直径16mmの銅パイプで作った細長い矩形ワンターンコイルを用いて共振回路のQ測定をしていますが、Q値が1000以上ともなるとこれまで気が付かなかった測定上の細かい注意点が出てきます。例えばワンターンコイルを載せる台には発泡スチロールボックスを使うとか、コイルとキャパシタの接続に強磁性材料を含むホースバンドは使わない、といった配慮が必要です。当初、エアー・キャパシタの10cm角対向電極材料にアルミ板を用いていましたがこれが結構、湿度に敏感で、晴れた日の湿度40%台の環境ではQが1700程度であっても雨の日の湿度60%台ではQが1300程度に低下することを経験しました。ドライヤーで温風をアルミ板に当て温度が下がるのを待って再測定するとQは1700に近づくことからQの低下がアルミ板の特性によるものであることがわかりました。古い文献を調べてみると、特にアルミ電極を用いたキャパシタの損失抵抗は湿度の影響を受けやすいことが記されています(Allen V. Astin, "Nature of Energy Losses in Air Capacitors at Low Frequencies", J. Research NBS 22 673-695 (1939). )。これはアルミ表面酸化膜の特異な性質によるものと思われます。測定の再現性を確保するため、以降、電極材料を銅板に変えました。銅板では天候に依らず安定にQを測定できるようになりました。
2枚の10cm角銅板にスペーサをかまして電極間隔を調整して容量を変え、Qを測定してみました。スペーサの材料はテフロンもしくはポリエチレンで大きさは約1cm角です。これを4か所に挟んでいるので全体の面積(100cm2)の4%程度です。テフロンやポリエチレンの誘電率は〜2ですのでキャパシタ全体に対して8%程度の影響を及ぼすことになります。これらの材料の誘電損失(tanδ)は〜0.0001と低いので、スペーサの誘電損によるQへの寄与は10,000 / 0.08 = 125,000 程度となりほとんど無視できる大きさです。そのためキャパシタのQを決定づける主要な因子は電極・リードの表面抵抗(表皮抵抗)ということになります。実際にQを測定してみた結果が下図です。
赤色太線はワンターンコイルのQの計算値、青色丸点がQの実測値、赤色細線はキャパシタの電極・リード抵抗をRc = 0.0023*f^0.5 (Rcの単位はΩ、fの単位はMHz)として実測値に合わせた計算値です。例えば10MHzにおいてワンターンコイルのESR(等価直列抵抗)は36.8mΩ、他方、キャパシタのESRは7.3mΩになります。キャパシタのESRを計算で求めるのは大変ですのでやっていませんが、この7.3mΩという値がどの程度のものなのかというと、直径6mmΦ、長さ17cmの銅パイプの損失抵抗と同じ大きさです。JENNINGS社のホームページに真空バリコンに関する解説があり、そこに”The value of E.S.R. varies over a range of 5 to 20 milliohms from 2.5 to 30 MHz.”という記述があります。ある程度の大きさが必要な電極構造においてこれくらいの損失抵抗は避けられないもののようで、今回実験の10cm角電極キャパシタの損失抵抗が10MHzで7.3mΩという仮定もそこそこ妥当なところではないかと思われます。
高耐圧のバリコンや固定コンデンサを自作するうえで電極支持体(絶縁材料)の選択が重要なポイントになります。本来なら低損失かつ剛性の高いステアタイトが理想ですが価格と加工性の面で自作には不向きです。そのため安価なプラスチック材料で代用することになりますが、特に低損失のポリエチレンまな板が便利に使われているようです。低損失でなければならない理由はバリコンのQを高めるというよりは誘電損による発熱を抑制することにあります。バリコンでは高耐圧=大電力を意味しますので、耐熱性、熱伝導性が低いプラスチックはわずかな発熱で変形してしまうからです。
我が家の周辺地域だけの現象かもしれませんが、百円ショップ(ダイソー)の店頭に並んでいたポリエチレン(PE)まな板が最近、ポリプロピレン(PP)まな板に置き換わっています。PPまな板はPEまな板と同じように使えるのか、アマチュア無銭家のはしくれとして調べてみたくなりました。ついでに、手軽に入手できるいろいろな絶縁体材料の誘電損失を比較してみました。
まず、低損失プラスチック材料の代表格であるポリエチレン(PE)を測定してみました。PEまな板はやや透明感のある白色で厚さ4mmです。ほかに透明ポリ袋(厚さ0.01mm)1枚と4枚重ねとを測定しましたが、実際の電極間隔は挟んだ材料の厚みよりもだいぶ大きくなっています。ですのでポリ袋の誘電損失を反映した値にはなっていないのですが、Qが極端には低下しないことの確認ということで参考までに載せておきます。またグラフには誘電損失がtanδ=0、0.0001、0.001、0.01に対するQの計算値を目安として示しています。PEまな板の誘電損失はたいへん小さい(tanδ=〜0.0001)ことがわかります。
さて、ポリプロピレン(PP)ですが、ポリエチレンよりも耐熱温度が高く剛性も高いので誘電損失が低ければキャパシタの電極支持体として使える可能性があります。百円ショップで入手した材料は、見た目が純白のPPまな板(厚さ3mm)とやや黄色みがかったPPまな板(厚さ5mm)、および半透明のPPシート(厚さ0.75mm)です。写真ではホワイトバランスがちょっとずれているようで、色の違いが分かりにくいかもしれません。
PPシートは1〜4枚重ねで測定しました。結果、黄色みがかったPPまな板はやや大きな誘電損失を示しましたが他のPP製品の誘電損失はPEと同等でした。黄色っぽい色に見えるのは何か添加剤が加えられているからでしょうか、そのために誘電損失が大きくなっているのかもしれません。PP材を使うときは白色のもの、もしくは透明感のあるものを選んだほうがよさそうです。
代表的な低損失材料についても測定してみました。テフロン(PTFE)、アルミナともにtanδ=0.0001前後を示しています。これらは百円ショップでは手に入りませんが。
その他、身近にある材料についても測定してみました。ポリカーボネートはいろいろな家電の筐体に使われている材料で、CDの円盤やCDケースもPCでできています。誘電損失の測定には板状のものが必要なのでここでは文具の下敷きを測定してみました。また、ショウケースや水槽などに使われる透明度の高いアクリル板、DIY店で安く入手できた透明塩化ビニル板(30cmx30cmx6mmt:¥400)を測定しました。木材は模型飛行機の翼に使おうとストックしておいた薄いバルサ材を測定しました。
・ポリカーボネート(PC)下敷き、0.7mm厚
・透明アクリル板、2mm厚
・透明塩ビ板、6mm厚
・バルサ材(木材)、3mm厚
PC、アクリル、塩ビはいずれもtanδ=0.01前後でした。これらはほぼ文献値にあるとおりです。バルサ材はさらに大きな損失を示しました。木材の誘電損失について文献をいくつかあたってみると、湿度の影響が大きいものの、だいたいtanδ=0.01〜0.1の範囲にあることを知りました。乾燥木材の高周波損失がこんなに大きいとはちょっと意外でした。実測してみてあらためて気づいた次第です。