APB-3用 広帯域リターンロスブリッジ   (2019/4/30)


 おじさん工房のAPB-3を入手して数年経ちますが、私の場合、頻繁に使っている機能はインピーダンスアナライザです。この機能を使うには別途、リターンロスブリッジ(RLB)が必要になります。APB-3はAF帯からHF帯までカバーしているのでこれに合わせてRLBの帯域を確保出来れば何かと便利なインピーダンスメータになりそうです。RLBの低域拡張の試みはすでにネット上にいくつか挙がっています。もっとも確実な方法は信号検出部に広帯域差動アンプを組み込むことですが[1]、やはり受動部品のみで簡便に(下限周波数はある程度犠牲にしても)作製したいというのが本音です。低周波数域で使えるようにするにはインダクタンスの大きなアイソレーション・トランスを使えばいいわけですが、その代償として上限周波数が低下します[2]。アイソレーション・トランスに高透磁率のコア材を使った広帯域RLBも紹介されていて、低域はkHz台まで測定できるようです[3]。こうした色々な記事を参考にしながら、私もAPB-3用の広帯域RLBを作ってみることにしました。

 

1.RLBの構成とアイソレーション・トランスのコア材

 ブリッジの信号検出部にフロートバラン(コモンモード・チョーク)を挿入する回路構成が知られており[4, 5]、フロートバランのコア材としてはFB801#43がよく用いられます。このフロートバランの阻止インダクタンスを大きくすれば低域が伸びますが同時に自己共振周波数が低下するので高域が犠牲になります。低域を伸ばす別の手段として強制バランもしくはコンベンショナルトランスを用い平衡/非平衡の変換をおこなう方法がありますが[6, 7]、これも同様の理由で低域を伸ばそうとすると高域が落ちるというジレンマがあることには変わりありません。

 フェライトよりも高透磁率のアモビーズを使った例[8]を参考にコンベンショナル・トランス方式を検討しました。低域拡張のためコイルの巻き数を増やしてみたのですが10kHz以下の領域でおかしな挙動が現れました。これは高透磁率材で一般的に起こりうる励磁磁界(励磁電流)の強さに依存した透磁率の変化が原因のようです。どういうことかというと、高透磁率の軟磁性材は励磁磁界がゼロの極限では初透磁率を示しますが、励磁磁界が大きくなるにつれ透磁率は最大透磁率に向かって増大するという性質があります[9]。さらに励磁磁界を極端に大きくすれば磁気飽和のために透磁率は逆に低下する方向に向かうわけですが、この場合そこまで考える必要はないでしょう。こうした透磁率変化が原因となってブリッジ出力に非線形性が生じてしまうということです。これはインピーダンスアナライザのキャリブレーション機能で補うことはできません。そもそもアイソレーション・トランスの特性は信号強度(トランスの励磁振幅)には依存しないことを前提にしているのですから。下図はアモビーズ9回巻きコンベンショナル・トランスの伝送特性です。

 APB-3の出力レベルが大きいと低周波数域の特性に乱れが生じています。透磁率が一定であるならば出力レベル:0dB、-10dBの特性は点線のようにならないといけないのですが実測値は太線で示したとおり大きく膨らんでいます。周波数が低いほど励磁電流が増加するので初透磁率より大きな透磁率(振幅透磁率)が現れた結果であると考えられます。アモビーズを10kHz以下の低周波数域で使うときの要注意点でしょう。この例では信号出力レベルを少なくとも-20dB以下に抑えないといけないようです。

 RLBのアイソレーション・トランスは通過信号レベルの大小にかかわらず常に同一の通過特性でなければいけませんので励磁磁界(=巻数×電流)が小さいところで使う必要があります。kHz以下の領域まで測定可能とするには信号レベルを落とすかトランスの巻数を減らすかしかありません。信号レベルを落とすとS/N低下により測定精度が悪化します。巻き数を減らすと低域でインダクタンス不足となりやはり測定精度が悪化します。試行錯誤の末、アモビーズ4個をメガネコア風に配置、巻数を3回としたコンベンショナル・トランスに落ち着きました。巻数を減らしたかわりにアモビーズの個数を増やし少しでもインダクタンスを大きくしようという妥協の産物です。9回巻きから3回巻きに減らしても励磁磁界は1/3(約 -10dB)にしかなりませんから、APB-3の出力レベル0dBで使うことを前提に10dBのアッテネータを付け加えることにしました。

  

 RLBの回路図と実験用基板の写真です。基板を小さくし過ぎたため、アモビーズ4個からなるコンベンショナル・トランスの大きさが収まらず、基板裏側の配線面に実装することになってしまいました。

 

 

2.RLBのアイソレーション特性

 DUT:オープンで規格化後、DUTに50Ωを接続して測定した通過特性です。

 おおよそ100Hz〜40MHzの帯域で減衰量が30dB以上あるので、この辺がインピーダンスアナライザとしての実質的な測定可能領域ということになりましょうか。1kHz〜数MHzの間では減衰量が60dB以上ですからかなり高精度の測定が可能でしょう。HF帯の特性はコンベンショナル・トランスの巻き方によってある程度変化します。巻数がたったの3回ですが一次側、二次側ともにいわゆるガラ巻き風に巻く方が高域が伸びる傾向にあります。フロートバランの巻数やコア材の種類によっても高域特性が変化しますから、自作派にとっては工夫のしどころになるでしょう。

 

3.インピーダンスアナライザの動作チェック

 低域特性重視ということでAPB-3の入力端子インピーダンスは1MΩとしました。RLBをAPB-3につないでショート、オープンの校正をした後、色々な値の抵抗を測定してみました。まずは50Ωから。

 100Hzから40MHzまでほぼフラットな値(50Ω)が得られています。抵抗の測定誤差(ΔRs/Rs)、および位相誤差(純抵抗ではXs/Rs)が10%以内を許容範囲として測定可能周波数をみていくことにします。

 次は50Ωの10倍と1/10倍です。500Ω抵抗はテスターでの測定値が492Ωでした。

これらもほぼ100Hzから40MHzまで許容範囲内です。

 さらに50Ωの100倍、1/100倍を見てみます。

 5kΩの場合10%の精度で読み取れるのはおよそ500Hz〜10MHzの範囲でした。0.5Ωでは200Hzから10MHzまでです。50Ω基準のブリッジなので妥当なところかと思われます。

 

 次にリアクタンスの測定結果をみてみます。最初はインダクタです。誘導性リアクタンス(Xs)の測定値をドット、計算値を細線であらわしました。高周波側でXsが増大するのは各インダクタの自己共振によるものです。低周波数域ではXsが1Ω以下になると測定値が怪しくなるようです。

 次はキャパシタです。容量性リアクタンスなのでXsの符号が反転します。低周波数域ではXsが大きくなりすぎると当然、測定不能になりますが、Xsが50Ωに近いところでは正確に測定できることが示されています。また、周波数上昇に伴い電界コンデンサ(10µF、100µF)の容量が低下(Xsが増大)する様子を観察できます。さらに高い周波数になるとXsが計算値からずれて急激に小さくなる現象が見られます。これはキャパシタの容量とリード線インダクタンスの直列共振(自己共振)によるものと思われます。

 これらの結果から、測定対象のインピーダンスがおおよそ5Ωから500Ωまでの範囲内であれば、100Hz台からHF帯まで連続してインピーダンス測定が可能であることがわかりました。

 

4.適用例

 試しに、アモビーズ(AB4x2x8W)のインピーダンスを測定してみました。

  Xsをω(=2πf)で割ればインダクタンスになります。1kHz以下ではXsが小さくなりすぎて(< 0.1Ω)測定限界を超えています。

 1kHz以上の特性はアモビーズのカタログ値[10]とほぼ同じです。LとL'にコアの形状因子から計算される定数を掛け算すれば材料の比透磁率(µ')と損失抵抗に相当するµ"が得られますが、縦軸の目盛が変わるだけでグラフの形は同じです。µ'とµ"の交点、すなわちコア材のQ値が1となる周波数は〜150kHzでこれはこの材料の特性を特徴づけています。ちなみに、フェライト#75材(比透磁率:5,000)の場合µ'とµ"の交点は〜600kHzですので、アモビーズの比透磁率は#75材の数倍程度かと推測されます。

 

 低周波数域でスピーカーの自己共振周波数を測定してみました。廃棄処分待ちのブラウン管テレビから部品取りしたスピーカー(SP-B)を裸で測定したものです。240Hz付近に共振ピークが出ています。

 もう一つ、別のスピーカー(SP-A)の例です。いわゆるPCスピーカー(外付けのアンプ内蔵スピーカーシステム)から部品取りした口径10cmのサブウーファーです。共振ピークが90Hzとかなり低いところに出ているのがわかります。

 

5.まとめ

 オーディオ帯域からHF帯まで測定可能なベクトルネットワークアナライザAPB-3に合わせたリターンロスブリッジをつくってみました。高透磁率コア材と短かな巻線で構成したコンベンショナル・トランスを活用しインピーダンス測定の広帯域化を検討した結果、制約はあるものの、100Hz台から測定可能なことを確認しました。低周波数域での高透磁率コアの使用に際しては励磁磁界の増大に伴う透磁率変化に要注意であることを指摘しました。

 広帯域化の利便性については異論もおありでしょうが、RFCや得体の知れないトロイダルコアなどの周波数特性を測定するテスターとして威力を発揮するものと思います。

 

References

[1]  「アクティブ・リターンロスブリッジの製作」、http://kephyce.cool.coocan.jp/ojisankoubou/active_rlb/index.html

[2]   通電してみんべ:「APB-3で低周波インピーダンス・アナライザ」、https://ecaps.exblog.jp/23759391/

[3]  ジャンクな電子工作&徒然落書き帳:「リターンロスブリッジの作製」、 http://ja7vra.blogspot.com/search/label/%E6%B1%8E%E7%94%A8%E5%AE%9F%E9%A8%93%E5%9F%BA%E6%9D%BF%20%EF%BC%A1%EF%BC%B0%EF%BC%A2%EF%BC%8D%EF%BC%91

[4] 山村秀穂、トロイダルコア活用百科、CQ出版

[5] 吉田 武、高周波回路設計ノウハウ、CQ出版

[6] マッドな研究所:「リターンロスブリッジのトランス」、http://www.takatoki.justhpbs.jp/maddo/toransu2/toransu2.html

[7] おじさん工房:「APB−1を使った多目的測定器 ・リターンロスブリッジ」、 http://ojisankoubou.web.fc2.com/apb-1/meastool.html#20091008

[8] JE1AHW:「アモビーズを使用したリターンロスブリッジ」、http://www.cytec-kit.com/Izumi_Gazou_7/2010-03-07/Amo-RLB01.pdf

[9] TDK EMC Technology:「ノイズ対策用フェライトの基礎」、https://product.tdk.com/ja/products/emc/guidebook/jemc_basic_06.pdf

[10] https://www.toshiba-tmat.co.jp/pdf/product/amo_01_2016.pdf

 

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