言わない関係

子供や小鳥や仔猫のように、求愛ができたら苦労はないが。

ポップはヒュンケルに大きなノコギリと小さなハンマーを渡して言った。
「バダック爺さんのトコに行ってこい」
「…………」
意味不明なモノを手渡されて、ヒュンケルは困惑する。だが、目の前のポップはあからさまに不機嫌だった。質問のひとつも許可してくれそうにない。
「…わかった」
とりあえずヒュンケルは応えると、ポップの自室を後にしていた。手に不釣り合いな、大きなノコギリと小さなハンマーを携えて。
ヒュンケルをにこやかに迎えたバダックは大喜びだった。
「おお、さすがはポップくん!取り寄せが早くて助かるのぉ」
ほくほく顔のバダックに、居合わせたクロコダインが首を傾げながら尋ねる。ヒュンケルもまた思っていたことを。
「じいさん、それを一体どうするんだ?」
「おお、これはな。今度の宴会の余興に使うんじゃよ。このノコギリでもって音楽を奏でるんじゃ!」
「…ノコギリで音楽…?」
「ふむ。論より証拠じゃ。まあ見ていなさい」
バダックは不思議そうなクロコダインとヒュンケルに、自慢のノコギリ芸を披露しながら説明してくれるのだった。
○イスに座ります。
○次に、のこぎりのハンドルを右太腿の下にはさみ、のこぎりの刃を左太腿の上から斜めに構えます。
○左手でのこぎりの刃の先端を持ち、親指を副えてのこぎりの先端を上の方に持ち上げるようにします。
○左手を下方向へ押すようにして、のこぎりをS字に曲げます。 後は、弓で弾く事、あるいはハンマーで叩く事で音をだします。
○音程は左手でのこぎりを下に押して曲げを大きくすると音程が高くなります。
「おお!上手いなじいさん!」
ノコギリが奏でる意外な音色にクロコダインは大喜びだった。
「当然じゃよクロコダイン!なんたってワシはパプニカ1の宴会王だからの!ついでに、こういうこともできるんじゃよ」
ノコギリを曲げながら、バダックはハンマーを滑らせていく。
「お〜ま〜え〜は〜ア〜ホ〜か〜!」
「いいぞ、じいさん!」
バダックとクロコダインは、すっかり二人で盛り上がっていた。だがヒュンケルは石のように固まっていた。ノリについていけなかったワケではない。ポップが自分に使いを言いつけた理由を、察してしまったのだ。
──お前は、アホか。
遠回しにポップはヒュンケルに告げたのだ。
ポップに関しては哀しいほど聡い己が、ヒュンケルは恨めしかった。

今頃、ヒュンケルはバダックの十八番を聞かされているだろうか。ポップは不機嫌な顔で部屋を後にして、日当たりのよい木の枝の上に陣取っていた。なんとなく隠れたい気分だったのだ。
ポップとヒュンケルはお付き合いなるものを始めていた。だが周囲には内緒にしている。ヒュンケルは率先して言いふらすタイプではないし、ポップもまた公にしたくはなかった。ささやかなプライドが邪魔をしているのだ。
何しろ口べたな野郎に抱きつかれ押し倒され──イロイロあって「お前、俺が好きなの?」という問いをすれば頷かれ、なし崩しというかボディランゲージでもって始まった関係だったのだ。
「…言葉が欲しいなんて、言えるか」
わずかに頬をそめつつも、けっと吐き捨てるように、ポップは口にしていた。
情けない自分にいらだって、ヒュンケルに嫌味ったらしい遠回しな嫌がらせをしてしまった。そのことでさらに自己嫌悪になり、ポップは何だかどよーんと孤独に淀んでいるのだった。
どれくらい枝の上にいたのだろう。ふと気配に気がつけば、ドラキーが一匹、心配そうにポップをのぞき込んでいた。おや、と首をめぐらせばパピラスもいたりする。獣王遊撃隊のメンバーだった。

バダックの演奏会から解放されたヒュンケルは、ふらふらと城の中をさまよっていた。目的はないが、何となく本能でポップの姿を求めていた。
二階の回廊の窓から、柔らかな声が聞こえてくる。灯りに引き寄せられる羽虫のように近づけば。窓から見える庭の片隅で、ポップが笑っていた。
獣遊撃隊のメンバーと遊んでいた。チウと口喧嘩をしながらも、その他のモンスターたちに無邪気な笑みを見せていた。
ころころと変わる豊かな表情。
気配を殺して、盗みみるように見ていた。いつからだろう。ポップが自分の前で表情をあまり変えなくなっていたのは。気が付けば、もの問いたげな表情を浮かべ始めていたのは。
呆然としていたヒュンケルの隣で、衣擦れの音がした。顔をあげると、城の主であるレオナが立っていた。
ヒュンケルよりも年若い姫君は、意味深な笑みを浮かべながら朴念仁な剣士に問いかける。唐突な問いだった。
「魔法とは何か、あなたはしっていて?」
「…俺は魔法を使えん」
首をふるヒュンケルに、肩をすくめながらレオナは続けた。
「だから知らなくていい、だなんて。子供みたいなこと言わないで。大雑把に説明するとね、魔法は意思で精霊の力を集め、言葉でその力を現実に具現させるものなの」
「………」
賢者でもある姫君が何をいいたいのか、ヒュンケルにはさっぱりわからない。レオナは悪戯っぽい笑顔を浮かべながら口にした。
「まだわからないの?魔法を使うものにとって、意思と言葉は重要な意味を持つの。どちらが欠けても意味がないの。ましてや言葉にならないものなんて…現実になっていないもの。疑われてもしょうがないわね」
自分とポップの関係を言われているのだと、ようやくヒュンケルは理解した。聡明な姫だと思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。(ヒュンケルは誤解しています。レオナの恋愛アンテナが鋭いだけです/笑)
もう一度、庭に目をむければ、ポップたちの側にいつの間にかダイやラーハルト、ヒムも合流していた。大分、背が伸びてポップとさほど変わらなくなったダイが、背後からポップに抱きついていた。子供の遊びの延長にみえるが…良く通るダイの声が聞こえた。
「俺ね、ポップが大好きだよ!」
ストレートな言葉に、ポップの頬がわずかに染まった。モンスターたちもそれぞれの鳴き声でもってポップに好意を伝えている。チウは相変わらず憎まれ口を叩いていたが、決して嫌いではないのは見れば解る。ヒムが笑いながらダイからポップを引っぺがして自分の懐に収めたとき。
我慢の限界に達したヒュンケルは、二階の窓際から消えていた。
すばらしい身のこなしでもって二階から飛び降り、ダッシュしていく剣士の姿をおもしろそうにレオナは見送っていた。
ここしばらく元気のないポップをみんなが心配していた。ポップに、沈んでいる姿は似合わないのだ。もっとも原因に気が付いたのはレオナ一人だったけれども。
庭でドタバタと起きる大騒ぎが、レオナには嬉しかった。やっぱり何事も、元気のあるほうがいい。そして元気になったポップは、レオナの仕事をサクサク手伝ってくれるに違いない。
「──大体、言わなくて解ってもらおうなんて、甘えてるわ。二人ともね」
恋愛初心者なポップとヒュンケルは、耳年増な姫さまに格好の…獲物として認識されていることに、まだ気づいてはいない。

子供や小鳥や仔猫のように、求愛ができても。
それはそれで問題なのだけれど。