シリコンPINフォトダイオードによるγ線の直接検出を試みた。特に、エネルギースペクトルを測定することにより線源の種類を同定しようとしたが、中、高エネルギー域(数100keV以上)ではフォトダイオードのγ線に対する有感層が薄いこととシリコンの光電吸収確率が低いことにより光電ピーク強度が激減してしまうという性質があり、実際に放射能汚染された土を測定してみても核種を同定できるようなスペクトルは得られなかった「参照:シリコンPINダイオードで137-Csのγ線は見えるか? (2011/11/06)」。もし、線源が発するγ線が単一エネルギーでかつ強度が十分であれば光電ピークとコンプトン散乱の連続スペクトルとは分離して見えるだろうが、実際の環境放射線測定では様々なエネルギーのγ線が存在するのでほとんどの光電ピークはコンプトン散乱スペクトルの中に埋もれてしまう計算になる。
一方、シリコンPINフォトダイオードが本来得意とする低エネルギー領域(〜100keV以下)では、241Am(241-アメリシウム)のγ線ピーク(59.5keV)を明瞭に捕らえることはできたものの、検出回路(チャージアンプ)のノイズが大きいことにより50keV以下の測定ができないでいた。しばらくの間、チャージアンプのノイズ低減に取り組んだ結果、以前のものより少しはマシなアンプができあがった。これについては既報「秋月CsIシンチレータ+S6775のパフォーマンス (2011/12/17)」で述べたとおりである。そこで再度、低エネルギー域のγ線スペクトル測定をおこなってみた。
これまでの実験と同じく、フォトダイオードにはパシフィック・シリコン社のPS100-7SM(PS100-7-CER-2pinと同一チップの表面実装型)を用いた。これを以下で述べるチャージアンプ(改)に接続し、出力信号をパソコンのオーディオ入力に取り込んだ。後はおきまりのPRAによる波高分析である。
チャージアンプ(改)
フロントエンドにJ-FETを用いたチャージアンプであるが、電源投入時にノイズレベルが異常に大きくなる現象(発振気味?)がたまにみられた。そこでディスクリート部品で構成される前段とOPアンプで構成されるバッファアンプのそれぞれの電源ラインに容量の大きなデカップリングコンデンサ(電解コンデンサ:470μF)を追加したところ、この不安定な現象が出なくなった。たったこれだけのことなので大したことはないのだが、参考までにもう一度回路図を掲載する。
パソコンの音声入力に合うようにパルス幅を200〜300μsに広げている。このため、カウント率が高くなると当然数え落としが出てくるが、例えばパルスの発生が10msに1個の割合(= 100cps = 6000cpm)以下なら”数え落とし”はほとんど無視して差し支えないだろう。チャージアンプといえば普通、高いカウント率を想定しているのでパルス幅をできるだけ小さくするように設計されるが、ここで使っているチャージアンプはその帯域からみて全くのオーディオアンプといってよい。したがってノイズ対策もオーディオアンプのそれと同じである。帰還キャパシタの容量が1〜数pFと小さいのでつい高周波回路と錯覚しがちだが、実はパソコンの音声入力用オーディオアンプなのである。
この手のアンプは振動ノイズを拾いやすく、その一因として強誘電体からなるセラミックコンデンサの影響が指摘されていた。そこでセラミックコンデンサをすべてフィルムコンデンサやスチロールコンデンサに置き換えた回路も組んでみたが、それでも振動には敏感に反応した。極めて定性的なことしか言えないが、顕著な効果は無かったということである。私の対策法は以前にも述べたとおり、回路基板をスポンジの座布団に固定し、基板のアースを柔らかい線でアルミ・シールドケースに落とす、という方法である。これでだいぶ振動には強くなるが、アルミケースをドライバーの柄でコンコン叩いたりするとノイズが乗ってしまう。この辺はまだ改良の余地あり、ということだ。
241Amのスペクトル
昔の煙感知器から取り出した241Am(1μCi)線源をフォトダイオードから約3cmの位置に置いて測定した。フォトダイオードは厚さ1mmのアルミケースに収納されている。
(測定時間:それぞれ4時間)
バックグラウンド(BG)のスペクトルでは20keVの下あたりからアンプノイズが急激に立上がっている。以前のLMC662使用回路「」ではアンプノイズの立上がりが40〜50keVであったから、ノイズレベルが半分以下になっていることがわかる。ノイズが小さくなった結果として、241Amの59.5keVピークの半値幅は8keVと小さくなっている。また、新たに低エネルギー領域にブロードなピークが観測できている。下表はラジオアイソトープ手帳に載っている「241Amから放出されるγ線および特性X線のエネルギーと相対強度」を書き写したものである。
核種 | エネルギー [keV] | 相対強度 |
241Am |
59.5 | 100. |
26.35 | 7. | |
20.8 Np Lγ | 13.8 | |
17.8 Np Lβ | 51.2 | |
13.9 Np Lα | 37.5 | |
11.89 Np Lι | 2.2 |
単色ピークの半値幅が8keVあるので、低エネルギー側のピークは互いに重なり合って1つのブロードなピークになっていると考えられる。また、フォトダイオード材料であるシリコンの光電吸収確率が20keVあたりでは60keVの数10倍高くなるので、相対強度が小さいにもかかわらず低エネルギー側のピーク強度は大きい。また、低エネルギー側ピークの位置は本来なら相対強度がもっとも大きい17.8keV前後にあっても良さそうなものだが、測定では20keVあたりに出ている。これは線源とフォトダイオードの間にある1mm厚アルミ板の影響によるものらしい。γ線の減衰率はエネルギーが低下するにつれ急速に増大するからだ。事実、3mm厚のアルミ板を線源とフォトダイオードの間に追加挿入するとピーク位置がさらに24keVあたりまでシフトすることを確認している。(同時に、ピーク強度は数分の一に低下。)
ホットスポットから採取した土のスペクトル
137Cs(セシウム)は中エネルギー域のγ線源(662keV)として知られているが、同時に特性X線も放出する。ラジオアイソトープ手帳にある数値は以下のようになっている。
核種 | エネルギー [keV] | 相対強度 |
137Cs |
661.6 | 100. |
36.5 Ba Kβ | 1.54 | |
32.1 Ba Kα | 6.85 |
662keVのピークは見えなくても特性X線のピークならシリコン・フォトダイオードで直接検出できるのではないだろうか、というのがそもそもの発想であった。チャージアンプのローノイズ化でようやくこの実験が可能になったわけだ。早速、セシウム汚染土(ホットスポットから採取した土:CsIシンチレータを付けてみる (2011/12/08)を参照のこと)を測定してみた。
(測定時間:それぞれ4時間)
見えた見えたと感激するほどのデータではないが、とりあえず見えている。図中に対応するピーク位置を矢印で示したが、その付近のカウント数が明らかに上昇しているのがわかる。しかし、カウント数が少ないのでばらつきが大きく、なめらかなピーク形状にはほど遠い。また、エネルギー分解能もあまり良くない(〜8keV)ので、2つのピークがあることまでは判別し難い。20keV以上のカウント率はバックグラウンド(BG)が4.8cpmに対し、汚染土を近づけた時は16.7cpmで約3.5倍であった。バックグラウンドの線量率が〜0.1μSv/hであるので、汚染土を近づけた状態は単純計算で〜0.35μSv/hに相当する。4時間測定してこの程度なので、かなり高線量率の対象物でない限り、シリコン・フォトダイオードをセンサーとした核種同定法(137Csの特性X線の検出)は現実的ではないようだ。
<2012/01/13 追記> 上記の”現実的ではない”という表現であるが、誤解の無いように説明を加えさせて頂く。これはあくまでチャージアンプを含めた本実験装置の性能について評価したものである。特性X線(低エネルギーγ線)スペクトルをシリコン・フォトダイオードで計測することは普通におこなわれており、その場合、エネルギー分解能は1keV以下である。こうした高分解能の測定であれば、ピーク幅が狭まった分、ピーク高が大きくなるので、より短時間で137Csの特性X線を検出することができるだろう。
まとめ
シリコン・フォトダイオードをセンサーとして、137Csから放出される特性X線(エネルギー:32.1keV、36.5keV)の測定を試みた。
チャージアンプのローノイズ化により、20keV程度の低エネルギー領域の測定が可能となった。
セシウム汚染土を測定した結果、特性X線に対応するシグナルが得られた。ただし、4時間測定してその存在をやっと確認できる、といった程度である。