御題百選弐拾六〜五拾


[ 026.捨身木 ]



[ 027.ごめんなさい・・・ ]
おそるべきお説教



[ 028.転変 ]






[ 029.書斎 ]



[ 030.正寝にて ]



[ 031.炎の中 ]
死ぬことも我々の任務の一つだが、それは今日ではない。


[ 032.夢と幻と ]



[ 033.外道 ]
王のために民を殺すことに後悔はない



[ 034.雨季 ]
叛乱軍は、すぐそこまで迫っていた。
総数は、およそ二万。それに対して、この県城にある瑛州師は三師七千五百。倍以上も兵力が違う。正面から戦えば、負けるのは必然だった。兵法の常道である籠城の準備をしながらも、兵達の顔は暗い。果たして援軍はくるのだろうか、という不安がある。今にも降り出しそうなどんよりとした空模様もまた、彼らの心を重くしていた。
まだ昼間だというのに、辺りが暗くなった頃。真っ先に県城に駆けつけてきた瑛州右将軍が、ほぼ全ての兵に集合をかけた。
背は高く姿勢もよいが、どこか痩せぎすな印象の右将軍は皮甲を纏ってなお高級官吏にように見えた。覇気の感じられない姿に、士気はあがらず重苦しい雰囲気がその場をつつむ。
だが右将軍が怯えの色のかけらもない堂々たる声をあげたとき、兵達はそれまでの全てを忘れた。
「諸君、戦闘だ。敵はこちらを獲物だと考えていることだろう。巣穴に立てこもる怯えた獲物だ。だが彼らはこれから、己こそが獲物であったと知ることになる。暁の女王を戴く我らこそが、この戦場を支配する。敵の戦力に惑わされるな。狙いは、ただひとつだけでいい。焦りは度し難い失態を生む。この瞬間を楽しむことだ」
張りのある朗々とした声に、兵達は酔わされる。想像もしていなかった奇襲に、心は駆り立てられる。黒い空が、最初の一滴をおとしたとき、油をたっぷりとさされた城門は静かに開いていた。そこから吐き出されるのは人馬の群れ。ただ一点を目指して、脇目もふらずに駆けだしていく───激しくなる雨音は蹄の音を隠した。

金波宮に辿り着いた青鳥は、瑛州右将軍、令法の勝利の報を携えていたという。


※大河の桶狭間を見たので、そんなカンジで(笑)令法(リョウブ)の台詞はフルメタのマデューカス中佐の台詞を参考にしました。



[ 035.冷たい視線 ]



[ 036.無駄だ ]
※失道モノにつき要注意※

凌雲山の地底奥深くにある岩牢には、住人がいた。ただ一人の囚われ人には、食事も水も与えられることはなかった。だが、彼は死ななかった。死ねなかった、というのが正しいのかもしれない。高位の仙であるがゆえに。岩の隙間から、わずかに染み出る水とまばらな苔が、彼の命を繋いだ。主が道を失ったとき、彼はここに閉じ込められた。殺してくれればよかったのに、と思う。だが彼女は彼を殺さなかった。あれから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。深い地下に、時の流れは伝わってこない。来訪者が訪れぬかぎり。
ひたり、と微かな足音がした。
牢の奥に蹲っていた彼が顔をあげたならば、鉄格子の向こうに男が立っていた。左手に抜き身の剣をさげ、右手には布包みを抱えていた。
「白雉が鳴いた。末声だ」
「……そうか。それで私を殺しに来たか、岑将軍」
将軍と呼ばれた男――去邴は嗤った。
「何で、お前を殺す必要がある?俺は、あの方からお前を助けるようにと命じられたのに」
男は首を振った。すべてを否定するかのように。
「それは無理だ……あの方がいない。私を助けられるのは、あの方だけだ…」
去邴は手にした剣を、牢の中の男に向けた。剣には血がこびりついていた。誰の血だろう…と、剣を見ながら男はぼんやりと考える。
「台輔と令法、石菖があの方の供をされた。それで終わりだ。俺も、お前も、死ぬことは許されない」
「何故だ…?」
力ない問いに、去邴は投げやりに答える。
「この国の未来のため、かな?」
「あの方のいない国に、何の意味がある…?」
「意味がなくても、生きることは可能さ。お前がいれば、この国が完全に沈むことは無い。そうだろう?冢宰――浩瀚」
名を呼ばれて、男は去邴をまっすぐに見つめた。
「お前は死なない。死ぬことなど、できはしない」
静かに言うと、去邴は大切に抱えていた布包みをほどく。
暗色の布から、緋色の糸が零れ落ちた。鮮血のように。
去邴の腕にあるものを、呆然と浩瀚は見た。
緋色の糸は、長い髪だった。それに覆われた、丸いもの。血の気を失った、真っ白な肌。濃い睫に閉ざされた瞳。物言いたげな口唇は、紅を刷いてあるのか、ほのかに紅い。去邴は、少女の首を抱えていた。
「主上…っ!」
悲鳴のような浩瀚の声には、生気が宿っていた。
「この方が恋しいか?だが、お前は無力だ。剣もなく、歩くことさえおぼつかない。俺の行方をたどることもできまい。力がないということは、哀しいことだな」
「去邴…貴様、貴様は…!」
浩瀚は、よろめく足を踏みしめた。だが伸ばした手は鉄格子に阻まれ、届かない。
「無駄だ。今のお前には、何もできない。直に桓魋がくる。そしたら出して貰えるさ」
浩瀚の目前で、去邴は首を再び布に包み込む。そうして愛しげに胸に抱き、言い放った。
「欲しければ、奪い取ってみせろ。あばよ、浩瀚…!」
「去邴――!」
身を翻すと、去邴は闇に消える。
後には吼え続ける浩瀚だけが、あった。


※浩陽な失道の、イメージなんです…そんな訳で説明不測ですいません…。
「あばよ、浩瀚…!」な、捨て台詞が書いてみたかったようです。



[ 037.王の教育 ]
その騎獣は、狡(コウ)という妖獣なのだと教えてもらった。形は大型の犬のようだったが、全身は豹を思わせる美しい斑紋で覆われ、頭部には牛のような角を持っていた。
「名前は、何ていうの?」
陽子の問いに、題肩は快く答えてくれた。
「飛花(ヒカ)といいます。身体の模様が、花びらに似ているので」
「うん。とても綺麗だ。触っても、構わないだろうか?」
「どうぞ。これは、撫でられるのが好きなんですよ」
題肩の了承を得ると、陽子は飛花の毛並みに触れた。それは上質のベルベットのような手触りだった。
「すごいな…。それに、とても賢そうだ」
きらきらと輝く飛花の瞳を見て、陽子は羨ましげに呟いていた。望めばどんな騎獣も思いのままの地位にあるというのに、当人にはそんな自覚がない。それを好もしげに見つめながら、題肩は口にした。
「良い騎獣の条件のひとつを、ご存じですか?」
問われると、陽子は恨めしげに題肩を見上げた。
「…私は、ものを知らないんだ」
題肩は、陽子を見つめながら言った。
「怪我をしないことです。無事であること。それは、良い騎獣なんですよ」
「そう、なのか?」
意外そうに陽子は口にしていた。もっと、具体的な答えを期待していたのかもしれない。たとえば足が速いとか、人に馴れやすいなどの。題肩は、飛花の背を撫でながら告げた。
「突出した力はなくても、怪我をすることなく長い間走ってくれる騎獣は、ありがたいものです。戦場でこれが、無事に私を連れて帰ってくれるたびに、そう思います」
陽子は、感慨深げに飛花を見つめていた。そうして、ぽつりと呟く。
「…それで、いいのだろうか?」
言葉に込められた別の意味に、題肩は気づかないふりをした。
「はい。無事であってくれれば、嬉しく思います」


※無事是名馬(ぶじこれめいば)とは、菊池寛の造語だそうです。意味を調べてて、初めて知りました。故事だとばっかり思ってたのですが。狡は山海経から。瑞獣なんで、妖魔じゃない…と思ったもので。


[ 038.剣 ]



[ 039.身を委ねて ]



[ 040.偽王 ]
王者を語るために言葉は必要ない。ただ行いがあればいい。



[ 041.特別なもの ]



[ 042.故郷 ]



[ 043.鐘の音 ]



[ 044.子供のように ]
子供に武器を持たせたくない。そのための汚名なら、甘んじてうけるさ。



[ 045.嫌味 ]



[ 046.捕らえろ! ]



[ 047.遠き蓬莱 ]


[ 048.王宮 ]



[ 049.乱を ]
その乱を平定する過程は、酸鼻を極めた。
乱の首謀者は残虐な男ではなかったが、冷徹な男だった。冷静な計算によって、首謀者は民を効率よく巻き添えにして、犠牲にしたのだ。
そのつど追撃する王師は民の救援に時間をとられ、後手後手に回らざるをえなかった。それまでの犠牲もただならぬものがあったが、もっとも悲惨だったのは首謀者たちを瑛州の郷城においつめた最後の籠城戦だった。
一人、また一人。泣き叫ぶ女や子供が、城壁から生きながら投げ落とされる。王師を率いる女王が取引に応じるまで、それを続けると言った。賊軍と取引などとは、論外だった。それでも目の前で繰り広げられる光景に、女王が耐えられるかは疑問だった。
蒼白な面で女王は自らの民が殺されるのを見つめていた。乾いた瞳には、どす黒い怒りが渦巻き、唇は噛みしめられたまま戦慄いていた。
だが結局、郷城は短期間で落ちた。禁軍中将軍が率いた特別突入部隊が、郷城を制圧、内側から門を開けたのだ。乱の首魁たちも捕らえられ、生き残った民も保護された。
乱の巻き添えとなり命を落とした郷の民に、女王は補償を約束した。殺された女子供の墓にも自ら詣でた。民の多くは、女王の慈悲深さに涙した。
それでも、悲しみと怒りは残った。
もっともそれに苛まれていたのは、己の無力を思い知った女王だった。

郷城の外に設けられた女王の天幕は、一見そうだとはわからない。特に豪奢でもなく、大きくもなく。ただ警備の兵の数が、通常よりも多いことだけが特徴だった。
中の調度品も、推して知るべきで、簡素なものだった。だが今、それらは地面に散らばり、惨状を呈していた。女王の怒りが、吹き荒れたのだ。
「…主上」
天幕に入ってきた女将軍は、片隅にうずくまっている少女に声をかけた。冷静な声に、激した声がぶつけられた。
「私のせいだ…!私が、あの時、もっと上手く立ち回ればよかったんだ!そうすれば、あんな、あんなことは……っ!」
「そうすれば、乱はおこらなかったとお思いですか?政を上手く運べば、血は流されなかったと」
「当たり前のことじゃないか!乱が起こりさえしなければ、皆、死なずにすんだんだっ!」
うずくまった少女は、抱えた膝に顔を伏せていた。声は裏返っており、おそらく泣いているのだろう。女将軍は音もなく彼女に近づき、傍らに膝をつく。そっと伸ばされた手が赤い髪にふれたとき、少女は涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。濡れた瞳をまっすぐに見つめて、女将軍は告げた。
「政が上手くいったとしても、血は流れたでしょう…政は、血を流さない乱かもしれません。でもそれならば、乱は血を流す政です。結局のところ、政も乱も同じなのです。乱は、血を流しますが平時の政においても、血は流されます。私たち兵士の手が赤いのと同じように、官吏の手も赤いのです。仙であることは、民の血を流し、血を啜ることです。貴女の罪は、我らの罪です。どうか御自分を、必要以上に責めないで下さい」
真摯な声は、静かに響く。女王の罪を、共に背負うために。


※…何かえげつなくてすいません…。


[ 050.いのち ]