CsI結晶(1cm角:\4,500)とシリコン・フォトダイオードS6775(\500)を組み合わせてシンチレーション式γ線検出器を作ることができる。興味をお持ちの方も少なくないと思う。ガイガー・ミュラー管(GM管)を用いたγ線検出器と比較すると、シンチレータの種類と大きさによってγ線カウント率などの特性がほぼ決まってしまうので、データの信頼性が保証される点に大きな意味があるのではないだろうか。もちろん、検出回路が適切な動作をしているという前提での話はあるが。それと、スペクトル解析により核種を同定できるという利点もある。スペクトル解析をするには、一昔前であれば高価な波高分析器(MCA)を手に入れる必要があったが、今ではパソコンのサウンド入力を利用したソフトウェアMCA(例えばPRAというフリーウェア)を使うことでお金をかけずにγ線スペクトル解析ができる。
前回、CsIシンチレータとS6775を組み合わせ、オペアンプ(LMC662)を用いたチャージアンプをつないで庭の土(ホットスポットから採取した土)のγ線スペクトルを測定したところ、134-Csと137-Csのピークを確認できた。しかしチャージアンプのノイズが大きく、鮮明なスペクトルとは言い難い状況であったので、今回はローノイズ化を目指してディスクリート回路でチャージアンプを組んでみた。参考にしたのは「科学衛星てんま」で使用されたというチャージアンプの回路である。悪戦苦闘の結果、オペアンプを使ったアンプに比べ、ノイズレベルを半分以下に抑えることができるようになった。それに伴い、パルス波高閾値を〜100keV相当にまで下げることができ、バックグラウンド放射線のカウント率は74cpmから210cpmまで増加した。また、γ線エネルギースペクトルの分解能が向上し、CsIシンチレータが本来持っているエネルギー分解能(FWHM:〜7%)に近い明瞭なスペクトルが得られた。
チャージアンプ
わざわざディスクリート回路でもなかろうと思いつつ適切なオペアンプがないものかと探してみたが、この分野にながいこと御無沙汰していたせいでなかなかピンと来るものがない。それに高性能のオペアンプは値段も高く、おいそれと手を出せない。そんなわけで、安い個別部品で回路を組んでみることにした。
MOS-FETよりもノイズが少ないと言われるJ-FETを初段に使ったチャージアンプ回路の例が以下のサイトに紹介されていた。
・http://cosmic.riken.go.jp/mihara/reports/chargeamp.doc
・http://www.astro.isas.ac.jp/~takahasi/DownLoad/HXD.pdf
これらの回路をまねてチャージアンプを作製した。初段は2SK12-Yである。これを受けるベース接地PNP-TrとエミッタフォロアのNPN-Trにはたまたま手持ちの2SA493と2SC1345を使ったが、小信号増幅用Trであれば何を使っても問題なさそうである。その後にオペアンプ(LMC662)によるバッファアンプを2段つないでいる。パソコンのサウンド入力で計測するので、出力パルス幅が200〜300μsecとなるように回路の時定数を調整してある。電源は9V(単3電池×6)、全消費電流は2.3mAであった。
一般的な2.54mmピッチのユニバーサル基板に組んだ。もっとも高価なパーツは帰還抵抗の300MΩである。100MΩを3本直列につないでいる。この100MΩの抵抗が1本315円、3本で945円ということになる。こういった回路を検討する前に最初に必要なのはシールドケースである。基板むき出しでは外部ノイズをひろってしまう。シールドボックスに入れてもしっかり蓋をしめないと誘導ノイズを拾ってしまう。回路の善し悪しよりもこうした実装上の影響の方が強いのかも知れない。写真右下の黒いのがCsIシンチ+S6775に遮光テープを巻いたものです。
”ホットスポットの土”を再測定
アンプのノイズが下がったかどうかはPRAで設定するパルス波高閾値をどこまで下げられるかで判断できる。閾値を下げすぎればノイズの裾野に引っかかりカウントがワーッと増えるのですぐわかる。今回作製したアンプではこの閾値をγ線エネルギー100keV相当あたりまで下げることができた。初段にオペアンプLMC662を用いた前回の例(CsIシンチレータを付けてみる (2011/12/08))では閾値が〜200keVであったから、ノイズレベルは約半分に低下しているようだ。
(測定時間:1時間)
バックグラウンド放射線(この地域の空間線量率は〜0.1μGy/h)のカウント率は210 cpmで、パルス波高の閾値を下げたことで前回の例(74 cpm)よりも大幅に増加している。ノイズが減ってエネルギー分解能が向上したことにより〜600keVと800keVのピークははっきり分離して見え、さらに〜600keVのピーク形状から複数のピークが重なっていることが読み取れる。134-Cs:796keVの単一ピーク半値幅(FWHM)は7〜8%であり、文献で報告されているCsI(Tl)自体のエネルギー分解能に近い。CsIシンチレータ用のチャージアンプとしてはほぼ満足な性能が得られたような気がする。しかし、発光強度が低いBGOのようなシンチレータを使うにはこのアンプではまだノイズレベルが高すぎる。
ここで秋月CsI(1cm角)とPD(S6775)を組み合わせたγ線検出器の性能をまとめておくと、
・ 〜0.1μGy/h(〜0.1μSv)環境でのγ線検出率:〜200 cpm → ざっくりと、2000 cpm/μSv/h
・ エネルギースペクトルの分解能: 7〜8%
ということで、まずはCsI結晶サイズに相応した特性が出ているのではないだろうか。
まとめ
シリコンフォトダイオードをセンサーにしたγ線検出器はコンパクトな部品構成、工作の手軽さという魅力があり、人気につながった。しかしGM管に比べ感度が低いのでたくさんのセンサーを並べて使うなどの工夫が必要であった。この感度の問題を一気に解消するのが秋月のCsIシンチレータである。スペクトル解析が可能というおまけもついてくる。まっ、それなりの出費(数千円)も必要ではあるが、同等の機能を有する既製品の価格(>10万円)に比べればはるかに安い。秋月さんへの更なる期待は、ローノイズ・チャージアンプ・キットとマイコンによる波高分析・表示キットといったところか。もっとも、こういったものは他のお店から先に発売されるかも知れない。
シリコンフォトダイオードをCdTe検出素子に置き換えれば、シンチレータなしで高感度化とスペクトル解析が可能なγ線検出器を構成できる。これはすでに商品化されている(http://www.mikage.to/radiation/technoap_ta100.html)。次世代の簡易型放射線カウンターを連想させるが、問題はCdTe検出素子の値段であり、現状では数万円するようである(http://www.acrorad.co.jp/catalog.html)。これだと、「シンチレータ+PD」の方が遙かに安い。はたして、CdTe素子は今後、安くなっていくものなのか?