ヒムの話

なんか、すげー事になったなーってのが正直な感想だ。俺は、別に世界がどうなっても興味はなかったりする。ヒュンケルや隊長は、なんだかショックみたいだが。もしかしなくても、一番もとの世界に愛着がなかったのは、俺なんだろうな。
そういう理由もあってか、俺はこの村をすんなりと受け入れることができた。村の奴らは気のいい奴らだ。中でも一番、お人よしなのは赤毛の剣士──フィデスだった。
実は、最初にあったときから狙っていた。
そう口にするとレオナ姫とやらが目を輝かせたけど、好きだとか、惚れたとかそういうのじゃなくて。かなり強いヤツみたいだから、拳を交えてみたかったのだ。何もいわねーけど、ラーハルトの野郎も、そう思ってるに違いない。ときどき、もの欲しそーね目でフィデスをみてるからな。ヒュンケルは、ショックの強いマァムの面倒をみたりクロコダインやアバンと相談したり忙しそうでそれどころではないみたいだ。
「…ヒムだって、けっこう物欲しそうな目をしてるわよ?」
「そうか?」
「自分じゃ気づいてないのね」
俺のとなりで肩をすくめるのは、レオナ姫。なんだか、この娘はマァムほどショックを受けてないように見える。そう言うと、レオナ姫は少しだけ笑った。
「あたしだって、ショックよ。ただ──いろんなものを失うのに、馴れちゃったのかもしれないわね」
よくない傾向だわ、とひとりごちる彼女に、俺は猛烈に申し訳ない気分になった。素直に謝罪すると、レオナ姫は笑って許してくれた。懐が深い。この娘は、人の上にたつ存在なのだと思った。おそらくはハドラー様のように。
夕暮れが近づいていた。あてがわれた家に戻ろうとするとき、目の前をててっと小さな影が走っていく。危ないとされている森に、まっしぐらに走っていくのは、こまっしゃくれたガキのティダだった。
「…ティダくん!何処にいくのっ!」
「──レオナには、関係ないっ!ほっとけよっ!」
心配したレオナ姫が呼びかけても、立ち止まりもせずに叫び返してくる。俺のとなりで、レオナ姫の身体が小刻みにゆれていた。
「……うふふ。ティダくんって…生意気よね…」
「そーだな」
「一発、ガツンとやっちゃってもOKよね?」
「賛成だ」
そんでもって、俺たちはティダの後を追った。
森の入り口でティダの首根っこをつかまえる。じたじたとあばれるが、俺にぶら下げられてムダだとはおもわねーのか?ぶらーんと猫みたいなティダに、レオナ姫はくどくどとお説教をはじめていた。
「大体、ここには近づいちゃだめなんでしょう!」
「だって、フィデスが!」
思わず言い返したティダは、しまったと顔に書いていた。
「フィデスが、どうかしたの?」
すかさず突っ込むレオナ姫に、ティダはぶーたれた顔で黙り込む。見ればみるほど勇者に似てるが、こういう表情を見せられると別人なんだなーと理解できた。
「ティダ!一体、何を隠してる……っ!」
レオナ姫は言葉を切った。森の中から、剣戟の音が聞こえたために。
振り向いた彼女と視線があう。俺たちは、同時にそっちに駆けだしていた。ちなみにティダをぶら下げたままだったが。
森の中に開いた、小さな空間。そこには、剣を構えたフィデスと。
巨大な鎌を構えた、死神が対峙していた。
「な…っ!どうして、あいつが…っ!」
「アバン先生が倒したはずなのに…っ!」
駆けつけた俺たちの前に、ゆっくりとフィデスが移動する。こいつは、また俺たちをかばう気なのか。お人好しにもほどがある。レオナ姫やティダはともかく、俺をかばう必要なんざゼロだ。ぶら下げていたティダをレオナ姫に押しつけると、俺は拳をにぎってフィデスの隣に立っていた。
「助っ人してやるぜ。俺は強いから、安心しな」
「…そうでしたね。よろしくお願いします」
フィデスは、俺をみて少しだけ安心したようだった。
背後でティダがわめいているが、レオナ姫はがっしりと押さえつけているのだろう。二人の気配は少しずつに遠ざかっていた。村に戻っているに違いない。
「せっかく二人っきりだったのに。無粋な邪魔が入っちゃったね」
「ならば、去れ。私はお前と話すことなど、何もない」
剣を構えたまま、フィデスは静かに口にしていた。
「でも、ボクには用があるんだ。キミを我が主に献上しなくちゃいけない。雑魚をいくらけしかけても無駄だと思ったから、こうして足を運んだんだヨ。是非、キミを招待したい。キミがきてくれないと……キミの大切なモノに何かがあるかもしれないネ」
「……!」
含みのある死神の物言いが気に入らなかった。相手の弱みにつけ込むヤツは、とにかくきにいらねぇ。俺は、拳を死神に向けていた。同時にフィデスも剣を振りかぶって、踏み込む。おお、俺たち連携してるじゃねーか。
俺とフィデスは死神野郎と戦った。死神野郎は結構強かった。んでもって、フィデスも予想通りかなりの使い手だった。ヒュンケルよりは力は劣るが、それをスピードで補っている。いいぜ、強いヤツと一緒だとゾクゾクしてくる。
気がつけば、雑魚がわらわら出てきていたが俺たちの敵じゃなかった。
で、死神野郎を追いつめたんだけど。
最後の最後で、逃げられちまった。空間を操るヤツってのは、めんどくさいぜ。雑魚どもを一掃して、フィデスは剣を納めた。そん時、ちょっと気になったことがある。
戦闘中、フィデスは死神野郎に服を切り裂かれてたんだ。服だけで身体に傷はないけどよ。でも、服の隙間からこぼれた小さな石の首飾り。あれって…ヒュンケルやレオナ姫が持ってるのと、同じモンじゃねーか?