ラーハルトの話

「…私は、もう村にいることはできません」
赤毛の剣士が、養父であるドラゴンに告げていた。
おそらく、俺たちにとって彼女──フィデスは重要な存在に違いない。それは仲間内の話し合いで共通した意見だった。ヒムが見たという涙型の石の首飾り。それは、アバンのしるしに違いない。彼女のもつそれが、アバンのリリルーラに応えた。だからこそ、我々は彼女の傍に現れることになったのだ。
そして次に問題になったのは、それがどちらのものか、ということだった。
大魔道士として伝説の存在となっているポップのものか…伝説すら残っていないダイ様のものか。
ダイ様の幼い頃にうり二つのティダという子供の存在も気にかかるが、ティダについてもフィデスは深く関与している。ヒムとレオナ姫が集めた村の話によれば、まだ幼児だったティダを抱えて、少女だったフィデスは村に現れたのだという。そして村長の養子となったらしい。
現在、彼女はバーンの側近だった死神につけねらわれているとレオナ姫とヒムは言った。死神は、彼女の周りにも被害をもたらすと嘯いていたとも。短い付き合いだが、フィデスは分かり易い性格をしていた。自分のために周囲を犠牲にすることに耐えられるとは思えなかった。旅立ちの決断は、当然のものだったのだろう。
「──お前が、しるしを携えて村に現れたときから…いつか旅立っていくのはわかっていた」
年老いたドラゴンの声は、優しかった。俺はドラゴンがこれほど優しい声を出せるだなんて、今まで知らなかった。
「フィデス。お前は心のままに生きなさい。それが何より──お前にしるしを与えた方の御心に添うだろう。村のことは心配しなくて大丈夫だから。それとティダはどうするんだい?」
「…村に置いてゆきます。私の旅は、戦いの旅になるでしょう……そんな危険な旅に、あの子をつれてはいけません」
「そうだな。せめてティダが一人前の魔法を使えたなら……いや、どちらにしてもまだ幼い。村に残るがよかろう」
「どうか、お願いします」
「うむ…お前こそ、気をつけるようにな」
「はい」
礼をつくして、フィデスは去っていった。残されたドラゴンは、巨体をくるりと回転させると我々の元へと歩み寄ってきた。そして薄く開き、声を届けていた窓を開けはなち、庭にいた俺とアバンを見下ろした。
「…お聞きの通りです。フィデスは、まもなく旅立つでしょう」
「村長…何故、私たちに立ち聞きの許可を?」
当然の疑問を、アバンは口にしていた。村長は、複雑な表情を浮かべていたが、やがてはっきりと口にした。
「私はフィデスが心配なのです。あの子を、たった一人で危険な旅にやりたくないのです。親バカと笑ってくださって構いません…どうか、あの子に付いていっては貰えないでしょうか」
そういうドラゴンは、親の顔をしていた。
アバンは、やわらかく頷いていた。
「親が子を想うのは、当然ですよ。そして、私たちを信用して下さって、ありがとうございます」
「フィデスとティダの身元については、想像するしかできません。あの子は、何も話さなかった。だが、私はあの子を信用しました。あの子の持つしるしに……私は見覚えがありましたので」
村長は言葉を濁したが、言われなくても推測は簡単だった。村長は、大魔道士と会ったことがあるのだから。やはり、あの輝聖石はポップのものなのだろうか。
では、ダイ様はどうなってしまったというのか。
「ラーハルト…私は、あの二人の絆を信じています」
まるで俺の心の内を見透かしたかのように、アバンは言った。
「あなたは?」
最後の戦いで、ダイ様のために命をくれと言った魔法使い。未熟だった過去を微塵も感じさせることなく、ダイ様の隣に立っていた。そうであることが当然のように。あの二人にあった絆は、決して断ち切れることはないと断言できる。
「あれを信じずに…他の何を信じればいい」
俺が応えると、アバンもまた頷いていた。
鍵を握るフィデスはポップにゆかりのものかもしれない。だが、ポップが見つかったならばダイ様についてもわかるに違いない。それは確信だった。

旅立ちの日、フィデスは驚いていた。それはそうだろう。一人旅のつもりが、同行者が4人もいたのだから。
あの後、俺たちは話し合って二手に別れる事を決めた。
チウと老師、マアム、ヒュンケル、ヒムは村に留まる。万が一、敵襲があっても彼らがいれば安心できる。そしてフィデスに同行するのは、俺とアバン、クロコダインとレオナ姫だった。俺としてはレオナ姫は残したかったのだが…本人が「回復専門が一人いると、便利なんだから!」と強く主張し、その言い分が最もだったので了承せざるを得なかった。
ティダは、出立の場に現れなかった。
肩を落とすフィデスを、レオナ姫が元気づけている。こうしてみれば、彼女の存在は良いムードメーカーだった。
そして、俺たちは旅だった。行き先は、フィデスだけが知っていた。
願わくば、この旅の先にダイ様がいますように。


村をでてしばらくして、俺はアバンと顔を見合わせていた。クロコダインも苦笑いをしている。先にたって歩き、会話を交わしているレオナ姫とフィデスはまだ気づいていないが……直にフィデスほどの剣士ならば気づくだろう。俺たちの後を、ちょこちょこと隠れながら追いかけてくる小さな影のことを。