御題百選伍拾壱〜七拾伍


[ 051.「遵帝の故事」 ]



[ 052.優男 ]

ひげを剃った男の話




[ 053.夜明け ]



[ 054.慰め ]



[ 055.穏やかな暮らし ]

私が望めば、あなたは左将軍の地位をゆずってくださると?
それは、できません。主上の信に、背くつもりはありません。
それで良い。あなたは、主上──女王の守護者なのだから。




[ 056.門番 ]

元禁門の伍長




[ 057.ためいき ]



[ 058.しかたがない ]

「できれば、桓魋と主上には内密にして貰いたいですな」
浩瀚の房室に音もなく入り込んだ去邴は、不機嫌そうに口にしていた。
報告書を受けとり、目を通しながら浩瀚は問いかける。
「それはまた、何故だ?」
「嫌われたくないからですよ」
迷いの無い答えに、浩瀚は報告書から目をあげて去邴を見つめた。
「……私ならば、構わないと?」
その視線で全てを征すると官吏の間で噂される慶国冢宰の視線を真っ向からうけとめて、禁軍中将軍を務める男はしれっと言い放つ。
「俺は、冢宰が嫌いですから」
悪びれない態度に、浩瀚の目に興味深そうな光が宿る。
「正直だな。理由を聞かせて貰えるだろうか」
もっともな問いに、去邴は肩をすくめていた。
「顔が良くて、頭も切れて、地位は百官で最高位、当然、金にも不自由はない。主上とは毎日顔を合わせることができて、四六時中、お側に侍っていても誰も咎める者は無し。そんな羨ましくも妬ましい男を、どうして好きになれますか?」
ずらずらっと並べられた理由に、思わず浩瀚も納得してしまう。苦笑を浮かべながら、ふて腐れた面もちの男に頷いていた。
「確かに。そんな男が私以外にいたならば、許しがたいな」
浩瀚の態度に、去邴はますます面白くなさそうな表情になる。
「性格がイイのも、忌々しい事この上ない」
「誉め言葉として聞いておこう」
余裕綽々な浩瀚の姿を、これ以上みたくはないのか、去邴はくるりと背をむけた。
「背後から刺されないように、気を付けて下さいよ。冢宰が死ぬのはしかたがないとしても、桓魋と主上が嘆くのは見たくはないもので」
背をむけたままヒラヒラと片手をふると、去邴は房室を出て行く。残された浩瀚は、静かな笑みを浮かべ、飄々と去る後ろ姿を見送っていた。


※去邴は汚れ仕事も担当します。元締めは浩瀚だったり遠甫だったり。



[ 059.半獣の身 ]



[ 060.回廊の先に ]



[ 061.愚策 ]



[ 062.まぬけ ]



[ 063.自然の摂理 ]



[ 064.人格者 ]



[ 065.無口な背中 ]

女将軍の話



[ 066.麒麟 ]



[ 067.あくび ]



[ 068.漏れる灯り ]



[ 069.美談 ]

そんなことは、どうでもいい




[ 070.愛想笑い ]



[ 071.黄海 ]



[ 072.その風貌 ]

「令法って、英国紳士みたいだよね」
そう言うと、祥瓊は首をかしげた。それをみて、ああ、と陽子は理解した。
「そっか、こちらには「紳士」って人物を指す言葉がないのか」
「エイコクシンシって、どんな人物のこと?」
「英国は、蓬莱にある国の名前なんだ。紳士っていうのは、えっと清潔で、洗練されてて、接する人にいい感じを与えることができて、礼儀正しくて、相手の立場を重んじることができる男の人のこと…かな?」
陽子が考えながら言葉をひねりだすと、意味を咀嚼したらしい祥瓊が明るい声で言った。
「あら、それなら浩瀚さまも「紳士」になるのね」
意外な人物の名前をあげられて、陽子は目を瞬かせる。客観的にみれば、確かにそうだとは思うが…なにかが、令法とは違っている。何かとは具体的に解らないが、それは見過ごせないもののはずで。悩んだ末、陽子は浩瀚を除外した。
「いや、浩瀚は……違うような気がする」
そう呟いたとき、背後から声がかかった。
「それは残念ですね」
「げ、浩瀚…!」
涼やかな声とは対照的な、狼狽した声を意にも介さず、浩瀚は言葉を続けた。
「私も、まだまだ列将軍に学ばねばならないようです」
噂をすれば何とやらとは、よく言ったものだ。浩瀚の背後には、どこで行き合ったのか瑛州右将軍、令法の姿もある。
「…………」
静かな笑顔と寡黙な視線に耐えきれなくなった陽子は、がばっと隣にいる祥瓊に向き直っていた。
「し、祥瓊!私に何か用があったんだろ?さあ、行こうかっ!」
「陽子、そんなに急がなくても…」
祥瓊の手をとって、陽子が遁走した後。ふと、令法が浩瀚に話しかけていた。
「…私の風貌のせいですよ」
「列将軍?」
珍しい相手から会話をふられ、浩瀚は興味深そうに令法を見つめた。
「主上がおっしゃる「紳士」とは、「安全な男」という意味も含んでいるのでしょう。冢宰は主上に「安全な男」だと、思われたいのですか」
わずかに高い目線でもって、令法は浩瀚を見下ろしていた。令法の風貌は、40〜50代というところ。陽子と並べば、ちょうど親子ほどの年回りだった。それを理解して、浩瀚は答えていた。
「──勿論ですとも」
さらりと返された答えの、しかし一瞬の躊躇を容易くみやぶった令法は、剣呑な視線でもって浩瀚をみつめる。主上がいうところの「紳士」であるがゆえに言葉にならない心の声は、彼の背後の暗雲にでかでかと浮かんでいた。
(やはり害虫か)
それを正確に読み取った浩瀚は、正しい認識をもつ相手に苦笑をかえすしかなかった。


※浩陽風味なもんで。浩瀚は「安全な男」とは、思われたくないんじゃないかなー…と。令法は、娘を持った父親の気分。外見はさておき実年齢は、あんまり変わらない設定の二人なんですが(笑)



[ 073.故人 ]

「民意は気まぐれで残酷です。多くの王は、自ら滅びるのかもしれません。けれど予王は、慶の民が殺しました」
静かに語る声音とは裏腹な内容に、陽子は目を瞠っていた。
目の前にいるのは瑛州中将軍、石菖。陽子は女兵士として大先輩な彼女の言葉に重きをおいていた。去邴が桓魋の邸に、桓魋が浩瀚の邸に酒瓶をもっておしかけていると聞いたとき、陽子は石菖の邸に酒瓶をもって押しかけることにしたのだった。軍務では無口な女将軍も、酒が入ると若干、饒舌になる。それが楽しくて、陽子は彼女の邸に足を運ぶのだったが。
今夜の話は、いつもと毛色が違っていた。
玻璃の杯を片手に、石菖は遠い目をしながら語り続ける。
「予王を選んだのは民意です。二つの王朝が相次いで瓦解し国が荒れたとき、民は穏やかで優しい王を願ったのでしょう。予王は、まさしくそのような方でした。選ばれるべくして、選ばれた方だった。けれど民は、あの方の弱さと臆病さを否定しました。優しさと臆病さと弱さは繋がっています。切り離せるものではありません」
言葉を切ると、石菖はまっすぐに陽子を見つめた。
「弱さとは、罪でしょうか」
咄嗟に答えることは出来なかった。
それでも次の瞬間、王が弱いことは許されないのではないかと思った。
だが、石菖の答えは異なっていた。
「弱くとも、構わなかったのです。お守りすれば、よかったのです。あの方は王だったのだから、当然のこと」
声音には、痛みがあった。それが誰のための痛みなのか、陽子には解らなかったけれども。
「優しさを望まれながら、弱さを否定される。予王は追いつめられ、逝かれました……台輔も含め我ら慶の民、全てが、あの方を殺したのです」
呟き閉ざされた瞳の睫毛は、濃い影を白皙の頬に落とす。ゆらめく灯りに照らされた睫毛は、震えているようにも見えた。
「望まれさえしなければ、善良な良き民として幸福な生をおくれた娘を」
王として選ばれなければ。
彼女と同じように選ばれた自分は、どうなのだろうかと陽子は思う。
蓬莱の地で、幸福に生きれたのだろうか。
彼の地で幸せに暮らす自分を、いまひとつ具体的に想像できず陽子は複雑な表情を浮かべるしかなかった。
石菖は、そんな陽子の様子に気付いているのかいないのか、呟くように言葉を綴っていた。
「この地に生きる慶の民は、皆、予王殺しの罪を免れることはできなかった──だから予王の死に、一片の責もない主上が王となられたのかもしれませんね」
陽子は、思わず口にしていた。
「私もいつか、死を望まれるかもしれない」
その言葉を聞いた石菖は、微笑んだ。とても綺麗な笑みだった。
「貴女は死にません」
きっぱりと言い切られ、陽子はいささかむっとなって言い返した。
「どうして言い切れる。民意とは、気まぐれなんだろう?」
「私が護ります」
告げられた声音の静けさと、言葉よりも雄弁な視線に陽子は声をなくす。そこにあるのは、使令が麒麟を見つめるような絶対の忠誠だった。

決して──貴女自身が望んだとしても、死なせはしません。

王を殺した石菖の声なき声を、陽子は聞いていた。


※綾波チックに(笑)。石菖(セキショウ)は、町っぽくしたいなぁ。マスター陽子で!予王云々は、ただの言い訳かもしれない。オリキャラの去邴、令法、石菖の三人は狂信とゆーか盲信とゆーか、とにかく取り扱い要注意な危険人物系です。



[ 074.雲の上 ]



[ 075.祝杯 ]