八重山放浪記

6/10

 今日は波照間。8:30の安栄に乗った。少し揺れるな、しかしいい天気だ。波照間まで1時間往復5700円ちょっと高いな。これからの事について考えてみた。考えたことについては西の浜で考えたことと合わせて書くことにしよう。港に着くと宿の車が何台かいた。けだもと荘の車を見つけたので、おばちゃんに今日泊まれるか聞いてみてみるとokとのこと、車に荷物を積んで宿へ走った。おばちゃんは小太りですごく優しい顔をしている。話してみるとやっぱり穏やかでいい人だ。宿は平屋の民家を少し改造した感じで部屋数は7,8くらいありそう。決して新
しくはないが手入れがされていて清潔感がある。
 
     最南端の碑                高那崎

     ハテルマの道
 
 自転車を借りて日本最南端の碑へ向かった。今日は日差しがきつい。ちょっとへこたれそうだ。30分くらいうろうろして碑に着いた。これが有人の日本最南端だ。日本の最南端は沖鳥島だったよな?けいこに電話した。日本最南端からの電話だ。たわいのない話をして切った。そこからすぐの高那崎へいった。すばらしい、紺碧の海とエメラルドグリーンの海、さいこーーー。すぐ側に星空観測所があったな。星がきれいなんだろうな。宿に帰り昼食とお昼寝。3時すぎに西の浜へ、美しすぎる、西の浜。シュノーケリングで沖まででて、フルチンで泳いだ。きもちいいいいいいいいい。数枚写真を撮って浅瀬で考え事をした。この浅瀬が白い砂に透き通った水、まるでモルジブのような光景だ。
 これからのことについて考えた。今年いっぱいは料理を中心に仕事をしよう。そして年明けにダイマスを、船舶免許取って、2月くらいから松永さんのとこで働こう。けいことは10月くらいから一緒に暮らして、年明けに実家に帰ってもらい、3月に西表で合流しよう。結婚式は松永さんのダイブリゾートでやろう。新婚旅行はその前にモルジブに行こうかな。2003年の夏に子供を仕込んで、2004年の6月に長女誕生、けいこは7,8ヶ月目くらいから鳥取の実家に帰ってもらい、子供が一才になるくらいまでそっちで暮らしてもらおうかな。そうすると松永さんとこもオープンから3年で、軌道にのっているのではないかな?けいこが帰ってくるころには、おれもそこそこ給料がもらえているのではないかな、それで2007年(まる5年勤務、37才、子供2人)頃に独立できればいいな。最初は家族(おじー、おばーの手伝いをいれて)5,6室の宿、おれも、けいこもダイマスとってガイドが出来るようにしておき、船は持たずに他のショップに便乗する。宿の運営としては、ダイビング客は極力自分で取り込み、その他のジャングルツアー等は提携する。西表を裏の裏まで楽しめるようにする。昆虫採集等も視野に入れる。こんなコンセプトかな、

 けだもと荘の晩御飯、カツオのさしみ:けっこう新鮮かな、なんかのはっぱ(少し渋みがあるあ)と一緒に食べた。カツオのかまぼこ(受注生産で珍品):カツオの味がしておいしい。蒲鉾のフライ:蒲鉾がおいしい。ゴーヤの天ぷら:全く苦くなくておいしい。ヒバーチの葉のフライ:よくわからない。かまぼこと人参の煮物、ツーナとのマヨあえ:これはうまい。ゴーヤのお浸し:苦くなくおいしい。ジューシ:全く脂っぽくなくさっぱりでおいしい。ヒバーチを入れているそうだ。ソーキソバ:出汁がきいていておいしい。でもたべきれない。とにかくおいしい。たぶん、内地の味付けになっていると思う。おばちゃんは若いとき(返還前)3年くらい横浜で仕事をしていたそうだ。だから味付けが内地になっているんじゃないかな。今日、一緒に食事したおじさんは千葉から来た蝶好きさん。なんと木更津生まれだって、びっくりね。弟とか木更津にいるんだって。奇遇だね、でも、おれもおじさんも相手の地名を聞いてもわからなかった、、、、

6/9

黒島で1本ダイビングしたので、簡単なポイントノート書いてみたよ。
港から船で5分、リーフ横の水路(max10m)のポイント。水路を100mくらい北西にいくと磯花が20くらいあった。濁りが強く、透明度は20mくらいかな。満潮に向かう潮止まりを狙ったが、流れていた。何かに捕まらないと写真が撮れない。アンカーを落としたリーフはすばらしいテーブルサンゴの群生地だった。これだけのテーブルサンゴは見たことがない。ポイントして民宿黒島しか利用していないので全く荒らされていない。ここは大事にしたいな。魚は大物は無し。ルリ、デバ、ハナゴイの群、これはきれい。
 1ダイブだけお願いしたので、15:00から仲本海岸へいった。リーフの外は小さいナポレオンとかいるよって言われて、わくわくしていってみた。3点セットを持ってリーフまで来たけど、少し波があって怖い、これはライジャケがないと危ないなと思って宿まで戻ることにした。戻る途中、リーフとパッチリーフの間の海で泳いでみた。これがびっくりするくらいサンゴがある。太陽光も入ってすばらしい。何枚か写真を撮って宿に戻った。ライジャケを着てリーフの外に出たが、さすがに怖くてあまり外には出られなかった。ということで全く収穫無し。
      
            仲本海岸

 17:40の安栄で石垣に向かった、池上さんと藤田さんが見送ってくれた。石垣に着き旅の宿に行くと、気色の悪いしゃべくりババアがまだいた。今回は中田さんという東京からの女の人と仲良くなった。編集の仕事をしていてダイビングが好きでパラオ、ラパス、御蔵、八重山に行ってるそうだ。明日から西表に行くといっていた。行ってらっしゃい・この人とと旅の宿の人何人かでタブラーとバイオリンのライブを聴きにいった。タブラーの奏者は旅の宿のお客さんで鳴海さんという。前にも書いたが話をしたことある人だ。タニファーという喫茶店でライブはあった。小さい喫茶店だがお客は満員だ。タブラーに関しては全く知識がないから、ネットで調べてみた。タブラーとは大きな太鼓(タブラー)小さな太鼓(バヤ)の二つからなり、南インドでの古典音楽には必需品らしい。聞いたことなかった。タブラーの音はリズムを刻むベースでバヤはメロディーを奏でているように聞こえた。不思議な世界。

6/8

朝、7:30に朝食へ、食事をしながら、おばちゃんに仕事の話を頼もうかどうしようかすごく考えていた。ここで働くのはチャンスなのか、それとも目先のにんじんに飛びつくようなものなのか?それがはっきりしない。おれに今必要な物、それは将来、民宿をやっていく上での知識と経験だ、知識と経験とはなんだろう。知識とは財務、経理の経営一般、料理、もてなしの接客一般、まず、必要な物、それは後者ではないか。このためにはどうすればよいのか、単的に言えば民宿で働くのがよいのではないか、しかし、実際に働き出すと雑務が多く忙しいだけで終わってしまうのではないか。しかし、これは何をしても同じだと思う。それなら、たあづくやは期間限定だからまずやってみるのに適しているのではないか。と古いCPUをフル回転させて結論を出したが、おばちゃんに一言が言い出せない。と、TVで今日の占いカウントダウンをやっている、獅子座はって見ていると、週末の運勢はワースト3、理由はあなたの優柔不断さが災いって言っている、これはいかん、まるでこの場を誰かが見ているようだ。思い切っておばちゃんに7月から雇って欲しいと言うと、あまり乗り気ではない。「部屋がないから、できれば女の子が良い」とのこと。ショックしかしここで負けてはいられない、「寝るとこはどこでも良いからお願いします」ともう一度お願いすると「連絡先は?」とおばちゃんが言ってきた。「携帯があります」と返事をすると「また、連絡するよ」ってさ。どうなのかな、しばらくしたら自分から電話してみよう。もう一度お願いしますと頭を下げて、支度をするため2Fにいった。ちゅらさんを見てからみわさんに港まで送ってもらった。その車中で「おばちゃんとはどこまで話した?」と聞かれて、「雇って欲しいと言ったが、あまりいい顔してなかったよ」と返事した。するとみわさんが「あたしの時もそうだったよ、でも、自分から電話したらokだったよ」と言われた。来週早々に電話しよう。さー今日は黒島に初上陸だ。安栄に乗り黒島へ。空は快晴、さいこーの海の色だ。竹富の横を通り過ぎ、遠くに西表を見ながら、30ほどで黒島に着いた。港から民宿黒島にTELして今日の宿を確保。しかし、不安が1つある、安栄のチケットを買ったときに気が付いたのだが、お金があと7000円しかない、、、恐る恐る宿代を聞くと5000円とのこと、なんとか宿には泊まれる、ほっとした。(内心は、どうせ郵便局があるから、おろせばいいやって思っていたけどね)宿に着き、チャリをかりて速攻郵便局へ。20000円おろして、うーーーん安心。さーー、黒島探検だ。探検は10時から17時までやっていた。気持ち良かったね。内容は書くのが面倒なので写真でね。夕飯の時に、大阪から来たであろうおにいちゃん(〜やさかいってしゃべるから間違いない)とテーブルが同じだった。良くしゃべるお兄ちゃんだ。おれも久しぶりに流暢君をセットしてしゃべってみた。けっこう好きみたいでいろいろ潜っている。これからナイトに行くそうだ。行ってらっしゃい。明日は1ダイブしよう。ちょっと贅沢、けいこごめんね。明日は98本目。もうすぐ100本。

 
船からの竹富、なんてきれいな海なんだ   西の浜、タイマイが産卵に来る砂浜

 
  まるでサバンナのような景色     長閑すぎる、青い空とおじーのリアカー

フズマリの海、フズマリとは島々の間の連絡を
のろしで行った場所のこと、ここからは西表、
新城
等の島が一望できる

6/7

白保に来て二日目だ。今日は珊瑚を見に行くことにした。2000円で船を出してもらうことになった。8時過ぎに降りていくと、おじちゃんが待っていた、ランクルの後ろに小さい船を引いている。これにのるんだ。海についてさーーーしゅっぱつ。青い海と、空、そして海人。かっこいい。まず、エダサンゴのポイントについた。おっちゃんが「少し先に船をとめるからそこまで珊瑚を見ながら泳いでおいで、船の近くにクマノミがたくさんいるよって」言っていた。デジカメもってどぶーーーん。一面のエダサンゴだ。すばらしい、ルリスズメ、ミスジ、、、しかし、濁りがあるな、赤土だ。ちょっと残念。船の近くまで行くと、ハマクマノミが30〜40匹くらい群れている。初めてみるな。それから、アオサンゴとキイロユビサンゴ、ハナサンゴの2つのポイントに潜った。このハナサンゴは美しい。びっくりだ。帰ってきてから、昼寝して、ごろごろ過ごした、今日はなんか頭が痛い、肩こりからの偏頭痛だ。早く寝よう。

 

ユビエダハマサンゴと海人、

6/6

朝7:15にあさごはんですよーーーーと、起こされた。あっ二度寝してしまった。さっさと支度して食堂へ、お母さんと赤ちゃん、おばーの3人のお客さんがいた。朝御飯のメニューー。

オクラをゆで、包丁で叩き、山芋のすったのと混ぜてある。うえに鰹ぶしをふってある、しょうゆか、マヨがおいしいよって言われた、また、生卵と混ぜても良いとのこと。大きめの卵焼き、にらと薄い鰹だし、あじはまあまあ、みそ汁は島の甘い味噌、とうがん、シメジ、人参、豚肉、具だくさんの八重山みそ汁だな。味は少し甘すぎるかな。まーー、オクラはおいしかったが他は特記無し。9時過ぎに宿を出た。料金6000円を払い、荷物を預かってもらって本屋にいった。何気なく沖縄コーナを見ていると、小さい「白保」という本があった。見てみると、すごい珊瑚の写真だった。これは見に行くしかないと思い。急ぎ宿に戻って、白保行きのバスにのった。バスにはNHKのラジオが流れていた。これも長閑でいいね。宿に着くと、感じのいいおねえちゃんと、ぶくぶくに太ったおばちゃんが出迎えてくれた。二人ともすごく感じがいい。部屋に荷物を置きシュノーケルセットをもって海岸へ。さーー白保のうみへ。


白保の海

今日は晴天、さいこーーーの海の色だ。少し濁っているが、エダサンゴにルリスズメ、ミスジリュウキュウが群れている。さんご自体あまりきれいではない。ちょっと残念、一時間くらい泳いで、砂浜で寝て、宿へ帰った。夕飯まで3時間、日記に写真を貼って遊んでいた。おれって結構まめなのね。


白保のユビエダハマサンゴ


夕飯のステーキ

夕飯は石垣牛のステーキだった。ちょっと、いやかなり意外だ。沖縄料理を食べに来たのに、、でも、うまいめちゃくちゃくちゃうまい。今日のお客さんは2人、大阪から来た正岡さんっていうかたで、大阪でシステム関係の仕事をしているそうだ。しかし、ただ者ではない。大阪から鹿児島までカブで行き、フェリーで石垣に入り、カブで八重山を走るそうだ。来週いっぱい休みをもらったそうだ。口数が少ないがすごく優しい、満面の笑みをするひとだ。いい人、今回の旅行用の名刺をもらい、泡盛をごちそうになった。うふ、ただ酒だ。おれの将来の夢について話をした。きっと覚えていてくれればきてくれるだろう。前原さんから電話があって、やいまの旅行者のコーナを取材することになり、俺を取材したいとのこと、やった、雑誌デビューだ。。土曜に会うことにした。夜の海岸に出てみたきれいだ、市内では見れない光景だ。なんか石垣にいる実感がわいてきた。やった。母さんに電話した。心配しているだろうからね、今の状況と元気でやってるよって話をした。けいこの話になったとき、めちゃくちゃほめていた、とうさんもかなり気に入ったらしい。よかった。

6/5

 今日はこの「旅の宿」とお別れだ。民宿巡りを開始するぞ。まず初めに、民宿石垣島だ。村上さん、山根さんにお礼を言って、今日から石垣島に行くと伝えた。がんばってと応援してくれた。でも、なんとなく山根さんの機嫌が悪い、あれれれ、また村上さんと喧嘩したの????9:40分くらいに宿を出た。出るときに山根さんに白保の民宿についていいところがないか聞いてみた。「たづくやー」と「ながざと」を照会してくれた。明日は「たづくやー」にいってみよう。石垣島にいくと石垣愛子さんがいた、年は75才だがおれより元気だ。おめかししておばーと出かけて行くところだったので、「本を読んできました」というと喜んでくれた。民宿はふるい琉球式の平屋、風情がある、古〜い引き戸なのになんと自動ドアだ、部屋はふつーーーの民宿の畳の間だ。荷物を置いて図書館へ出かけた、何となく脱力感に襲われている、暑い、今日は晴天、八重山の日差しが俺を突き刺している。
 お昼は丸八の3枚肉そば、3枚肉は厚さ10mmくらいで味付けチャーシューと同じだ、よーーく味がしみていて、噛まなくても良いくらい柔らかく、噛んでも噛んでも味が出てくる、脂身と身の部分は全く味が違う。脂はしつこくないがジューシで、身はさっぱりしたしょうゆ味、これを一緒に食べると絶妙だ。図書館でこれこれからの事を考えてみた。目標ははっきりしているがそれを達せいすためには何が必要かよくわからない。民宿で働くと言うが、自分が民宿をやりたいから民宿で働く、なんか安易な気がするな。もっと、何かに的を絞った方が良いのではないか。料理なら料理、サービスならサービス、何かを極めた方が良いのではないか、しかし、何を極めたらよいのだろう?俺の考えは、サービスについては、3星ホテルではないのだからアットホームに接したらいいのではないかなと思っている、だから、うまい料理を出したい。そこで、差別化を図りたい。それにはどうすればよいのか。うまい料理を出すところで働く。これが一番良いと思う。だから、まず、民宿でうまい飯を出すところを探すことは正しいと思っている。うん、考えがまとまった。しかし、年金や健保はどうしよう。払わないですむ方法はないのかな???ないんだろうな。こんな事も知らないで飛び出すんだもんな。情けない。まーーいいや。ちょっと落ち込んだからけいこに電話した。声を聞いてたわいのない話をしたら元気が出てきた。うん、港に大きなヨットが停泊していた。こんな船を持てるようになろう、きっとできるさ。で、石垣島の料理レポート・
メニュー
中華風焼きそば
沖縄ソバの麺にブタバラ細切り、チャーシュー、エビ、いか、インゲン、シメジ、タマネギ、キャベツ、にんじん、これをサラダ油でいためて中華風の味付け。まーいけるけど家庭的な普通の味。
じーまみどーふ
じーまみとーふに水飴にしょうゆで味付けをしたたれ、甘辛くおいしい
アサリの吸い物
しょっからくてまずい
ゴーヤのなまふ
ゴーヤ、軽くゆでてある、わかめ、ゆでたこ、まーふつーう。ゴーヤがしゃきしゃきしておいしい
石垣たいのつくり、つまはパパイヤ
石垣たいは薄いピンクいろ、味は薄味のマグロ、つまのパパイヤはほとんど甘みをかんじない、完全な野菜だ、パパイヤは熟す前に収穫して細く線切りしているだけ。
島らっきょう
1日塩に漬けいて鰹節をふっている、うまい。
あまり収穫がないな。
 今日はけいこと今年いっぱいの計画について話した。けいこと話すと元気が出る。これからやることついてもっと話さないといけないな。
 日記を書いていると、ぷーーーーんと結構大きな音がして、ボタっと何か落ちてきた、何が落ちてきたか探してみると、なんとでかい藪蚊だ。八重山は何もかもでかい。

6/4 トニーそば
今日はお休み。何にもしないことにした、なんか疲れた。やっぱり俺はあまりがんばりやさんではないのかな?図書館にいって本でも読もうと行ってみたが、休み、マルチメディアセンタ、あるむ館も休み。今日は俺のネット関係はすべてその手段が断ち切られた。ということでお休みしましょう。

お昼を丸八そばにした。これがうまい。しっかりとした鰹、昆布だし。スープは半透明。うまいな。。ブタの細切りはしっかりとしたチャーシュー味が着いている、

昼寝をして5時過ぎにロビーに行くと、村上さんと前原さんが、また新種の生き物と話していた。年は40後半かな。酔っぱらっているのかわからないが、とにかく訳の分からない事をずーーーーっとしゃべっている。きちがいだ。俺の最も苦手とする言葉の通じない生き物だ。仕事を探しているらしく、村上さんにやたらといろいろ聞いていた。村上さんが黒島のイルムティアを紹介していた。だいじょうぶかいなこのおばさん。おれなら絶対雇わない。必ず店の金目の物もって逃げるタイプだ。どうも、この安宿には自分の信念を持ち貧乏をしている人と、餓鬼や夜叉のような人間の両極端が集まる気がする。やはり宿をするときは客層を選ばないと自分の考えるのと違う方向に宿のスタイルが流れてしまいそうだ。注意しよう。きちんとしたコンセプトを持ち、差別化できたらいいな。良い勉強になるよ。新種の生き物(ミュータントと呼ぶ)は俺達と飯を食べに行きたいらしい、というか行く気みたいだ。横目で前原さんを見ると、精気を吸い取られ、よどんだ目をしている。おれもあと2分この人としゃべっていたら死んでしまう。脱出しないと。ニュータントに、「悪いけど、俺と前原さんは知り合いと約束あるから」と言って逃げ出した。ニュータントはいやそうな顔をしたが無視して出てきた。それで、前原さんが、波照間で一緒だったお兄さんと一緒にご飯を食べようというので大賛成して電話してもらった。また、新種の生き物が現れるのか?!ちょっと期待した。電話をするとその人は港にいるそうなのでそっちぶらぶら歩いていった。郵便局前あたりでその人にあった。見た感じは25,6才で細身長身、不思議な感じのお兄ちゃんで、あまり俺には興味をしめしてくれない。まーいいか。食事をどこでしようかと3人で話していて、前原さんが山羊ソバ行こう!というので行くことにした。山羊は食べたことないしな、楽しみだ。アーケード出たところを左に曲がるとすぐにその店はあった。トニーソバ、なんて名前だ、トニーってなんだ、お世辞にもきれいとは言えない店だ。店に入るとトニーという店の名前の意味が分かった。昔の俳優の赤城圭一郎のことらしい。だれだかは知らないがおじさんは大好きらしい。注文も取らずにトニーの説明をしている。おいおい早く作れよ。しまいには、トニーのビデオを流そうかと言ってきた。すかさず小松さんが、おっちゃん、いらないよって言ってくれた。助かった。2時間この店に拘束されるところだった。そうそう、さっきのお兄ちゃんは小松武さんといって、埼玉県の図書館員だそうだ、12日間、与那国、波照間を潜ってきたそうだ。

そんな話をしているうちにすぐにソバが出てきた。見た感じは沖縄ソバの上にぶつ切りの肉が載っている。見た目は普通だ。小皿にショウガがのってきて、おっちゃんが「一緒にまぜたらおいしいさ」といった、イヤな予感。。。


    これがトニーそば

においを嗅いでみた、うわーーーーー、生臭いーーーー。これはきつい。りょうこちゃんなら、なまぐーーと言って絶対に食べない。おれでもちょっと躊躇した。スープを飲んでも同じ臭み、最悪だ。前原さんに「よく食べるの?」って聞いてみると、「いいや、初めて」だって、おいおい、お前自分が食べたこともない物を人に薦めたのかよ?どうにかしてこれを食べなくては、うーーーんどうしよう、周りを見回すとコショウと七味があった。コショウで臭みを消そう、二振りしてスープを飲んでいた、おおお!!!!臭みが和らいだ(消えてはいない)これなら食べれる。興味深く入っている肉を見ると、いろいろな肉が入っている。内臓のようなもの、緑色の腸のような物、皮、身、それぞれ食べてみた。見た目の悪い緑のやつとか皮は全く臭みがなく、コラーゲンたっぷりって感じでおいしかった。(おいしいのではなく、味がなく臭くないだけ)身が臭い。コショウでかなり消されたけど、おっちゃん少し手を入れてくれよ。でも、この臭さが良いのかもしれない。おれは結構すんなり食べ終わり、二人を見ると相当に苦労していて全くどんぶりは減っていない。がんばれ、中城、負けるな埼玉県人。二人が食べ終わるのをしばらく待ってから店を出た。店を出るときにおっちゃんに山羊ソバの作り方を聞いてみると、山羊をぶつきりにしてスープを取りそのまま出しているそうだ。もう少し工夫しようよ。3人で港で話すことにした。ホッパーで俺はビール、二人はアイスを買って離島桟橋に向かった。桟橋につき小松さんと前原さんが波照間の事を話していた、けっこういろいろ面白いことがあったらしく、小松さんが俺にわかるように話してくれた。小松さん、なかなかいい人みたい。与那国の話を聞いてみると、海は外洋なので基本的にドリフトダイビング、av18m、max35mくらいのダイビングだそうだ。海底遺跡ははすごかったって言ってた。見てみたいな。ハンマーは時期が遅くて遠目に見たくらいだったそうだ。いろいろ島のことを話してくれた。与那国のこと、波照間のこと、なんか久しぶりにまともな人間と話をしている気がしてきた。うれしい。動物が好きらしく、いろいろなことを知っている。セマルハコガメが昔は一匹1万円だったのが、今はレッドブックにのったから5万円すると教えてくれた。なんと、けいこと逃がしてあげたあいつは5万円もするんだ、畜生、捕まえておけばよかった。よし、セマルハコガメ農園をやろう。ヤシガニ農園もやらなければいけないから忙しいな。話ながら9時を過ぎた頃、遠くから太鼓の音が聞こえてきた、前原さんが「エイサーの練習だ」と興奮しだした。エイサーが大好きらしい、流石沖縄県人。3人で見に行くことにした。5分ほど歩いたフェリー波照間が停泊している埠頭で練習していた。かなりシロートみたい。小松さんが振り付けがあってないとか、左右対称ではないとか文句言いっていた、おれは全く気が付かなかった。おれってやっぱ鈍感なんだな。なんかいい感じエイサーの太鼓を聞きいながらぼーーーーっとしてる。エイサーをやってみたいな。10時30くらいに宿に向かって歩き出した。今日も1日が終わった。

6/3 シマフサラシのお祭り

朝の9時くらいにもそもそ起きて、ロビーに行くとインド系の顔をした髪の毛をきれいに後ろでまとめたお兄さんと前原さんが話をしていた。このお兄さんなかなかいい感じ、ニュージシャンかな?と思いながら話をしていると、やっぱりそうだった。名前は鳴海さんといい、札幌出身でインド南部の楽器タブラーの奏者だそうだ。でも、それでは食べていけないらしく、建築関係の日雇いのような仕事をしているみたいだ。その仕事の合間にココナッツ三線を作っているそうだ。値段は聞かなかったが結構手が込んでいるみたいで、かなり気に入って作っていておみやげ屋に置いてもらってるそうだ。それで、タブラーの話に戻るが、6/9にバイオリンとのコラボレージョンライブを、この近所の喫茶店「タニファー」でやるそうだ。見に行こう。バイオリンの人はホテル日航で働いて、小さいときからバイオリンを演奏して、今回ジョイントするとのこと。タブラーと言う名前は初めて聞いたが、太鼓のような楽器で、打楽器でありながらいろいろな音が出るそうだ。楽しみね。それで、シャクティというバイオリン、壺を叩く楽器、ギター、もう一つなんか忘れたがこれで構成するバンドが良い言っていて、日本に来るから聞きに行きたいな〜って言ってたな。そんな話をしているときに、前原さんが今日は白保でシマフサラシというお祭りがあると教えてくれた。お祭りか面白そうだな、行ってみようかな、別に部外者が行っても良いとのことだから行くことにした。特に前原さんと約束もしないでおれは出かけた。図書館で石垣愛子さんと沖縄料理の本を借りてきた。勉強しよう。白保の祭りに行く前に、本当に行って良いのか電話で聞くことにした。もしも怒られたらいやだしね。電話帳で公民館を調べて電話すると、ものすごく感じのいいおっちゃんが親切に「ああいいよ、おいで」と言ってくれた。よしいこう。12時近くにアヤパニに自転車を借りに行き、おっちゃんに500円払って鍵を借りた。今日は名前を書かなくていいとのこと、3日目にして信用獲得かな?チャリに乗ってまっすぐキミ食堂へ。キミ食堂レポート。

今日は3枚肉ソバ(650円)を注文した。基本はミソソバでレタスの上に暑さ10mmくらいの三枚肉が3つのっている。肉は箸で切れるくらい軟らかく煮てあり、味噌とあっている。3枚肉はまあまあかな、値段的にミソソバがいいかな。

ソバを食べ終わって、白保にむけて出発した。特に寄り道もしないでゆっくりと走った。天気が良い、快晴にちかい、焼ける、痛い、今日はばっちり日焼け止めを塗ってきたから大丈夫だ。天気がいいから海もきれいだ。すばらしい。以外と早く2時過ぎくらいに白保に着いた。ちょっと早いな。小さな商店がるからアイスを買いに寄ってみた。そこのおばちゃんに祭りの事を聞いてみたが、良く知らないと言う。????良く聞くと、50年以上前に途絶えた祭りで、これを今年初めて復活させるとのこと。そりゃーーおばちゃん知らないわ。海を見に行くことにした。海岸でおばー達が何かを採っている。なんだろう?日向でジーーーと海を見ていると、おばちゃんがやってきて、「暑いから日陰にいたら」と話しかけてきた。いい感じのおばちゃんだ。ついでに、「何を採っているの?」と聞いてみると、なんか海草だそうだ。名前は忘れた、アオサーの次はそれを採って売っているといってた。しばらく海をみていて、3時くらいになったから公民館探しを始めることにした。海岸を走っていると、仮設の階段が護岸に設置されていた。ここら辺でやるのかな?と思いそこから村の方に入っていくと、テントが張ってある。ここだ。祭りの場所はわかったから次は公民館だ。ぐるぐる町内を回ったがない。A地区はほとんど走った。これはおかしい、自力での発見は不可能と判断し、誰かに聞くことにし、大通りへと出てみた。すると、前原さんが歩いていた。ちょうど良い、「公民館行くの?」と聞くと「うん」との返事。一緒に行くことにした。「自転車で来たんだ、中学生みたいね」と言われた。ショック、俺は今年31だぞ。

公民館に行くとおっちゃん達が7,8人いた。前原さんと見学させてほしいとお願いすると、1つ返事でokだ。おっちゃんが「昼飯食ったか?」聞いてきたので、「はい、食べました」と返事すると、「まーいいから馬汁食べな」と馬汁を出してくれた。しょうゆベースのスープにいろいろな部位の肉が入っている。うまそーー。スープを飲んでみるとこれがおいしい。こくがあって、濃厚な味。肉は全く臭みがなく、柔らかい。ぺろっと一杯食べてしまった。おっちゃんたちといろいろ話をした。俺が民宿をやりたいと話すと、「民宿をやるためには海のこと、山のことを知っていなければいけない。」と言われた。うーーんそうだよな。料理ができるだけではだめだろうな。白保で勉強しようかな。たわいのない話をしながら4時になった。祭りの始まりだ。ショウブで作った船と馬汁、その他もろもろを軽トラに積んで出発した。前原さんは車に乗って行った。俺は、、、、チャリで追いかけた。祭りの会場はやっぱりさっきのところだった。

 
  真ん中の人がつかさ           船を沖まで押してるんだよ

テントの下にゴザを敷いて「つかさ」の女の人、村で最年長のおじー(99才、めちゃくちゃ元気)公民館長、石垣さんという郷土史研究家、八重山毎日ともう一人どっかの記者、その他もろもろが出席し、総勢30人くらいかな。お盆の上に馬の肉、蒲鉾がのせてあり、琉球線香を発泡スチロールの器にさしている。他に何かなかったの?まー手作りっぽくて良いかな。何かお祈りしながら祭りは進んでいった。縄に馬の血を付けて村の入口に張るそうだ。魔除けらしい。そして、メインイベントの船流しはじまった。船の上にお供え物をして、海に流す。船の大きさは80cmくらいかな。会場から海まで50mくらいかな、若い衆が船を持って、その後にみんなが続いた。海に船を浮かべ流してお祭りは終了。この船が、波に乗って沖に流されて終了なんだけど、ちょうど潮が満ち潮で船が沖に流れていかない。どうしても流れていかないからおじさんが船を沖まで押していった。船が流れていかないで、戻ってく来たときは笑ってしまった。
結構簡素なお祭りだったな。祭りが終了してからまた、馬汁をもらってしまった。やった、ラッキー・祭りも終わったし帰ろう。ふーーー、なんか疲れたけど、良い物を見せてもらえたような気がする。きっとおれの厄も流してくれただろうな。

帰りの道でアイスを食べてる僕

2001・6・2

朝、8時に起きると、外は快晴。石垣に来て初めてだ。寝ている場合ではないと飛び起きて出かける支度をした。8:30に部屋を出て、あやぱにに原付を借りに行くことにした。きっとおっちゃんはお酒飲んで起きているだろう。アーケードをちょっと入った公設市場のベンチに前原さんが座っていた。朝御飯中だ。おはようと声を掛けて、今日は何をするのと聞いてみると、やいまの編集社のえいざん社に面接に行くとのこと。受かればいいね、頑張って、それで、おれは、原付で出かけるんだと話すと、「おっちゃんまだ寝てるよ」って言われた、そのとおり店は閉まっていた。どうしようと考えて、電話することにした。携帯から電話を掛けると店の中で古い金属音の懐かしいベルの音が聞こえた。何回かコールがしておっチャンが出た、原付を貸してほしいと言うと「あいよ」とだけいって電話が切れた。店の前にいるとも言っていないのに。まーいいか。名前と住所を書いて原付の鍵をもらった。さー石垣一周の旅だ。390号線を西に進路をとり、時速20km以下というなんとも迷惑なスピードで走り出した。右手に具志堅用高記念館を見つけた。なんともあっさりとした、見落としてしまいそうな建物だ。あまり興味が(まったく)ないから素通りした。唐人墓についた。

唐人墓とは、1852年、中国人クーリー(奴隷)を乗せアメリカに向かう船内で、船内での虐待に対し中国人が暴動を起こし船長を殺した。この中国人たちは石垣で降ろされ、後に上陸してきたイギリス軍に殺されたり病気で死んだり、128人が犠牲となりここに供養されている。こんな悲しい歴史とは裏腹にとても美しい中国様式のお墓だ。みなさんのご冥福を、、次に観音崎灯台にいった。竹富島がよく見えるところだ。タンカーが4隻停泊している。うーーーんそれ以上に印象がないな。

写真を2,3枚撮って出発、フサキリゾートを右手に見えてきた、結構大きいな、赤煉瓦の琉球スタイルのリゾートだ。ここで、イタリアンレストランの募集があったな。一度食べてみるか。ゆっくりとしたスピードでフサキリゾートを通り過ぎ、ふと、原付の球形ライトを見ると、磨きの施されたライトにおれと周りの風景が移り込んでいる。これがなかなか面白い絵で、俺を中心に周りの景色が変わっていきまるで映画のシーンで、バイクに乗った主人公を正面からとり続けているようだ。これは面白いと写真を一枚。


 バイクの中の俺

北上を続けると、アンパル湿地原に出た。たくさんの水鳥がいるらしいが今日はいないな、、海岸に原付に乗ったまま出て見た。このまま走れそうだし海岸を走ることにした。気持ちいいね。。砂浜を原付で海を見ながらの疾走、いいな。そのうえ誰もいない。なんて爽快なんだろう。ちゃんと、浜の植物を踏まないように気を付けていたよ。しばらく行くと岩場になったので道路に戻った。赤崎あたりで農道にはいり、右にエビの養殖場、左に海を見ながら疾走した。

途中、宮良牧場があり、牧草地でゆったり草を食べる牛の先には青い海、どこかで同じような景色を見た、そうだ、宮崎の日南海岸だ。そこは牛ではなくて馬だったけど似たような景色だ。森、海、屋良部岳(217m)を見ながら走っていると大崎牧場が出てきて、舗装した道がなくなった。あれれ、地図を見るとつながっているはずなのに???舗装をしていない道が右の山に向かって延びている。これかなっと思いながら走ると当たりだった。がたがたな道を進むときれいな舗装道路に出た。この道は少し小高い丘の上を走るいい道だ。大崎牧場から御神崎灯台までのいい観光コースになるのにな。もったいないな


           御神崎灯台

その道を左に曲がると御神崎灯台という看板が出てきた。森の中を上っていく道だ。両脇に赤い百合のような花が咲いている。南国は本当に花がきれいだ。何枚か写真を撮って灯台に向かった。御神崎灯台の下には座礁した船の慰安碑があった。30人くらいの人が亡くなったそうだ。御神崎からの景色は長閑な牧草地が広がるのんびりとした景色だ。灯台の手前の草原に綿帽子のような花が群生していた。おれと同じくらいのお兄ちゃんが野良犬の写真を一生懸命撮っていた。おれも、花の写真をローアングルやマクロで撮ってみた。かなりきれい。さー次は川平だ。原付のアクセルをフルスロットにして快走、しかし、おれは良く原付で転けたから法定速度に戻した。ここで転けたら、高専伝説第二段、大山転倒in石垣を作っちゃうもんな。山の中の道を20分くらい走ると川平についた。川平郵便局でお金を一万円おろして、川平公園に向っていると、結構大きな家の屋根にシーサが鎮座していた。家の下から見ると、シーサはかなり高い位置にある。青空の中に、ものすごい存在を感じた。写真を一枚、はいポーズ。少し行くと公園が出てきた、ほとんどというか全く観光客はいない。川平湾をのぞきに坂を下りていると白い海岸の川平湾が出てきた。白い砂と青い入り江、そして緑の森、美しい。アダンの実がたわわに実っていた。底地ビーチに行ってみよう。バイクを5分くらい走らせるときれいな公園が出てきて、そこが底地ビーチだ。真っ白な砂と青い海、ふーーーっとため息が出る。一組のアベックがいるだけで他にはだれもいない。沖合にたくさんのダイビングボートが停泊している。潜ってるの???海にはハブクラゲよけの網が張ってあって少し景観が悪いな。よーーーし次は米原だ。原付を走らせると10分くらいで着いてしまった。時間は12:30時、ちょっと疲れたから休憩しようとビーチに行った。さすが有名ビーチ。ここはけっこう人がいる。そんな観光客のよこで昼寝を始めた、近くで関西弁のアベックの声がする。なんか関西弁ってどこに行っても似合わないな。30分位休憩して79号線を西に走っているとヤエヤマヤシ原生地と言う看板がでてきた。先を急ぐ旅でも無し、のぞいてみることにした。右折して細い道に入ってすぐの所に貧乏神神社というのがあった。やいまの記事で読んだ所だ。こんなところにあるんだ。帰りに寄ってみよう

ヤエヤマヤシの群生地は低い山の一部が椰子の木で一杯になっていた。駐車場に原付を停めて森に入っていった。ほぼ原生林をとどめているように見えた。鬱蒼としたジャングルを20mくらいあるくと最初の群生がでてきた。野生の群生は初めてみたので、ヤップ島にでも来たような感じだ。写真を撮って、貧乏神神社に向かった。


         貧乏神神社

神社の前で写真を撮っていると神主のような格好をしたおにいちゃんがでてきた。このおにいちゃん何となくデポアンのマスターに似ている。どこにでもいるな、安藤さん。見た感じはちょっとなよなよしい感じで鼻毛が出ている、どうしても顔を見ると鼻毛に目がいってしまう。お兄ちゃんがお参りの仕方を教えてくれた、まず、棍棒をもって、神社の真ん中にある木を、貧乏神出ていけと叫びながらボカンボカン叩き、最後に数珠の玉を手につかみ貧乏神出ていけと投げつける。さっきまで声をあらげていたおにいちゃんが急に冷静になって、「こんな感じでお参りしていただきます」とのこと。まるでコントだ。お金がいるのか聞かなかったが、今度けいことこようと思い、お参りはしなかった。おにいちゃんに礼を言って先に進んだ。目指すは平久保崎だ。79号線を快走し伊原間から206号線に入った。ここまで集落らしい集落はなく、伊原間も小さな街だ。石垣は港周辺に集中しているな。灯台という看板に従って畑、放牧場を通り過ぎると灯台が見えてきた。車が一台くらい通れる道を上ると一面の海だ。


     平久保崎にて

石垣島最北端の碑がありかなりの絶景。右側には弓形の海岸が見え青や緑海が広がっている。左は紺碧一色だ。駐車場に車を停めて、灯台へ向かう階段を下りていき灯台からの景色を見ながら30分くらい過ごした。きれいな海だ。これを求めておれはやってきたんだね。この何日か、自分がここで生きていけるのか不安な気持ちになったりもした。いろいろな人と話をして、なんとなく自信もついてきた。なんるんくなるさ。さーー帰ろう。帰りは特にめぼしい物もなさそうだし、さっさと帰ろう。伊野田のオートキャンプ場をのぞいてみた。不思議な人たちがたくさんいる。キャンプと言うよりは住んでるという表現が正しいと思うな。俺にはちょっと強烈な印象を与えたな。これはできない、できないというか、やる必要もないと思うしな。おれには家族も出来る自分一人ではないからな。ここの人は一人が好きなんだろうな。そんな気がする。サー帰ろう。空港近くのサンエーに行ってサンピン茶を買った。このサンエーは品揃えがすごい、というか俺が勝手に想像していただけなんだろうな、内地のスーパーと何も変わらない。何でもある。ここなら今までと何も変わらず海の側ににいられるのかな。(収入さえあれば)

今日は疲れたな。日焼けで足が痛い、ビール飲んで寝よう。

2001・5・31

昨日寝たのは1時くらいだったかな。日記を書いていて寝るのが遅くなってしまった。そのうえ蚊に襲われて眠れなかった。といいながら、朝起きたのは9時過ぎで寝坊したかな。外を見るとかなり強い雨が降っている、今日は1日雨かな、、洗面と食事のために本館に行ってみると、初めてみるお姉ちゃんがいた。あいさつをしてロビーでコーヒを飲んでいたら、パンを食べませんかと話してきた。遠慮なく頂いて、話をしてみると、家と仕事を探しているそうだ。昨日の成田さんの話をすると、すごく羨ましがっていた。そりゃそうだ、おれも羨ましい。そうそう、お姉ちゃんの名前は前原さんといい、琉球大学院2回生で民族学を専攻していて、卒論として八重山をテーマにして書くので半年くらい石垣に住み調査をするとのこと。出身は中城でおじいさんが川平で学校の先生をしていたそうで、石垣、それも川平に興味があり石垣に来た。この宿には今日までで、あやぱにという宿に移るそうだ。宿代が1500円なんだよね。おれも移ろうかな。ロビーに行くとヘルパーさんと村上さんと知らないお兄ちゃんが話をしていた。年は35,6くらいでかなり長身だ。話し方からかなり豪快兄さんで、話がかなりおもしろい。村上さんを無視して3人で話していたな。お兄ちゃんは新宿生まれの新宿育ちで1年くらい前から石垣にいるそうだ。バレーボールの指導しているみたいだった。仕事は建設業みたいだ。いろいろ話していてすごく感じのいい人たちで、いろいろ案内してくれると言ってくれた。うれしいな。こうやって人と話すのが何よりもうれしい。正直言って寂しくて寂しくて辛い。なんて泣き言は後回し。いろいろおいしいお店のことを聞いたからどんどんいってみよう。このお兄ちゃんはこれからお世話になりそうだ。話をしているところにグエンさんが帰ってきた。今日は歯医者さんの受付の面接に行くそうだ。大丈夫かな??まあ、がんばって。雨はやみそうにないな。12時まえくらいまで話をしていて、お兄ちゃんがグエンさんを歯医者まで送るというのでおれも食事に出ることにした。今日はあさひ食堂に行ってみよう。で、あさひ食堂レポート

座席:4*9テーブル 4*4座敷

メニュー:アシテビチソバ、チャンプル(ゴーや、モヤシ、ふー)、とーふ煮、カレー、どんぶり、定食(エビ、とんかつ)

パイプいすのふつーの食堂、けっこう清潔感があって地元のオバーが鍋を振っている。13:30に行ったが地元のお客さんばかり14,5人いたかな。で、ゴーヤ炒めを頼んだ。この店のメニューは変わっていて、和食と洋食とメニューが分かれている。しかし、ゴーヤは洋食の方に書いてあり、そのうえ、ゴーヤ炒めと書いてある。不思議だ。小さなそばとどんぶりご飯、ひじきとちゃんぷる、やっぱり量が多いな、これで500円だもんね。まず、そばのスープを飲んでみた。うまい、すごく出汁がきいていてよく食べていたそばのように飽きる味ではなく、油もほとんど浮いていない。蒲鉾とそーきの肉が少し入っていた。チャンプルの具は、ゴーヤ、ブタ(ロース)、たまご、たまねぎ、かまぼこ。味は出汁の味がしっかりしていて、全体にあっさりで油はない。豚肉と一緒に食べると本当にうまい。ひじきは具を見るのを忘れてしまった。かなりおいしい。昼飯にはもってこいだね。

店を出て、成田さんの家を探しに行くことにしてみた。雨が降る中、ぶらぶら歩き出した。途中に小学校があり、小学生が雨の中、授業の合間の休み時間だろうに、外で遊んでいる。雨の降る中、鉄棒や追いかけっこ、グランドでは野球をしている。なんとなくうれしい気持ちになった。そういえば、おれも雨の中、野球をしたな。でも、休み時間まで雨に濡れてあそんではいなかったな。なんか、いいな〜って思った。いいぞ、元気な子供たち。しばらく歩くと、とんでもない番地になった。行きすぎている。とぼとぼ戻っていった。やっぱり地図を見てから見に行くことにした。商店街の本やで位置を確認してさー出発。成田さんの家は簡単に見つかった。かなり良い。平屋の昔ながらの作りで古そうだけどけっこうきれいだ。道に面した家だけど、よく見つけたなと関心した。俺にはここまでのバイタリティーはないな。ちょっとショックだ。おれも早く探そう。それから、職安に行ってみた。仕事は種類と給料は少ないけどありそうだ。少し安心した?本当かな、少し不安にもなった気がする。でも、あんまりくよくよしてもしょうがない。だめなら千葉に帰ろう。それから図書館にいってメールのチェックと、沖縄料理と西表の花を調べてみた。外は暴風雨だ。やむまで待とうかと思ったが、とてもやみそうにないので、しぶしぶ帰ることにして、玄関に向かうと前原さんと会った。あやぱにはどうですかと聞くと部屋は劣るけど、大将がいい人だとのこと。おれも移ろうかな。前原さんと別れて宿へ向かった。今日は疲れているのでスーパーで総菜を買って帰ることにした。今日はなんか疲れたな。21:30ゴロ、日記を書いているときに内本さんと行武さんから電話があった。ちょっとうれしかった。テレビで石垣島地方大雨洪水警報がでてる。今日は良く雨が降るな

2001・5・30

 朝は7時に一回起きて、また寝た。8時過ぎに起きたかな。夕べはよく寝れたな。少し暑かったけど、パンツ一枚で寝ていれば苦にならなかった。朝御飯は宿のパンとゆで卵、ソーセージとコーヒ。素泊まりのはずなのに朝食やお菓子が置いてあってなかなかいい感じ。朝食をとりながらちゅらさんを村上さん(管理人)と見た。仕事中はあまりしゃべらない人だ。というかビールを一杯飲むと変わるのかな?
 宿を9:10くらいに出て、最初の目的、ビーサンGET作戦を開始した。最初に商店街に行ったが、まだ時間が早いから開いてなかった。で、本屋が開いていたから石垣の地図を探してみた。500円で売っていたけど買うのをやめた。でも、なんでやめたんだろう?明日買いに行こう。20分くらい立ち読みして、市立図書館に行くことにした。地図をみながら港の方に歩いていった。図書館に行く途中、ふと交差点で自分が市役所の前にいることに気が付いた。ちょっとのぞいていこう。でも、特に収穫もないし、あまり長いことうろうろしているのも変に思われるから、市役所を出た。少し行くと今度は竹富町役場があった。こんな所にあったんだ。知らなかった。ここも少しのぞいて見た。とくに収穫がないから図書館に向かった。図書館はかなり立派だ。利用している人もけっこう多い。利用しているというか、涼しいから休んでいるって感じかな。なんとこの図書館にはITコーナがあった。一人一回1時間という時間制限付きだが、やった!!!って感じだった。早速、けいこと生田にメールを出した。電話はお金がかかるからメールが使えてうれしい。でも、あることは予想していたけどね。やいまとゆいを読んでいると、やいまに良い記事が載っていた。こんな内容だ。この島は追われることに疲れ、迷い苦しみそしてささやかに喜ぶ。ただそれだけの人の心を愛おしんでいる。ここの外では、拒否しようにも強引に押し入ってくる「目に見える物」が多すぎるけれど、本当はそんな物に惑わされなくたっていいのだ。多すぎる「目に見える物」が大切なものを見失わせる。だから、日々の暮らしに欠けてしまった心を取り返したとき、風は見れる「あなたは」この島には多くの神がすんでいるとも聞いた。「あなたはいったいどこから」闇の中にそれは少し笑ったように思った。そしていつしか群雲をまとった月もゆらり笑った。
 こんな内容だ、関山歩って人が書いていた。ちょっと共感できたので書いてみた。図書館を2時くらいに出てお昼を食べに行くことにした。夕べの唐揚げ弁当を半分残していたからそれと宿のパンを持って港にいった。ティダとかいう店のある港の南側で食事した。宿のパンは何故かおいしい。
 それから、ビーサンを探しに行った。商店街で買って、そのままおいしいと聞いたお店の場所を確認しに歩き回った。そんな中、商店街でITコーナを見つけた。ここは時間制限無し使い放題、ラッキー、ここからメールを出そう。図書館から出した生田へのメールの返事が来ていた、読んで泣きそうになった。あいつは俺を励まそうと、文章を書いているのがありありと判る文章を書いていた。泣けるね。俺だっておまえには負けない。というか、生田たち家族のこれるところを造るぞ。
 グルクン亭という居酒屋に行って来た。データは、カウンタ5、座敷20〜30板前2,従業員4
 メニュー
お通し:キュウリのぴりからしょうゆ付け
 焼き鳥、グルクン(唐揚げ、煎餅、包み上げ、サンニン蒸し、おにぎり(唐揚げをほぐして混ぜたご飯)茶漬け、刺身、たたき、酢味噌)、揚げ物(小エビ、手羽餃子、その他一般的)、一品(やっこ、もずく、やまかけ、その他)、珍味(とーふよー、いかすみとーふ、すくがらすとーふ、じーまみ)、炒め(とーふ、ごーや、野菜、しゃこみそ、いかみそ)煮込み(なす、へちま、らふてー)
注文したのはとーふちゃんぷる。
具:きゃべつ、タマネギ、もやし、べーこん、キクラゲ、人参、ぴーまん、にら)
感想:脂っこくない、あっさりしすぎ、ベーコンがアクセントになっている、冷めると味がぼやけてしまう、
 店の感想:海鮮を中心にあつかっている。客数はキャパの半分くらい入っていて、けっこうはやっている。沖縄料理は皆無。
 宿にもどってから、グエンさん、村上さん、成田さんと話した。成田さんは、北海道から2,3日前にきたそうだ、それで家探しを登野城でしていて、たまたまあいていた一軒家を、近所の人に大家さんを聞いて契約成立だそうだ。月25千円で駐車場付き。なんてラッキーいな人だ。うらやましい。村上さんがまた、沖縄に住むことにあこがれを持つことは間違っていると言い始めた。僕たち三人はあきれてあまり相手にしなかった。でも、話を聞かないと怒るから適当に相手をしていた。なりたさんは、八重山に住みたくて仕事を辞めてきたそうだ。旦那の仕事は車の整備だそうだ。たぶんすぐに仕事は見つかるでしょう。この宿には奥さんだけが泊まっていて、旦那は家の修理をしているそうだ。がんばれ旦那様。この人とはなんとなく気があったからこれからつきあっていける気がする。グエンさんはベトナムの人で、中学から日本にいるそうだ、神戸の中学を出て、宮津の高校を出て、看護学校を中退したらしい。ただ南の島に住みたくて、うなりざきでヘルパーをしていて、ダイビングのライセンスをたまたま取ってからはまったらしい。ダイビングをさせてくれる仕事を探している。かなり陽気でおもしろい。でも、少しせっかちかな。がんばれグエンさん。



HOME