輪舞曲

「賢者の選択」
彼女の決断は、諸外国、および国内からそう評された。
まさしくパプニカの女王に相応しい選択だと。
パプニカは賢者の国。武芸よりも、魔法の方が評価される傾向がある。その国を統治する女王が、世界最高の賢者──本人は大魔道士と名乗ってはいるが──を、夫に迎える。しかも彼は勇者の親友で、大魔王と最後まで戦った英雄だった。国民に反対するものは無かった。外国の王族や、戦火に怯えて隠れていた貴族たちを愛すべき女王の夫に据えるなど、彼らは考えてもいなかったのだから。

小さな礼拝堂の中は、蝋燭の明かりで輝いていた。戦火から奇跡的に逃れた礼拝堂は、古めかしい装飾とステンドグラスをほのかな灯りにきらめかせている。
婚礼の儀式は、密やかに行われた。家族と親しい友人だけが立ち会っていた。一国の女王の結婚式なのだから、いくらでも華やかにできる。ただ、それは彼らの望むところではなかった。いずれにせよ、この後に続く戴冠式と大舞踏会では、各国の賓客や貴族らが大量に待ち構えているのだから。
ヴェールをかぶった花嫁の手をとって、花婿が礼拝堂に入ってくる。オルガンの柔らかい音が音楽を奏でた。ゆっくりと進む二人の歩みにあわせて。
司祭が二人を祝福するために微笑みを浮かべた。
礼拝堂に座った花婿の両親や、師、友人たちも祝福するために二人を見つめていた。
通路の途中で、花嫁がおどけたように頬を花婿に寄せる。花婿の青年は、かすかな笑みを浮かべて、花嫁の背に、そっと手のひらを置いた。
二人が祭壇の前に並んでたったとき、初老の司祭は二人にゆっくりと頷き、祈りの儀式が始められた。
礼拝堂に、よく通る司祭の声が響く。儀式は、滞りなく進められていく。
「レオナ、あなたはこの男を夫とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓いますか?」
ヴェールの下の顔をまっすぐに上げて、パプニカの若き女王ははっきりと答える。
「私はこの男を夫とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」
満足そうな表情で、司祭は次に花婿に問いかけた。
「ポップ、あなたはこの女を妻とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓いますか?」
大魔道士の二つ名をもつ青年もまた、よどみなく答える。
「私はこの女を妻とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」
二人の答えを聞いた司祭は、彼らに祝福の祈りを与えて宣言した。
「ここにこの二人が夫婦となったことを宣言する。この結婚に異議のあるものは申し立てよ。異議のない者は、永遠に沈黙をもって答えよ」
そして、お決まりの言葉を口にした。
「誓いのキスを」
見つめあう眼差しの間で、ゆっくりと手がうごいてヴェールをあげる。何度も見ているはずなのに、二人して初めて相手を見た気分だった。それが何だかおかしくて、どちらともなく同時に笑みを浮かべた。そして軽やかに唇をかさねた。
列席していた家族や仲間たちもまた、笑顔だった。人間も魔族もモンスターも、初代勇者も一代目大魔道士も三賢者も老戦士も、みんな。笑いながら、少しだけ照れくさそうに二人は証人の立ち会いのもと豪華な装丁の本に名前を綴った。パプニカの歴史の一頁となるために。

午前中にひっそりと行われた結婚式とは対照的に、続く戴冠式、そして大舞踏会は華やかに行われる。神殿で戴冠した女王は馬車に乗って、王城へと向かう。沿道は女王を祝福する民衆であふれかえり、彼らもまた浮かれ騒いでいた。
にこやかに彼らに微笑み、手をふる若いふたりは表情を変えることなく小声で会話している。
「うわー…なんか怖いなぁ」
「あら、可愛いものよ。城で待ち構えてるのに較べたら」
「う、そうかも」
「ちゃんと踊れるようになったかしら」
「……足元に気をつけてくれ」
小さな声は、歓声にかきけされ御者にも届かない。けれど二人の間では、通じ合っていた。

舞踏会で、最初に踊るのは当然、女王陛下と王婿殿下だった。トレードマークの黄色いバンダナの代わりに、細い金細工のサークレットを額に締めた青年が、小振りのティアラをかぶった貴婦人を広間の真ん中へとつれだす。儀礼にのっとった礼をかわせば、待ち構えていた楽団が輪舞曲を奏で始める。多くの賓客が見守る中、最初のステップを彼らは刻んだ。
思い出をかき消すように、軽やかな音楽がながれる。踊る二人は、誰といるよりも幸せそうだった。
踊る二人をみつめながら、アバンは隣にたつ妻に静かに語りかけていた。
「……歓びとは、溶けて落ちる哀しみの上にゆれる炎なんだそうですよ」
妻であり女王でもあるフローラもまた、静かに答えていた。
「まるで…周囲を暖かく照らすキャンドルのようですわね」
二人の会話は、それで終わったけれど。瞳には柔らかい光が宿っていた。
音楽は流れ続ける。最初の輪舞曲が終わると、観客だった人々もまた手をとりあって踊り始める。笑いさざめく声と、祝福の声があちこちで交わされる。レオナはアバンと、ポップはフローラと踊った。その他の賓客たちも、彼らと踊るのを待っている。広間の喧騒の中でも、彼らはお互いが何処にいるのかを知っていた。互いを選んだことに、後悔はなかった。たとえ二人を結びつけたきっかけが、喪失という深い哀しみであったとしても。
まわるまわる輪舞曲。
語り継がれるおとぎ話のように。
結ばれた二人を分かつものは、神と死だけ。

───後の時代、光輝の女王と謳われるレオナと大魔道士として名を遺すポップは、愛情深く幸せな結婚生活をおくったと伝えられている。