手持ちのPMTは浜松R1548(中古品)とソ連製FEU-35(NOS品)の2種類だけですが、温度特性がかなり違っています。CsIシンチレータとの組合せでは、R1548が比較的大きな温度係数を示します。そこで、R1548向けに、サーミスタと抵抗2本のみの受動素子からなる簡便な温度補償回路を試してみました。
だいぶ前に測定したものですが、汚染土スペクトルのCs134:796keVピーク位置(チャンネル数)の変化を以下に示します。温度係数はR1548に対して-0.53 %/℃、FEU-35では-0.12 %/℃でした。
測定スペクトルが温度シフトする要因として、シンチレータ自体の材料特性、PMT管電圧の変動、なども考えられますが、CsIシンチレータ+フォトダイオードの組合せでは温度変化がほとんど見られないことからCsIシンチレータの温度特性はほぼフラットとみて良さそうです。また、ここて使っているHV電源(参照:「旧ソ連製シンチレータとフォトマル (2012/10/13)」)の温度係数は0.009 %/℃と小さく、温度依存性は無視できるレベルです。なので、上図の温度特性は主にPMT特性を反映していると考えて良さそうです。
浜フォトの「光電子増倍管ハンドブック」に光電面の種類による温度特性の違いが載っています。R1548は光電面がバイアルカリなのに対し、FEU-35の光電面はSb-Csで、CsIシンチレータの発光は長が約550nmであることを考慮すると温度係数はそれぞれ、-0.4 %/℃、-0.12 %/℃と読み取れます。おおよその傾向は実測値と合っています。
下図は1インチ角CsIシンチレータでとったK-40(やさしお)のスペクトルです(測定時間:60分)。見やすいように移動平均をかけています。温度が4℃ほど変化するとR1548ではピーク位置のずれがはっきり見えてきます。一晩、あるいは丸一日の連続測定では室温が数度変化しうるので、結果としてピーク幅が拡がってしまいます。S/Nを向上させようとして計測領域(ROI)を極端に狭く設定していると、ピークが領域から外れてしまうこともありえます。
こうしたスペクトルの温度シフトをソフト的に補償することも可能ですが、ここは簡単な回路でやってみることにします。チャージアンプの出力にPMTの温度係数と逆符号の係数をかけてやればいいわけですから、まずはこんな構成で。
NTC(負温度係数サーミスタ)は抵抗値10kΩのものを用いました。ここで、回路定数を決めるのに便利なツールがあります。ムラタのホームページから入手できます1)。
1) ttp://www.murata.co.jp/products/thermistor/design_support/index.html (先頭にhを足して下さい)
ツールを立ち上げると最初に回路形式の選択画面が出てきます。(以下はダウンロード型のアプリの説明ですが、web版に直接アクセスすることもできます。)
回路を選んでOKをクリックするとシミュレーションの画面に変わります。ここでパラメータ(R1、R2)を設定し計算させると、一定の入力電圧に対する出力電圧の温度グラフが出力されます。この計算はDC動作を前提にしていますが、サーミスタの端子間容量は10数pFしかありませんので数100kHz以下では無視できます。
これを使ってグラフの傾き(温度係数)が目的の値に近づくようにパラメータを選んでやればいいわけです。どの温度領域を重視するかでパラメータの選び方は変わってくると思いますが私の場合、R1=12kΩ、R2=10kΩにしてみました。グラフから読み取った温度係数は約+0.55 %/℃です。
ここで注意です。サウンドカードの入力インピーダンス(R3とする)に応じて実際の回路で使用するR1の値(R1*)を変更する必要があります。R1*とR3の並列合成抵抗がR1にならないといけないからです。サウンドカードの入力インピーダンスは一般に数10kΩといわれてますがサウンドカードによってまちまちです。サウンドカードの入力インピーダンスは入力端子にに10kΩ程度の抵抗を直列に挿入したときの信号電圧変化から計算することができます。私が使っている外付けのUA-1G(Roland)の入力インピーダンスは20kΩでした。(参考までに、古いSoundBlasterでは15kΩでした。)
合成抵抗は 1/R1 = 1/R1* + 1/R3 なので、R3=20kΩ(R1=12kΩ)ならばR1*=27kΩで良さそうです。早速、サーミスタ(10k)とカーボン抵抗2本(10k、27k)の補償回路を入れてみました。温度センサーですのでPMTに貼り付けて使います。当然ながら入出力はシールド線で配線します。
やさしおのスペクトルをなるべく温度差の大きい条件で測ってみた結果です。9℃の温度差ですがうまく補償できているようで、ピークのずれはほとんど見えなくなりました。