Saudade

初恋は、実らない。それは定番のようにくり返される言葉。
あの頃は、その言葉に反発していた。そして何が何でもこの恋を叶えてみせると、思った。
初恋が、どれほど脆いものなのか知らなかったから。
…約束なんて、自分たちの間には存在しなかったのに。
定番のようにくり返す人たちは、知っていたのかもしれない。
言葉にならなかった約束は、淡雪のように消えてしまうものなのだと。

時がたてば、思い出は美しくかわる。会えない歳月が、寂しさを生むように。初めての恋を後生大事に抱えていても、時間は流れていて。気がつけば、側にいてくれる人に安らぎを見つけていた。
お調子者で、スケベで、憎めない悪童のような笑顔に騙されてはいけない。時折、瞳にひらめく怜悧な知性を甘く見てはいけない。そう知っていれば、彼との会話は楽しかった。軽い言葉に、駆け引きをこめて。売り言葉に買い言葉が飛び交い、互いの知識と腹黒さに満足を覚えた。
最初は、友情だと思っていたのだ。
誰よりも、大切な友人なのだと。
いつからだろう。野次馬のように楽しんでいた彼の恋の顛末を、楽しむことが出来なくなったのは。彼が好きだった少女も、彼を好きだった少女も、自分の大切な友人だったのに。
柔らかな視線の先に、自分だけを映して欲しいと願いはじめていたのは。
彼が一番大切にしている存在が、自分の初恋の相手だと思い知ったとき。それすらも利用して、彼を手に入れたいと願った自分を見つけた。



パプニカで成人と認められるのは18才だった。
17才になったとき、レオナはポップの実家を訪れていた。現在、ポップは世界中を旅しているが、定期的に実家には連絡をいれている。何でも父親にかなりキツく言われたらしい。母親に心配をかけるな、と。そういう訳でポップと連絡をとるには、実家が一番確実な窓口だった。
ランカークスは静かな村だった。穏やかに暮らす村人は、この村の武器屋の息子が世界を救った勇者の親友だとは思いもしないだろう。武器屋の息子ポップは、家出をした先で魔法使いに弟子入りして、現在も修行中である…と彼らは思っている。旅先で知り合ったという、少し変わった友人たちが武器屋を訪れても。「ポップは昔から、人好きのする子だったから」と、納得するのだった。情報伝達手段が伝聞しかないため、勇者の仲間について詳細な情報を持つ者は少ないのだ。
そんな「旅先で知り合った友人」として、レオナはランカークスを訪れる。
何度か訪れた武器屋に近づくと、戸口を掃いていた女が顔をあげる。ポップの母親のスティーヌだった。息子と面差しの似た柔らかい笑顔でもって、彼女はレオナを迎えてくれた。
「いらっしゃい、レオナ」
「こんにちは、おばさま」
スティーヌもポップの父親であるジャンクも、レオナを一人の少女として扱ってくれた。レオナ本人が強く望んだ意向をくんでくれているのだ。その心遣いはとても嬉しいものだったけれど、今回の自分の目的を知れば…どうなるのか解らない。一抹の寂しさを感じるが、自分の望みを諦めたくはなかった。
「ポップに御用かしら。だったらちょうどいいわ、いまね…」
「母さん!俺の上着、何処にやったのー?」
スティーヌの声を遮るように、二階から声がおちてくる。窓から身を乗り出して叫んでいるのは、三月ばかり目にしていなかった旧友の姿だった。
「あれ、ひ…じゃねぇ、レオナ?」
驚いたように自分を見つめる彼は、いつもの癖である呼び方をしようとして、あわてて言い直す。その姿をみて、レオナは決意を新たにした。
必ず手に入れよう、と。

「護衛もなしで、何ふらふらしてんだ?」
眉をひそめて不機嫌に言われても、肩をすくめてみせる。
「お忍びなの。仰々しい護衛なんて、つけれるわけないでしょ」
「あんた、自分の立場わかってんのか?」
「当然でしょう。ついでに自分の価値も能力も知ってるわ。普通の兵士よりも、私の方がずっと強いってこともね」
自分でいうのも何だけど、賢者としては有能なほうだと思っている。護身用の剣術も、一通りはこなせる。度胸とはったりならトップクラスだと自負しているが、間違ってはいまい。
さらりと言い返せば、ポップは苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、それ以上の文句は口にしなかった。自分の力を、それなりに評価してくれているのだと思うと、何だか嬉しくなる。むろん、表には出さなかったけれど。
家に招きいれてくれたスティーヌは、にこにこと上機嫌だった。
「今晩の食卓は、にぎやかになるわね。お客さんがいっぱいだと、腕の振るいがいがあるわ」
「私の他にも、誰か来るんですか?」
「ええ。今晩は、ロンさんとノヴァ、それにヒュンケルとラーハルトもくるのよ」
スティーヌの説明によれば、ロン・ベルクの家にヒュンケルとラーハルトの二人が訪ねてきていたのを、ジャンクが招待したのだそうだ。
「じゃあ、支度も大変ですね。私、手伝います」
「あらあら、いいのよ。ポップもいることだし」
「…久々の里帰りなのに、ゆっくりできねーのかよ」
ぶつぶつと文句をいうポップに、スティーヌは柔らかくはあるが有無を言わせぬ口調で手伝いを命じていた。せっかくのチャンスだから、少しは好感度を上げたいなぁと思っても、罰は当たらないだろう。
「でも、一人だけ待ってるのもつまらないし。手伝わせて下さい」
重ねていえば、スティーヌは了承してくれた。ポップは、ひどく驚いた顔をしていたが、気にしない。これでも一応、料理はできるのだ。

夕食の席に集まった面々は、自分をみて驚いていたが、すぐに馴れたようだった。三人で作った料理を並べると、皆、綺麗にたいらげていく。口数の少ない野郎ばっかりだから、どんな風になるのかと危惧していたが、やはりポップが会話を繋げていた。ポップが途切れないように話題を降り、それぞれが突っ込んだり説明したり、夕食の席としては申し分ない談笑がかわされた。
食事が終わり、お茶が運ばれたとき。ポップが改めて問いかけてくる。
「で、何の用なんだ?姫さん」
「あら、私はスティーヌとジャンクに用があって来たのよ?」
そういうと、ポップもスティーヌもジャンクも、その他の面々も驚いた顔をした。
「うちの親に、何のようだよ」
「やっぱり、親御さんへの挨拶が基本じゃない」
にっこりと、とびきりの笑顔で口にする。ポップは全く意味がわからないという顔をしていたし、その他の朴念仁も同様だった。ただ、ノヴァだけが「まさか」という表情をちらりとみせていた。
スティーヌが台所から帰ってきて、席についてとき。
真剣な顔で、スティーヌとジャンクに告げた。
「息子さんを、私──パプニカ女王レオナの配偶者としてむかえることを、お許し願えますか?」

その後の大騒動は、夜更けまで続いた。
ジャンクは「余所様の娘さんをたぶらかしおって、バカ息子が───っ!」と、ポップに殴る蹴る投げ飛ばすの暴行を働き。
スティーヌは「あらまあ、どうしましょう……ポップも、そういう年頃になったのねぇ」と、にこにこと微笑み。
図らずも立ち会い人になったロン、ラーハルト、ヒュンケルは「個人の問題だ」と深入りを避けた。ノヴァだけは「レオナさま…!」と呆然となっていたけれど。プロポーズされた当人、ポップといえば。
「何で、いきなりそーゆー話になるんだっ!正気に戻れ、レオナっ!」
…ジャンクの暴力をかわしながら、必死で叫んでいた。
今まで親しい友人だと思っていた相手から、いきなりプロポーズされたのだから青天の霹靂だろう。でも──。
絶対に逃がさない、とレオナは決意していた。自分自身でいるために、レオナは幼い恋心に別れをつげたのだから。