Happy Dance

「あなたは踊らないの?」
薄紅色の髪を、綺麗に結い上げた娘が問いかけてきた。見知らぬ娘ではなかった。
「…興味はない。お前こそ、踊らないのか」
「踊りたいから、声をかけたのよ?」
ふわりと微笑む笑顔は、年相応の娘らしさがあった。とても拳で岩を砕く武闘家とも思えない。だが、どうして俺に声をかけてくるのだろう。
「ヒュンケルがいるだろう」
不機嫌に答えても、娘はひるまない。軽く笑って、背後を指し示しす。
「もういないわ。今は、あっち」
「…………」
示された先には、積極的な年配の婦人に踊りの輪に引き込まれた銀髪の剣士の姿があった。あれは、世話好きな宿屋の女将だったろうか。押しもなかなかだったから、断れなかったのだろう。内心同情しながら、なおも言った。目の前の娘──マアムとセットのように思い出される青年の姿を。
「ポップはどうした」
「向こうに決まってるじゃない」
マアムは呆れたように笑っていた。簡単に考えれば、お祭り好きのポップがいつまでも壁の花でいるはずもない。見覚えのある黒髪の娘と楽しそうに踊っている姿がみえる。
「…………」
他に言い訳を探すために沈黙すれば、マアムは先手を打つように言いつのった。
「ちなみにチウもクロコダインもヒムも老師さまも、みんな踊ってるの。私、出遅れちゃったみたいね」
踊りの輪には、彼らの姿もある。巨大な獣王の姿や、銀色の金属人間に怯えることもなく、うら若い村娘たちが笑っている。チウと踊っているのは、背格好の似た小さな少女だった。出遅れた自分に少しだけ自嘲していた。それでも意地になって口にした。
「…次の曲まで待つことだな」
「ひょっとして……踊れないの?」
だが心配そうに問われたとき、反射的に言い返していた。
「あんな単調な動きは、簡単にできる」
「じゃあ、踊りましょう!」
マアムは笑いながら俺の腕をひいていた。そして踊りの輪まで引きずっていこうとする。さすが武闘家だけあった、若い娘の力とは思えなかった。
「おい…!」
「簡単なんでしょう?」
文句を言おうとすれば、挑戦するように返される。もはや観念するしかなかった。
「当然だ」

不思議な気分だった。
魔族との混血として厭われた自分が、人間の娘と踊っている。周りにはモンスターたちも踊っていて、みんな笑っているのだ。目の前で、嘘偽りない笑顔を浮かべている娘が、一番不思議だった。
この祭りの前に、聞かされた話。
てっきりショックを受けていると思ったのに。
「…お前は、いいのか」
問いかければ、マアムは小首をかしげた。
「何のこと?」
「あいつの婚約のことだ」
「──あなたが、そんな事を聞いてくるなんて、意外ね」
心底意外そうな顔をされて、どこかむっとしながら問いを重ねた。
「それで、どうなんだ」
「少し寂しいけど……ポップが決めたんですもの。きっと、最良の選択だわ」
「…………」
はっきりとした答えに、迷いは微塵も感じられなかった。おもわず口ごもった俺に、マアム鮮やかに微笑む。
「踊ってくれて、ありがとう。勇気をだして、良かった」
「そうか。では──パートナー・チェンジだ」
ちょうど曲の変わり目だった。隣には、ポップと黒髪の娘がいる。俺は、黒髪の娘の手をとっていた。

三拍子のリズムにのって、どこか恥ずかしそうに二人は踊る。
手をとりあって踊る二人のまわりに、花弁が踊る。白く儚い花弁は、風にのって運ばれてくる。季節の移り変わりを告げるように。
俺が二人を見つめるのとおなじように、黒髪の娘も二人をみていた。ヒュンケルもクロコダインも、ヒムもアバンも……昔から二人を知っている者たちは皆、密やかに彼らを見ていた。悪ふざけで踊る真似は何度か見た。けれど本当に踊っている二人を見たのは、初めてだった。

さよなら、と唇が動くのがわかった。
口にする二人は、不幸には見えなかった。

「私、ふられちゃいました。哀しいけど……でも、すっきりしました」
黒髪の娘──たしか、メルルとかいったはずだ。彼女もまた、笑顔だった。マアムと同じように、迷いのかけらもない鮮やかな笑顔。
「今夜は、新しい幸せを探す一番最初の日なんです」
「そうか。おめでとうと言うべきだな」
「…ありがとうございます。ラーハルトさん」
そう言って、黒髪の娘は微笑んだ。綺麗な笑顔だった。
女の武器は涙だと、ずっと思っていた。だが、違うのだ。一番の女の武器は、笑顔なのだ。俺は、思い知らされていた。
きっとこの娘は幸せになる、と確信できる。
マアムもメルルも。まっすぐに顔をあげて、鮮やかに生きていくのだろう。ポップがレオナ姫の手をとることを選んだことを後悔しないように。