昔の煙感知器(家庭用火災報知器)に入っていた放射線源(241Am: アメリシウム)とPINフォトダイオード(S6775、浜フォト)を使ってエネルギー分散型蛍光X線分析の実験を試みた。Am線源が放出する59.5keVのγ線を試料に当て試料が発する特性X線のエネルギーを測定することで試料中の元素を同定しようというものである。ただ、自作検出器のエネルギー分解能が低いのできわめて大雑把な分析しかできないし、検出できる元素の種類も限られる。なので、教育玩具と思ってもらえればよい。検出器の部品代はシールドケースも含めて二千円以下に収まると思う。難物はAm線源だろう。現在市販されている煙感知器に放射線源は使われていない。40-50年前の煙感知器を探せば放射線源を入手できるかもしれない。
市販の蛍光X線分析器は軽元素以外のほとんどすべての元素を検出でき、材料組成の同定や膜厚の測定を非破壊でおこなえるため、製造ラインの工程管理などでよく使われている。卓上型蛍光X線分析装置の検出器にはシリコンPINダイオードが使われ電子冷却でシステムノイズを減らしているようである1)。その結果、100-200eVという高いエネルギー分解能を得ている。これくらいの分解能があれば元素ごとに特性X線をはっきりと分離でき、定性・定量が可能となる2)。数10keVの強力なX線を微小領域に照射できれば面分析もできるというわけだ。
ここで使う自作のX線検出器はシングルピークの半値幅が4〜5keVほどもあるので、高価な市販品にはとても及ばない代物だが、原子番号の大きな元素のK線なら何とか識別できるのではとの興味からいろいろ試してみた。
1.装置構成
PINフォトダイオード:S6775と既報のチャージアンプ「放射線測定:PD用チャージアンプ---簡易版--- (2012/11/23)」を検出器とし、波高分析にはフリーウェアのベクモニ2011-v1.0 3) を用いた。シンチレータ(CsI)を組み合わせたPINフォトダイオードでX線を検出するのに比べ、PINダイオードで直接検出したほうが信号強度が数倍大きいので、相対的にノイズレベルが数分の一に下がる。その結果、ノイズレベルはエネルギー換算で10keV以下に抑えられた。
59.5keVのγ線を発するAm線源を試料に向けて配置し、試料から発せられる特性X線をPINダイオードで受ける仕組みである。もともと線源が弱いので、カウントレートを稼ぐには線源と試料、および試料と検出器の距離をなるべく近づけて配置する必要がある。同時に線源のγ線が直接PINダイオードに入射しないよう注意が必要である。実際の測定では特性X線ピーク形状をはっきりと認識できるまで通常1時間から数時間を要した。
Fig.1 The
Measurement Layout
2.標準試料の測定
システムノイズの立ち上がりがエネルギー換算でおおよそ5keV〜10keVの領域にあらわれるので、測定可能な特性X線エネルギーは約10keV以上となる。この制約の中で構成元素がわかっているいくつかの試料について測定してみた。原子番号の若い順にゲルマニウム(Ge)ペレット、臭化カリウム(KBr)結晶、ジルコニウム(Zr)ペレット、純銀(Ag)板、アンチモン(Sb)ペレット、フッ化バリウム(BaF2)結晶の6試料である。結果をFig.2-1からFig.2-6に示す。なお、スペクトルを見やすくするためデータはすべて7チャンネルの移動平均をかけている。7チャンネル分のエネルギー幅は約1keVに相当する。
Fig.2-1
Fig.2-2
Fig.2-3
Fig.2-4
Fig.2-5
Fig.2-6
これらの結果をみるとほぼ期待されるエネルギー位置にピークが現れており、それぞれの特性X線を捉えていることが確認できた。ただし、測定例の一部(Fig.2-6)には試料に由来しない別のピーク(〜22 keV)も見られる。これについては後述する。
重い元素(原子番号>75)ではK線のエネルギーが線源の59.5keVを超えてしまうのでK線を励起できない。そこで浅いエネルギー順位から発生するL線の測定を試みた。金(Au)とビスマス(Bi)について測定してみた。
Fig.2-7
Fig.2-8
L線はそもそも低エネルギー領域に現れるので本実験装置では測定可能な元素も限られてしまうが、とりあえずそれらしいスペクトルを確認できた。
3.線源のエネルギースペクトル
何種類かの試料を測定しているうちに試料に依らず定位置(〜22keV)にピークが現れるケースがあることに気づいた。そこで線源を試料位置に置いて線源のγ線(X線)を直接、測定してみることにした。測定の前に予想されるスペクトル形状を計算してみた。241Amは59.5keVのγ線以外に30keV以下の低エネルギー域に何本かのγ線(X線)を放出する。計測器の分解能を考慮して半値幅5keVのガウス・ピークでスペクトルを合成してみた。(Fig.3)
| 核種 | エネルギー [keV] | 相対強度 |
|
241Am |
59.5 | 100. |
| 26.35 | 7. | |
| 20.8 Np Lγ | 13.8 | |
| 17.8 Np Lβ | 51.2 | |
| 13.9 Np Lα | 37.5 | |
| 11.89 Np Lι | 2.2 |
Fig.3-1
Calculated Spectrum of 241Am
そして実際の測定結果がFig.3-2である。高いエネルギーほどPINダイオードの検出感度が低下するので、59.5keVのピークが相対的に小さく観測されている。30keV以下の領域のスペクトル形状に着目すると、実測値では25keV辺りのくびれ(プラトー)目立たなくなっている。この辺りに何か別のピークが重なっているようにも見える。
Fig.3-2
Direct irradiation Spectrum of 241Am
そこで今度は線源と検出器の間にフィルターを入れて低エネルギー領域のγ線(X線)を消してみることにした。1mm厚の銅板(Cu)を通すと60keVのγ線強度は約1/4に減衰する一方で30keVでは1/10000以下の減衰率となり、実質的に低エネルギー域のピークが消えると予想される。で、実際の結果はどうなったかというと、Fig.3-3に示されるように22keVの位置に何かのピークが現れている。どうやらこれはAgKα; 22.1keVの特性X線のようだ。またフィルタの材質である銅の特性X線(CuKα; 8.0keV)らしきものも認められる。AgKα線の出所を推測してみるに、おそらくPINダイオードの構造上、ダイ(シリコン片)とリードフレームの接合に使われているAgペーストではないかと思われる。PINダイオードに入射したAmのγ線がAgをたたくことでその特性X線が発生したものと思われる。そうだとすれば、Amのγ線でなくてもAgのKα線よりも大きなエネルギーを持つX線がPINダイオードに入射すれば同じことがおこりうるわけで、実際、標準試料の特性X線測定においてAgのKα線よりも大きなエネルギーを持つ特性X線が観測される場合に22keVのピークが顕著に現れることと付合する。PINダイオード自体から発生するX線だとすればフィルターでは取り除けないのであきらめるほかない。
Fig.3-3
Filtered spectrum of 241Am
4.身の回りにある物の測定例
・CsIシンチレータ
γ線検出に使われるおなじみのシンチレータであるが、CsとIの原子番号がそれぞれ55と53で近いためKα線のエネルギー差が2.4keVと小さい。実際測定してみると2つのピークが重なって1本のブロードなピークに見える。
Fig.4-1
・原発事故対応のヨウ素剤
東海第二原発が近くにあるため、自治体からこんなものが配られている。直径5mmほどの丸薬が4粒、主成分はヨウ化カリウム(KI)。袋を破らず4つ折りにし4粒重ねて測定した。確かにヨウ素が成分であることを確認できた。
Fig.4-2
・ネオジウム磁石
ネオジウム磁石の組成はNd2Fe14B(at.%)であるが、最近はNdよりも安価な材料(Ce、La)を加えてNd使用量を減らす技術も進んでいる。ネオジウム磁石が発明されて間もない頃(30数年前)の市販品があったので測定したところ、下図に示すようにNd-Kα線の単峰ピークを観測できた。Nd以外のレアアース成分は含まれていないようだ。
Fig.4-3
次に、最近ダイソーで購入したネオジウム磁石の測定結果を示す。比較のためFig.4-3のスペクトルを細い赤色線で重ね書きしている。ピーク形状に明らかな違いが見られる。エネルギーが接近したいくつかのピークが重なっているようで不明瞭だが、ピーク形状から察するとたぶんLaとCeが加えられているのだろう。少なくとも単純なNd2Fe14Bとは成分が異なっていることは確かである。
Fig.4-4
・フェライト磁石
フェライト磁石にはBa系とSr系があるが価格の面で市販の汎用品はBa系だろう。おなじみのダイソーで買ってきたフェライト磁石を調べてみた。案の定、強いBa-Kα線が観測された。
Fig.4-5
参考文献
1) "高性能Si-PINフォトダイオード検出器XR-100":https://www.sii.co.jp/jp/segg/files/2019/07/XR100CR-SiPIN_V1.1.pdf
2) 特性X線のエネルギー表:例えば、http://www.mech.kagoshima-u.ac.jp/~nakamura/nuclear/nuclear-text2.pdf
3) http://blog.livedoor.jp/kabuworkman-becqmoni/archives/38604252.html