眼下の敵

初めて言葉を交わしたときに、理解した。
目の前にいるのは、自分と同じ種類の人間なのだと。
半獣であっても、仙であっても。
学生であっても、冢宰であっても。
同じ物に価値を見、同じ者を愛しみ、同じモノを疎む。
自分たちは、同類なのだと知った。

「…お前が、許すとは思わなかったな」
ささやかで無礼講な宴の最中、延王は言った。となりには、相変わらず涼しげな貌の男が座している。官服でこそないが、印象の似通った格好をしていた。一国の冢宰の身なりとしては、大分、質素になるだろう。もっとも声をかけた延王のほうも、とても王には見えない出で立ちだったが。
穏やかな表情を浮かべつつ、浩瀚は延王に答える。
「主上が、楽俊殿をお望みでしたから」
それが全てだといわんばかりの答えに、延王はふん、と鼻をならした。
「陽子の望みと、お前の望みが合致するとは、思わなかった」
「これは異な事を。主の望みは、臣下の望みでございましょう」
誠実な言葉と態度に偽りはなく、誰も疑いはしまい。だが延王は嘲笑った。「楽俊ならいざ知らず、お前がそんな殊勝なたまか」
手にした杯をくるくるともてあそびながら、口にする。
「惚れていたのだろう」
態度とは裏腹に、低い声は真摯だった。
浩瀚はゆっくりと視線をあげ、延王をみつめた。
遠くから、婚儀を言祝ぐ唄が聞こえた。
景王は、大公を迎えたのだ。若い朝にとって大きな出来事だったが、予想されていたほど大きな混乱はなかった。慶という国そのものが、良い意味での混乱状態のためかもしれない。旧弊をとりのぞき、新しいものを望む風潮が、其処ここに満ちていた。
興奮がすぎれば、反動もくる。しかし浩瀚には備えがあり、当然、陽子や楽俊にも覚悟がある。祝賀を大々的に行わず、今日のようにささやかに行っているのも、そのひとつだった。
だが延王の興味は、そこにはない。
慶の民や金波宮の官吏の思惑など、延の王の知るところではないし、関係もない。
彼は、となりに座る男の心中が知りたかった。
怜悧な印象の男だった。同時に、情の強い男だとも思った。男を見たとき、延王は故郷の海を思い出した。表面は凪いでいても、波の下には激しい潮の流れがある。浩瀚という男は、そのような男に見えた。
そんな男が、惚れた女をみすみす手放すだろうか。
何もすることなく、潔く恋敵にゆずるだろうか。
諦めのよいものが、百官の長に立つことはない。それは地位に相応しくないのだ。延王のみるところ、浩瀚は誰よりも慶国冢宰として、相応しかった。

直接的な延王の問いに、浩瀚は答えなかった。
だが、口元に笑みを浮かべていた。
艶やかで、危険な笑みだった。
「私は、楽俊殿を認めているのです。彼は、誰よりも主上に相応しい」
声にならない言葉を、延王は聞く。
相手にとって、不足はない──という言葉を。
「なるほど。お前の勝負は、今から始まるのだな。あまり、楽俊をいじめるなよ?」
「はて、何のことでしょう。ですが同じ舞台に上がったからには、手加減など無用。むしろ不敬というものではありませんか?」
空とぼける浩瀚は、心から楽しそうだった。これから遭遇するだろう楽俊の苦労を思い、延王は心の中で同情する。もっとも野次馬根性の方が、強かったが。
「主上はお若い。楽俊殿も、若い。私は長く生きてきました。これからも、長く生きたいと思っております。あの方を想う心は、私を生かしてくれるでしょう。待つことを、苦とは思いません」
己よりも長い生を生きる男に、浩瀚は言い放つ。
「安寧に溺れるならば、それまでのこと」
そう言い残し、浩瀚は延王の前を辞した。


※楽俊VS浩瀚。でもとくに戦わない。気分は、たれぱんだ(古っ)で。しかし延王と浩瀚の会話だけ…看板に偽り有りですいません…。管理人的に、楽俊と浩瀚は似たもの同士なイメージがあります。同じものの、使用前、使用後、みたいな(笑)なんということでしょう…!と、妙なナレーションを呟いてみたり。とりあえず楽陽になっても油断してはいけません、な話を書いてみたかったのです。浩陽でも同じですが。陽子の気付かないところ、つまり水面下で「隙をみせたら、貰っちゃうよ」な男同士の争いが続くといいなぁ、と思っております。