ネットで検索すると、市販のPINフォトダイオードを放射線センサーとして利用したガイガーカウンタの作製例がいろいろ紹介されていている。原理的にはSi(シリコン)検出器の一種ということになるが、なにせ、放射線を感じる部分(有感部)の厚みが100μmオーダーと薄いために高エネルギーγ線のエネルギー測定には無理がある。ただ、γ線の数をカウントするのが目的であるならばパルス計測は可能なので、十分使える。いずれにせよ、PINフォトダイオードで放射線をどの程度”見る”ことができるのか、興味のおもむくままに検出器を組んでみた。
まず、PINフォトダイオードであるが、γ線に対してある程度の計数率が期待できる物でないとあとの実験が厳しくなる。パシフィック・シリコン社のPS100-7-CER-2pinが良さそうとのことだが在庫切れで次回ロット待ちのようだ。そこで同一チップの表面実装型PS100-7SMを購入した。PS100-7-CERはチップ面の窓材が石英であるのに対し、PS100-7SMは樹脂コーティングであるところが異なる。どちらにしてもγ線透過率に大差はないだろうということでMouserに注文し、6日後に手元に届いた。品薄だったせいか、1個 5,000円もした。貧乏人にはつらい。(10月現在、PS100-7-CER-2pinの出荷が再開されている。)
カタログによると、受光面積は1cm2、逆バイアス印加時の接合容量は80pFということなので平行平板コンデンサーの容量を表す式:C=ε・S/dを使って有感部(空乏層)の厚さ:dを計算してみた。Siの比誘電率:12、電極面積:S〜1cm2、とすると空乏層の厚さ:d は約150μmとなる。γ線によって空乏層に発生した高エネルギー電子(光電子やコンプトン電子)が空乏層領域でそのエネルギーをすべて失うためには高エネルギー電子の最大飛程が150μm以下でなければならない。一方、Si中での高エネルギー電子(β線)の最大飛程が150μmに相当するエネルギーをあたってみると約200keV程度となる。これより高いエネルギーを持つ電子は空乏層外に出てしまうことになり発生するキャリア数が減少する。つまり、検出器から得られるパルス波高値が十分な高さに至らず、特性エネルギーの情報が失われていくということである。比例計数が可能なエネルギー領域は200keVよりも低いだろう、とおおよその当たりがつく。
次に検出回路、これは先駆者の回路をまねた。持ち運びできるように電池駆動にした。エネルギースペクトル測定を目的としているので、フォトダイオードへの印加電圧、オペアンプの電源電圧を安定化している。また、波高分析ソフト(PRA.EXE)への信号取込を容易にするため、初段のチャージアンプの時定数を大きめに設定した(C1= 25pF)。出力端子に電圧リミッター(1S1588×2)をつけたが、これは、実験中に過大入力でパソコン内のMICアンプを壊してしまったことに対する反省によるものだ。消費電流はオペアンプ回路(5V)に約1mA、フォトダイオード逆バイアス(10V)安定化回路に最大0.8mAで合計1.8mAとなった。電池は006Pを2個直列で18Vを得ているが、電圧が約10Vに低下するまでの電池容量はアルカリタイプで約500mAhほどのようなので、250時間(10日間)程度は連続で使用できる計算になる。006Pアルカリ電池は百円ショップで1個157円だった。
回路基板をアルミケースに収納したが、強い振動を与えると(例えば、アルミケースをドライバーでコンコンと叩くと)ノイズが出るようなので、百円ショップにあったメラミンスポンジを座布団にしてみた。回路基板は電気的にはアルミケースに1点アースされている。
完成した検出器をパソコンにつないで出力波形をみると、明らかにアンプ・ノイズよりは大きなパルスが散発的に観察された。計数率は室内で4〜6cpmといったところか。次の図は波形の一例である。
波高分析ソフト(PRA.EXE)の便利な機能に気づいた。入力信号のパルス幅にフィルターを設定できるのである。パルス波高の閾値をゼロにするとアンプノイズもパルスとしてカウントされる。しかしそのほとんどはパルス幅が20μs以下に分布しているので、検出するパルス幅を適当な範囲に設定することでアンプノイズを相対的に減らすことができる。デジタルフィルタである。特にアンプノイズすれすれの低エネルギーγ線の検出には効果がみられた。以下の測定では最小パルス幅:60μs、最大パルス幅:310μsに設定した。
測定例1:アンプノイズの波高分布
パルス波高の閾値をゼロにして観測された波高分布で、アンプノイズを表している。ピーク位置は波高値:0.25にあり、これはアンプノイズの平均振幅に相当。測定時間は60秒。
測定例2:バックグラウンド(環境放射線)の波高分布
閾値を0.4に設定。測定時間は30,000秒(8時間強)。左端の立上りはアンプノイズの裾野をひろったもの。
測定例3:Am(アメリシウム)線源を近づけた時の波高分布
昔の煙感知器に入っていた241Am、1μCi(マイクロキュリー)をテスト用の線源とした。
センサーの近く(〜3cm)に置いて測定。測定条件は「測定例2」と同じく、閾値は0.4、測定時間は30,000秒(8時間強)。アンプノイズの近傍に241Amのγ線ピークが現れた。ただし、ブロードなピーク形状である。アンプノイズによりベースラインがおおよそ-0.2から+0.2まで変動するので波高値の幅が広がってしまうのだろう。
バックグラウンドを差し引いたAmのピーク
測定例3から測定例2のバックグラウンドを差し引いてみた。乱暴なやり方だが、うまいことにアンプノイズ分が消えてAmのピーク(γ線エネルギー:59.5keV)が明瞭になった。これでパルス波高(相対値)とエネルギー値との対応がつく。波高値:0.6〜0.7あたりが59.5keVに相当するようだ。しかしピークの半値幅は約0.3(〜30keV相当)と大きい。
まとめ
PINフォトダイオードを用いて241Amのγ線スペクトルを観測できることはわかったが、アンプのノイズレベルが高くエネルギー分解能が低いため低エネルギー領域(〜100keV以下)に密集するγ線ピークを分離識別するのはかなり難しい状況にある。もし、アンプノイズを現行のものより1桁下げることができれば、137Cs(セシウム)の低エネルギーγ線(32.1keV、36.5keV)を検出できるようになるのだが、、、