愛が呼ぶほうへ

遠くから、自分を呼ぶ声を聞いていた。
懐かしくて、優しい声だった。
その声に誘われて、目を覚ました。

帰ってきた。
ダイは海を見下ろす丘の上で思った。
ここは…たぶん、パプニカだと思う。海の色に覚えがあった。
「レオナ…いるよね?」
ゆっくりと海岸沿いを歩いた。今までの自分が何処にいたのかはわからない。ただ、あの爆発で受けた傷を癒していたのだと思う。目覚めた自分は最後の戦いの時からそんなに変わっていなかった。それでも身体の奥には、長く眠っていたとき特有の怠さが残っている。
どれぐらい眠っていたのかは見当もつかないが…自分をみるかぎり、一年以上ではないと思った。
誰もいない海岸沿いをとことこと歩いていると岬がみえる。その先端には、何故か自分の剣が突き刺さっている。そして自分の剣が突き刺さった側に、人影があった。
海風にたなびく萌葱色のマントの下は、緑色の法衣。
黒髪に、黄色いバンダナを巻いている後ろ姿。
反射的にダイは駆けだして、その懐かしい後ろ姿にしがみついていた。
「ただいま!ポップ!!」
「……っ!」
後ろから抱きつかれた人影は硬直していた。何だか覚えている体格よりも華奢になってる気がした。自分が大きくなったと思いたいが、残念なことにそんなに変わっていない。
「ポップ、大丈夫?痩せたんじゃないか?」
さらにぎゅうっと腕をまわしたとき、違和感にきづく。
「大変だ…!ポップ、胸が腫れてるよっ!」
そう叫んだとき。ダイは裏拳で殴りたおされていた。そして、げしげしっと踏みつけられる。
「ひ、ひどいよ、ポップ…」
「…今頃のこのこ帰ってきたあげく、親友を間違えるなんざ言語同断っ!ひどいのは、そっちだ!」
おもいっきり叫ばれた声に、ダイは唖然となった。
怒りをまとって立っているのは、黒髪に黄色いバンダナ、緑色の法衣を着て萌葱色のマントをまとった…少女だった。面差しは、ポップに似ている。やはり、彼は女顔だったのだろう。実際、そっくりな少女をみても違和感がない。マントに隠れていた髪も、長くて編んでいた。おちついてみればポップとは別人だった。
「ご、ごめんなさいっっ!」
思わずあやまっても、蹴りが収まることはない。
「ポル!何をしているの!」
悲鳴のような声がする。そちらをみたダイは、彼女の名を呼んでいた。
「レオナ!」
駆け寄ってきた金の髪の少女は、困ったように微笑んで立ち止まった。ポル、と呼ばれたポップにそっくりな少女は、ようやくダイを足蹴にするのを止める。そして、ふん、とばかりにそっぽを向いてしまった。
地面の上に転がったダイに、金の髪の少女は近づく。そして手をさしのべながら言った。
「…お帰りなさいませ、勇者ダイさま」
「…レオナ?」
「私は、ベルダと申します。あちらにいますのは、私の双子の姉で、ポルガです」
ダイは目を白黒させた。レオナにそっくりな少女は、レオナではないのだ。ポップに似た少女がポップでないように。
疑問を一杯にうかべたダイに、ポルガという名前の少女が告げた。
「レオナは、私たちの母の名前だ。私たちの父親は、大魔道士と呼ばれたポップ。勇者ダイ、あなたは20年の間、行方知れずだった」
衝撃の宣告に、ダイは言葉を失った。


呆然となったダイは、二人の少女に導かれるままにパプニカ城に入城していた。岬の剣を手にしていたから、門番や出くわした人々はみな驚いていた。だが、二人の王女の連れを咎めることができるものはない。
やがて人波をかきわけて、年老いた兵士が飛び出してくる。
「…ダイくん…っ!」
感極まったようにダイに抱きつき、涙するのは。記憶にあるよりも遥かに年老いたバダックだった。その後ろには、壮年となり貫禄をました賢者アポロの姿もある。ダイはどうしていいのかわからなかった。
人波が、二つにわれる。
居合わせた人々が、現れた女性に敬意を払い頭を垂れる。彼女をみたとき、ダイはフローラを思い出していた。
大人になったレオナは、とても綺麗だった。
「ダイくん、おかえりなさい」
微笑んだ笑みの向こう側に、少女だったレオナがいた。
20年という時の流れの果ての、再会だった。