仰々しいタイトルですが何のことはない高入力インピーダンスのローノイズ低周波アンプです。普段、もっぱらRF領域を相手にしているものですから、たまには低周波に目を向けてみようと思い遊んでみました。アンプ自体のノイズレベルをマイクロボルト以下にすると抵抗の熱雑音が見えるようになります。オーディオアンプの世界では当たり前の技術レベルなのでしょうが、初心者にとってはいろいろと勉強になることがあるものです。
生体電気信号といえば脳波(EEG)、心電(ECG)、筋電(EMG)などがありますが、これらの測定器は数10万円以上の高価な医療機器から数万円台の健康管理グッズまで多種多様な商品が販売されています。また、”脳波で動くネコミミ”なんていう数千円のおもちゃも売られています。
特に脳波測定をメンタル・トレーニングに活用しようという動きはかなり昔から着目されていた分野で、脳波の状態をパソコン画面に表示する”脳波計”が各社で商品化されています。こういったことをお金をかけずに自前でやってみようとする人たちもいて、例えば、
OpenEEG project, http://openeeg.sourceforge.net/doc/index.html
には測定システムのハードやソフトが有志により紹介されています。国内にはこのようなサイトは見当たりませんが、昨年出版された「生体センシング入門 (インターフェース、CQ出版、2015、4月号)」あたりが自作派にとってよい参考書になるかと思われます。
脳波の信号振幅は数10マイクロボルト程度ですので1000倍(60dB)のゲインをもつアンプがあれば数10ミリボルトレベルとなり普通のデジタルオシロで生波形や周波数スペクトルの観察が可能になります。こうしたアンプ(以下バイオ・アンプと呼ぶことにします)に要求される特性は、ゲイン以外に高入力インピーダンス、高同相除去比、などがありますが、実際の例ではワンチップの計装アンプがよく使われているようます。ただし値段も安くはないので今回は手持ちのオペアンプ(NJU7062)を使って計装アンプを組んでみることにしました。さらに、外来ノイズとして圧倒的な商用電源の誘導ノイズを軽減するため、後段にノッチフィルタを付け加えました。(NJU7062はCMOSオペアンプなので高入力インピーダンスですからわざわざ計装アンプにしなくてもよかったのかもしれませんが。)
Fig.1 Bio-amp. circuit
主に50Hz以下の信号を見るのでFig.1のC2とR9とでローパス特性を持たせています。この回路に間違いがないかLTspiceで検証してみた結果を以下に示します。
Fig.2 Amp.-gain calculated by LTspice
-80dBの入力に対して-20dB前後の出力がありますのでゲインは約60dBあることがわかります。それと50Hzのノッチフィルタにより30〜40dBの減衰が得られることがわかります。C2とR9のカットオフ周波数が約20Hzということでこれより高い周波数ではゲインがじわじわと低下しています。
Fig.3 Photograph of Bio-amp boad
実際に回路を組んでみました。ノッチフィルタの部分はR18、R19を微調して50Hzに合わせ込みました。全消費電流が2.4mAですので電池駆動でも十分イケます。APB-3のネットワークアナライザのOUTポートに60dBのアッテネータを入れバイオ・アンプの特性を測定した結果が下図です。LTspiceの計算結果と似た特性が得られています。3Hzあたりにみられる起伏はAPB-3本体のアーティファクトによるものでバイオ・アンプ自体の特性は平坦であることを別の測定で確認しています。
Fig.4 Measured gain of Bio-amp.
まずは、比較的信号振幅の大きな(〜1mV)心電を測定してみました。直径1cm程度の銀電極にリード線をはんだ付けしています。作動アンプの+-端子をバンドエイドで左右の脇腹に貼り付けGND端子を手首に張り付けて取ったのがFig.6の波形です。電極の貼り付け位置を変えるとP波やT波の強度比は変化しますが、だいたいこのような波形を観測できます。リード線はシールドなしの単線ですが心電信号振幅が大きいのでノイズに負けることなくきれいな波形を観測できています。一番強いQ波の振幅は入力換算で約1mVです。
Fig.5 Electrodes for ECG measurement
Fig.6 Measured ECG wave
3.脳波の計測
脳波は心電よりも1ケタ以上強度が低いのでプローブのリード線にはシールドケーブルを用いました。アクリル板に張り付けた電極パッドを額に当て百均のヘッドバンドで抑え込むようにしました。
Fig.7-1 Electrodes for EEG
Fig.7-2 Electrode supporter (Headband)
電極を額に当てるのであればFig.7-1のようなフラットな電極で事足りるのですが、α波を強く検出できるとされている後頭部は毛髪で覆われているので頭皮まで到達するピン電極を使う必要があります。以下は32本のピンを立てたプローブ電極の例です。ここでは金メッキされたピンヘッダを用いています。こうすることで頭部のどの位置にでも電極を当てることができるようになります。
Fig.8 Pin-type electrodes for EEG
差動アンプの+-電極を後頭部左右に、GND電極を額の真ん中に当てて測定した波形の一例がFig.9です。目をつむり安静状態で測定しており、10Hz程度のα波を明瞭に観察できています。ただ、振幅10mV(入力換算で10uV)くらいの50Hzノイズが乗っていることもわかります。さらに、おおよそ1Hzの大きなうねりが見られます。この〜1Hzのうねりは電極位置に応じて強かったり弱かったりしますが、おそらく心電が紛れ込んだものと思われます。
Fig.9 An example of EEG wave
商用電源の50Hzノイズを消すために20msecの幅で移動平均をかけてみました。それが下図(Fig.10)です。約10Hzの小刻みな振動がよりはっきりと見えるようになりました。
Fig.10 Averaged wave form with 20msec time span
デジタルオシロ(PICO-2204)でFig.9の波形をスペクトル表示したのがFig.11です。〜10Hzの位置に明瞭なピークが現れており、強いα波の存在を示しています。なお、パソコンを操作しているとか計算をしているようなときにはこのα波ピークは消えてしまい、もっと高い周波数(β波領域)のスペクトル強度が全体に上昇します。
Fig.11 Frequency spectrum of EEG wave
脳の活動状態に応じて変化する脳波スペクトルを観察するには”波形データをパソコンに取り込みフーリエ変換して周波数スペクトルを画面表示する”というのが常套手段ですが、すべて自力でこなすにはかなりの労力がかかりそうだし、なによりお遊びとしての面白みが少ないので、今回は「すでに在るもの」を使ってスペクトル表示を試してみることにしました。
冒頭で紹介したOpenEEG projectではコスト削減のためパソコンのサウンドカードによるデータ読み込みを提案しています。ただしサウンドカードの下限周波数が〜20Hzなので脳波信号(0.1〜数10Hz)をそのまま読み込むことはできません。そこで脳波信号を例えば1kHzのキャリアに乗せてサウンドカードに取り込み、ソフト処理で復調して元の脳波信号を取り出すという方法をとっています。
ここでは、すでにパソコンにセットアップ済のSDR(ソフトウェアラジオ)を使い、手っ取り早く脳波スペクトルを表示できるか実験してみました。つまり、高周波キャリアを脳波信号で変調しこれをSDRのスペクトル表示画面(ウォーターフォール画面)で観察しようというわけです。BCLやHAMの愛好家ならSDRを使っておられる方は多いことでしょう。私はHDSDRというのを愛用していますが、CWモードを使えばキャリア周波数を中心に±50Hz程度のスペクトルを細かく表示できます。(他のSDRソフトでこうした表示が可能かどうかは確かめていませんが。)
Fig.12 Diagram of my EEG system
RF変調器を作るのに便利なICがあります。SA612というダブルバランストミキサー(DBM)ICには発信回路まで付いているのでこれ1個で変調器を構成できます。このICは中華価格で単価数10円だったことから過去に20個ほどまとめ買いしておいたものです。RF発信器には手持ちの7MHz帯の水晶発振子を使いました。試作したのがFig.13-1の回路ですがこれでDSB(ダブルサイドバンド)変調波が得られます。キャリアを抑圧しているので1Hzくらいまでの低・低周波スペクトルまで観察できます。消費電流は2.1mAでした。また電波出力なのでブルートゥースやWiHiに頼らなくてもワイヤレス化できるメリットも生じます。一方、デメリットといえば、水晶発信器といえど高い周波数なので数Hzの周波数変動が避けられないことです。もっともSDRのスペクトル表示レンジを外れてしまうほどではないので実用上は問題にならないかとは思いますが。
Fig.13-1 RF-modulator circuit
Fig.13-2 Photograph of RF-modulator
実際に変調器の出力をHDSDRで受信してみた例を以下に示します。キャリア周波数±2kHzのレンジで見ると商用電源の50Hzおよびその高調波が櫛の歯状に表れています。観察対象のスペクトルは最も内側の50Hzピークとキャリアピークの間にあります。
Fig.14 A shot of HDSDR display
1〜50Hzの領域を拡大して見るにはCWモードにする必要があります。CW Pitchを100Hzに、RBWを最小の0.1Hzに設定するとFig.15-1のような画面表示になりました。ウォーターフォールのスピードを最小にすると最大70秒までの履歴を表示できます。DSBなのでキャリア周波数の左右に対称な変調スペクトルが現れています。ウォーターフォール画面の上半分は安静状態の信号で約10Hzのα波がはっきりと現れています。画面の下半分は目を開けて覚醒状態に戻った時の脳波スペクトルですが、α波が消えて少し高い周波数が活性化している様子が見て取れます。
Fig.15-1 DSB spectrum modulated with EEG wave
こんな具合に、脳波スペクトルをSDRで可視化できることがわかりました。
ちなみに、バイオアンプの入力端をショートした時のスペクトルがFig.15-2です。Fig.15-1に比べノイズフロアが20dBくらい下がっており、この辺が自作したバイオアンプの検出限界ということになります。
Fig.15-2 Background spectrum (Bio-amp. inputs are connected to GND)
心電や脳波を検出する低周波アンプを作り、デジタルオシロで波形および周波数スペクトルを観察しました。また、ソフトウェアラジオ(SDR)との組み合わせにより脳波スペクトルをウォーターフォール表示させることができました。本実験では脳波信号を高周波キャリアにのせることで検出器をワイヤレス化できることを提案しました。ワイヤレス化により生体防護の観点から必要とされるアイソレータが不要となります。
そもそもSDR本来の使用目的から外れた使い方なので何かと制約はありますが、簡便に脳波スペクトルを観察するお遊びです。