マアムの話

抜き身の剣をさげて、赤毛の剣士は呆然としていた。背の高さはヒュンケルやラーハルトよりも少しだけ低い。ただ体格は較べものにならないほど、細い。でもチウをモンスターの爪からかばってくれた。正体もわからないのというのに、動作に迷いはかけらもなかった。
たったそれだけだったけれど、この人を信じれると思った。
みんなも、同じことを感じたのだと思う。血の気の多いヒムが真っ先に飛び出し、鎧化したラーハルトも続いた。クロコダインも当然のようにモンスターをなぎ倒していく。
戦闘は、あっという間に終わり、立っているのは私たちだけになっていた。
赤毛の剣士は、剣を鞘におさめると深々と頭をさげる。
「私は、フィデスといいます。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
礼儀ただしさに好感を覚えた。満身創痍だったから傷の治療を申し出ると、連れを避難させていたので迎えにいきたいと言った。私たちも、その後に続く。
森の中の、大きな木の上に赤毛の剣士──フィデスが呼びかけていた。
「ティダ!もう大丈夫です!」
するとガサガサと上から降りてくる音が聞こえた。でも、途中でとまってしまう。変わりに、心配そうな子供の声が降ってきた。
「フィデス、その人たち誰?」
「私の恩人です。先ほど、助けてもらったんです」
「………騙されてるんじゃない?」
「ティダ!何て失礼なことを…」
「だってフィデス、人が良すぎるよ。ちょっとは警戒した方がいい」
木の上と下でかわされる会話は、ちょっとだけカチンとしたが、わからいでもないからアバン先生やクロコダインは苦笑していた。
木の上の子供は、フィデスが心配だったらしくやがて降りてくる。
彼が姿を見せたときの驚きを、どう言えば良かっただろう。
降りてきた──ティダと呼ばれた子供は。
ダイにそっくりだった。
絶句した私たちの中で、一番早くたちなおったのはアバン先生だった。
「君は…ティダでいいのかな?」
「うん。俺はティダだよ。おじさんは?何でフィデスを助けてくれたの?何処にいく途中?」
矢次ばやに質問するティダは、警戒心で毛を逆立てた仔猫みたいだった。困ったようにフィデスがとりなしても、聞く耳をもっていない。天真爛漫で、人を疑うことをしらなかったダイとは……かなり違っていた。よくよくみれば、ティダの方がダイよりも二つ三つ、幼いというのに。
「私はアバンといいます。フィデスを助けたのは、彼が私たちの仲間を助けてくれたからです。今は、はぐれてしまった仲間を探している途中なんですよ」
アバン先生がにこやかに話しかけても、ティダは胡散臭い目で私たちを見ていた。……初対面で妙な一行を見つめる目としては、正しいかもしれない。そう思えば、フィデスは人が良すぎるだろう。
フィデスは私たちを自分の村に招待してくれた。野宿を覚悟していただけに、有難い申し出だった。フィデスが先頭にたって歩き出しても、小さなティダは不機嫌そうだった。アバン先生がおどけてみせても、冷めた視線を変えようとはしない。外見がダイにそっくりなだけに、何だか調子が狂ってしまう。
しばらく歩いたとき、思い出したようにティダは口にしていた。
「あのさ、早めにいっとくけど。フィデスは”彼”じゃなくて”彼女”だからね」
…私たちが受けた衝撃は、ティダが現れたとき以上だったかもしれない。