BGOシンチレータ(2) ---K40による感度校正---  (2012/03/28)


 ”覆水盆に返らず”、It is no use crying over spilt milk.  たしか、高校の英文法の時間に習った諺だ。現代風に表現すれば、It is no use crying over diffused radioactive material.だろう。そしてなにより怖いのは、また同じことが別の場所で繰り返される可能性が高いことにある。管理者が同じなのだから。。。

 

食品の簡易検査をしたい

 食品に微量含まれる放射性Csを検出するには、

  (1) 高感度な検出器を使う

  (2) 環境放射線(バックグラウンド)を遮蔽する

  (3) 測定時間を長くする、サンプル量を増やす

などの方法が考えられる。

 素人無銭家にできることは限られているので、(1)に関してはそこそこのところで妥協するしかない。中古のBGOシンチレータとPMT(光電子増倍管)を安く入手できたので1万円以下でBGO検出器を作製した。秋月CsIシンチレータとフォトダイオードの組合せでも安価な検出器を作製できる。ここではまず、感度の高いBGO検出器を使ってみた。(2)は結構、お金がかかる。材料費(鉛)なので節約のしようがなく、結果的に検出器よりも高くついてしまったが、容積をなるべく小さくすることで2〜3万円に抑えた。(3)については利便性と相反するのでなるべく短時間で、かつ、少量のサンプルで測定したい。正確な測定は公的機関や民間の検査サービス会社が所有している高価な測定器に任せるとして、各家庭でもできるような簡易検査ということになれば、サンプル量は100g前後が妥当ではないだろうか。一般家庭で購入する食品の量はせいぜい100g単位なので。

 放射能汚染の指標になるのはCsであるが、たいていの食品にK40(放射性カリウム)が含まれているため、CsとKの識別する必要がある。γ線スペクトルのCsとKに相当する光電ピーク強度を測定すれば良いのだが、感度の低い検出器では検出限界値が上がってしまう。ネットで調べてみると、コンプトン散乱も含めて計測する高感度な測定法が紹介されていた。

  1) 牧野淳一郎氏のページ、http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/811/note006.html

 この方法を使ってBGO検出器の感度を見積もることにした。

 

BGO検出器と遮蔽容器の構成

 BGOシンチレータの大きさは12mm×6mm×30mmである。体積で2ccの小さなものだ。「BGOシンチレータ (2012/02/13)」で紹介した検出器であるが、高圧電源にフィードバック式電圧安定化回路にしてみた。また、BGO発光強度を温度補償するために、安定化回路の基準電圧に温度依存性をもたせるようにした。高圧出力と基準電圧を比較して出力にフィードバックしているので、確かに電圧の安定度は向上した。一方、誤差電圧を数100倍増幅しているため何かとノイズに弱い。特に商用電源の50Hzをひろってしまうので、これを抑えるのに苦労した。はたしてフィードバックなしの以前の電源とどちらが良かったのか。ともかく、使えるレベルには達しているので、様子を見ながらこのまま使ってみるつもりである。

<図1>

 遮蔽容器はbetaNodeさんが紹介している5cm厚鉛ブロックで囲む構造にした。

  2) http://betanode.ddo.jp/

 5cm×10cm×20cmの鉛ブロック4個で5cm×5cm×20cmの空間をつくる。この中にBGO検出器がすっぽりと収まる。上下を5cm×10cm×10cmの鉛ブロック2個で蓋をする構造である。サンプルをBGOシンチレータの近くに配置できるよう、くの字型のサンプルケースをアクリル板で作製した。サンプルを入れたチャック付きビニール袋をこのケースに納めて遮蔽容器内に置く。

 サンプルとシンチレータの幾何学的配置は下図のようになる。

<図2>

 理想を言えば、測定サンプルをマリネリ容器に入れシンチレータを取り囲む構造にしたいところだが、装置の工作や測定のたびににおこなうサンプル加工の手間を考えると二の足を踏んでしまう。それよりも、ある程度ラフな配置に甘んじて試料セッティング誤差が計数値に及ぼす影響を軽減するほうが得策ではないか、と思ったりしているうちに図のような構造に落ち着いたのである。

 遮蔽容器の効果を見るため室内のバックグラウンド測定をおこなった。測定時間が異なっても比較しやすいように縦軸はカウント率(cpm)にしてみた。1チャンネルのエネルギー幅(bin size)は4.12keVである。遮蔽なしは8時間、遮蔽有りは48時間測定した。

<図3>

 遮蔽なしでの全エネルギー域カウント率が〜900cpmに対し、遮蔽有りでは35cpmまで下がった。スペクトルを見るとエネルギーが高いほど遮蔽効果が弱まることがわかる。Csピーク(600〜800keV)位置ではバックグラウンドが1/20程度に減少しているがK40ピーク位置(1.46MeV)では〜1/5くらいであいる。食品検査ではバックグラウンドからのわずかな差を検出する必要があるので、Csの検出にはかなり効果を期待できそうだ。

 

K40の標準試料

 K40の含有量が既知の標準試料を用意した。”やさしお”10gを水90gに溶かしてビニール袋に入れた。これをくの字型ケースに納めれば準備完了である。この液体試料100gに87Bq(ベクレル)のK40が含まれている勘定になる。

 <図4-1>     <図4-2>

 ベクレル値の計算手順が以下のブログでていねいに解説されている。

  3) 放射線測定器に関する勉強メモ --- A2700を用いた簡易食品検査に関する考察http://d.hatena.ne.jp/transfergate/20110729/1311953648

 やさしおに含まれるK40のBq数は8730 [Bq/kg]ということなので、やさしお10gでは87Bqになる。水に溶かした試料100gの放射能濃度は87Bq/100g=870Bq/kgということだ。

 

エネルギースペクトル測定

<図5-1><図5-2>

 図5-1 は遮蔽容器内で測定したK40標準試料のスペクトル(14時間測定)とバックグラウンドスペクトル(48時間測定)である。BGOのエネルギー分解能が良くないのでかなりブロードではあるがK40のピークがはっきりと見える。標準試料スペクトルからバックグラウンドを差し引いた差分を300keVから積算したグラフを図5-2 に示す。300keVから1.2MeVあたりまでの直線的な増加はK40-γ線のコンプトン散乱をひろったものであり、1.5MeVあたりでステップ状に増加した分が光電ピークのカウントに対応する。この検出器の場合、300keV以上のコンプトン散乱のカウント数とK40光電吸収のカウント数はおおよそ3:1の比率であることがわかる。すなわち、コンプトン散乱も含めて計測することでカウント数が光電ピークのみの場合の4倍に増え、その分感度が向上するというわけである。カウント率積算値の統計誤差を評価するため、標準偏差(σ)のグラフを同図に示した。試料のカウント率と測定時間をそれぞれns、ts、バックグラウンドのカウント率と測定時間をnb、tbとすると、標準偏差は次式で計算される。 σ2=(ns/ts)+(nb/tb  

 87BqのK40に対してカウント率積算値が2.5cpmであり、そのうち、0.6cpmが光電吸収から、1.9cpmがコンプトン散乱から来ていることが読み取れる。また、2σ(信頼度95%)を仮に検出限界とすれば、σ=0.14なので2倍の0.28cpmに相当する10Bq(100Bq/kg)がK40の検出下限ということになる。

 さて、K40標準試料の測定時間が14時間というのはあまりにも長すぎる。そこで測定時間を1時間に短縮してみた。結果を図6-1 、図6-2 に示す。エネルギースペクトルを見る限りK40ピーク周辺のカウント数があまりにも少なく、ピークは全く認識できない。それでもカウント率積算グラフにはK40に特有の形が現れており、積算値は2.3cpmと14時間測定の2.5cpmに近い値が得られている。コンプトン散乱も含めて計測することの有用性が示されたと考えて良いだろう。また、このときσ=0.5であるから2σで〜1.0 cpm、すなわち、87×1.0/2.5=35[Bq]あたりが検出下限となるだろう。これは試料が100gなので350Bq/kgに相当する。14時間測定との比較において、測定確度が計測時間の平方根に逆比例するという統計学の法則を実感できる一例でもある。

<図6-1> <図6-2>

 せっかくなので同じサンプルについて4時間測定もおこなった。結果のみ示すが、これくらいになるとK40の光電ピークがはっきり見えてくる。

<図7-1> <図7-2>

 

 最後に、カリウム標準試料(87Bq、100g)の測定結果を下表にまとめてみた。

測定時間:hours カウント率積算値: cpm 検出限界(2σ):Bq/kg
1 2.3 ± 1.0 350
4 2.4 ± 0.5 170
14 2.5 ± 0.3 100

 


[追記] 試料形状の違いによる計数値の変化  (2012/04/01)

 正確な測定をするためには、試料形状やシンチレータとの幾何学的配置を常に一定にする必要がある。そのため、くの字型(L字型)の試料ケースを作製したわけであるが、それでも試料の量が異なったり、密度にムラのある試料だったりすると試料形状が一定にならない。そのため、通常は試料をペースト状にしたり混ぜものを入れて体積を一定に保ったりするのであるが、とにかく手間がかかる。簡易検査と言うことであれば、試料を加工せずに原型のままケースに詰め、まずは測定、ということになろう。そのとき、どの程度の測定誤差を頭に入れておくべきか。一例として”やさしお”の測定例を紹介する。

 やさしお:100gを試料ケースに詰めると下の写真のように深さ10cmの容器がほぼ口切りいっぱいの状態になる。K40が870Bq含まれている勘定だ。BGOシンチレータの長さが3cmだから、試料の上部、底部はシンチレータからかなり離れてしまうことになる。

 

 測定結果(1時間測定)を以下に示す。カウント率積算値は26cpmで、K40を87Bq含む標準試料の測定値:2.5cpmの約10倍となっている。

 次に、同じ量のやさしおに水道水50ccを加えて溶かしてみた。やさしお全量が溶けるわけではないが試料の体積が7〜8割に減少した。それだけ密度が上がったわけだ。これで線源がシンチレータにより近づいたことになる。

 測定結果(1時間測定)を以下に示す。カウント率積算値は32cpmと2割強増えた。標準偏差が1cpm程度であるから26cpm→32cpmの変化は十分に有意なものといえる。

 試料セッティングの違いによる測定誤差は個々の測定器ごとに違うわけだが、感度を稼ごうとしてセンサーと試料を近接させている場合にはよりシビアなセッティングが要求される。ここで組んだ測定系について言うなら、試料加工しないラフな測定では計測値の2、3割の誤差は避けられないということだろう。

 

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