あたふたと脱ぎ散らかされた服をきて、逃げるようにポップはヒュンケルの部屋を後にしていた。それを見送りながら、ヒュンケルは溜息ともに呟く。
「──責任をとりたいと…願っても無駄か」
実はヒュンケルも昨晩の記憶はなかった。ただ目覚めたとき、ポップを抱きしめていた。その温もりだけが、腕に残っている。ポップを脱がせたのは、まちがいなく自分なのだろう…下心が無かったとはいえなかった。ポップにそんな気が、欠片もなかったとしても。それにしても、ポップがあれほど元気だったということは、自分は上手くやったということなのだろうか?
かえすがえすも、記憶がないのが口惜しいヒュンケルだった。

一方、遁走したポップは胸を撫で下ろしていた。
「や、やばかった…やっぱ、深酒はやめよう」
うんうんと頷きながらも、はーっと溜息をもらす。
「だいたい…責任とれとか言われても、俺、とれねーしなぁ…マアムとかメルルだったら、責任とって結婚するけど。ヒュンケルを嫁には……」
そう呟いたとき、脳内にウェディングドレスなヒュンケル(けっこうゴツイ)を想像してしまって青ざめる。
「か、勘弁してくれ…」
二日酔いの吐き気までこみ上げてきた胸を押さえながら、ポップは祈っていた。
昨晩の事を、ヒュンケルがノラ犬に噛まれたとおもって忘れてくれますように…!と、切実に。

二人の思考はすれ違っている。
ナニも存在しなかったのが原因と思われる。
酒に酔うと、オスという生き物は役に立たなかったりする場合が多々あるのだ。この場合、幸運だったのはポップの方なのだが、ポップは自分が男に襲われるという可能性を、これっぽっちも考えていなかった。男を間違って襲う可能性は疑ったらしいが(笑)
相変わらず、自分のことについてはとことん鈍い大魔道士だった。