[注意] 本稿では合金組成をすべて重量%(wt%)で表しています。工業分野ではほとんどこの表記が使われています。他方、理学分野では原子数%あるいはモル%(at%、mol%)が好んで使われます。物性を研究するうえで見通しが良くなるからです。不要な混乱を避けるため以下では重量%(wt%)のみ使用します。
融点が100℃以下でお湯をかけると融けてしまう金属(合金)は科学イベントの面白実験などによく登場する。数十年前ならウッド合金というのが定番だったが最近はカドミウム・フリーの材料が主流のようである。さらに鉛・フリーまで配慮するとField's metal(Bi-Sn-In合金)が有力候補となる。
こうした低融点合金ははんだ付け部品の取外しに重宝する。はんだの融点を下げれば接合部が長時間固まらないので部品を簡単に取外すことができる。市販品ではサンハヤトの面実装部品外しキット(SMD-21, -51)などがあるがなかなかいいお値段である。ここで使われている低融点合金についてちょっと調べてみた。SMD-21では融点が〜60℃の特殊ハンダ(一般タイプ)SMD-H05が、SMD-51では融点が〜80℃の特殊ハンダ(鉛フリータイプ)SMD-B05がセットされている。製品の安全データシートに記載されている組成は以下のとおり。[1]
ビスマス(Bi) | 鉛(Pb) | スズ(Sn) | インジウム(In) | |
SMD-H05 | 45∼55 wt% | 15∼25 wt% | 5∼15 wt% | 15∼25 wt% |
SMD-B05 | 54 wt% | - | 16 wt% | 30 wt% |
一般タイプと称するSMD-H05はCerrolow 136(Bi49-Pb18-Sn12-In21、融点58℃)をカバーする組成範囲にある。一方、SMD-B05のほうはField's metal(Bi32.5-Sn16.5-In51、融点62℃)からインジウムを減らしそのかわりビスマスを増やした組成とみることができる。インジウムの使用量削減が目的か?
国外ではChipQuikというのが出回っているようだ。ChipQuik Ltd(米国)のホームページでは材料組成を確認できなかったが、Wikipedia で "Fusible alloy"を検索するとChipQuikに関する記載があったので下表にまとめた。[2] あくまで参考ということで。
ビスマス(Bi) | 鉛(Pb) | スズ(Sn) | インジウム(In) | |
ChipQuik(Cerrolow 136), 融点 58℃ | 49 wt% | 18 wt% | 12 wt% | 21 wt% |
ChipQuik (lead-free), 融点 79-91℃ | 56 wt% | - | 30 wt% | 14 wt% |
1.Field's metal (Bi-Sn-In系)
数年前につくってみたのだが備忘録として残すことにした。Bi(33g)、Sn(17g)、In50g)を空き缶に入れガスコンロの火で加熱して融かしあわせた。キッチンのガステーブルには温度センサーがついており鍋底が過度な高温になると火が消える(細る)仕組みになっている。なので、はんだを融かすような実験にはガスボンベ式の卓上コンロのほうが使いやすい。Bi、Sn、In単体の融点はそれぞれ271℃、232℃、156℃であるので、Biがもっとも融けにくい。当初100Wはんだ鏝でかき混ぜて融かそうとしたがBiがなかなか融けきらないのでガスコンロに切りかえた。いったん均一に融けてしまえば融点が大幅に低下するので今度はなかなか固まらなくなる。融けているうちに別の容器(おちょこ)に移して固化させた。
このField's metaは部品外し以外にも子供たちのおもちゃとして活躍した。カチカチの金属がお湯の中で融けていく様子を見せるとそれなりに興味を示したようだった。お湯で融けることを確認しただけで放っておいたのだが、最近、別組成の低融点合金をつくってみたのがきっかけで融点を測定してみた。おちょこの中の合金をはんだ鏝でかき回しながら100℃以上に加熱して冷却過程の温度変化をKタイプ熱電対で測定した。結果(熱分析曲線)を下図に示す。ラフな測定なので2、3℃の誤差はありそうだが大目に見てほしい。
加熱した物体から単位時間に失われる熱量は物体の温度と周囲温度の差にほぼ比例するので温度変化は下向きに凸の形をした単調な減少曲線となる。ただし液体→個体の変化があると潜熱が発生するのでこの間温度変化が緩やかになる。上図ではまず65℃に温度曲線の変曲点が見られる。これが固化開始点(状態図では液相線の温度)である。さらに59℃にもう一つの変曲点があり、固化終了温度(状態図では固相線の温度)に対応する。仕込み組成が共晶点から少しずれているようだ。65℃から59℃の間は固液混合状態にあるわけで実質液状と考えて差し支えない。結局、この測定結果から融点が約60℃であることがわかった。
[追記、2018/11/15] 仕込み組成(重量組成)をきちんと合わせると以下の温度曲線になりました。融点は約62℃でフラットです。前回の試料はやはり組成がずれていたようです。
2.Darcet's alloy (Bi-Pb-Sn系)
太陽電池パネルが量産されるようになって以降、透明電極に使われるインジウムの価格が急騰し、現在はスズやビスマスよりも1桁以上高い値段で落ち着いている。高価なインジウムを使わない低融点合金としてRose's metal (Bi50-Pb28-Sn22、融点94-98℃)というのがあるが融点がやや高い。それでも部品外しには有効とのことである。[3] ただし、加熱による基板のパタン剥離や部品損傷を予防する意味で合金の融点はなるべく低い方が好ましいといえる。鉛フリーにこだわらなければField's metalと同程度の融点をもつCerrolow 136がよさそうだ。Field's metalよりもインジウム使用量を節約できる。
最初は[3]を真似てBi-Pb-Sn合金をつくってみた。近くのDIY店で棒はんだ(Pb50-Sn50)を入手できたのでこれとビスマスを同量とかしてBi50-Pb25-Sn25(Darcet's alloy、融点95℃)とした。融点の測定はおこなわなかったが、スズ鉛はんだ(Sn60-Pb40、融点183℃)に比べれははるかに融けやすいことは感じ取れた。表面実装部品以外にも16pin-DIP・ICなども簡単に取外すことができた。試しに沸騰したお湯をかけてみたが融点が100℃近いこともありなかなか融けなかった。
Bi50-Pb25-Sn25
3.Pb含有の低融点合金 (Bi-Pb-Sn-In系)
さて、ここからがお遊びの始まりである。Field's metal は融点が約60℃と低いが高価なインジウムを51 wt%も必要とする。これに対し、Cerrolow 136では鉛(Pb)を加えることでインジウム組成:21 wt%でありながらField's metal と同等の低融点を実現している。そこで、すでに作製してあったBi50-Pb25-Sn25(Darcet's alloy)にインジウムを加えてCerrolow 136のような4元系(Bi-Pb-Sn-In系)にしてみようと考えた。いきなりCerrolow 136を合成してしまえば済むことだがそれではあまりに芸がないので、手持ちのBi50-Pb25-Sn25にインジウムを添加して融点の変化を調べてみた。特にインジウム組成がCerrolow 136のそれ(21 wt%)よりも低い領域を探ることにした。
(A) Bi45-Pb23-Sn23-In9
Bi50-Pb25-Sn25合金に重量比1/10のインジウムを加えた。このとき組成比はBi45-Pb23-Sn23-In9となる。融点を測定すると次のようになった。融点は75-65℃まで下がっているとみられる。ポットのお湯をかけてみたらみごとに融けた。これなら面白実験のデモにも使えそうだ。Cerrolow 136の組成と比較するとまだビスマスとインジウムの量が足りなそうに見える。
(B) Bi54-Pb18-Sn18-In10
ビスマスとインジウムを追加して組成をBi54-Pb18-Sn18-In10にしてみた。固化開始点が68℃、固化終了点は約60℃であり、融点がさらに下がった。Cerrolow 136の融点にだいぶ近づいてきたようだ。インジウム組成はCerrolow 136の半分である。
(C) Bi56-Pb15-Sn15-In14
さらにインジウム組成を増やして14 at%にしてみた。Cerrolow 136と比較してインジウムが少ない分ビスマスを増やしてバランスをとった。熱分析曲線において固化開始:65℃と固化終了:58℃がよりはっきりと現れるようになった。
4.低融点合金の原材料価格
ビスマス、鉛、スズ、インジウムの地金国内建値をネットサーチしてみた。
非鉄金属国内建値(Oct, 2017) | ビスマス | 鉛 | スズ | インジウム |
円/グラム | 1.5 | 0.34 | 2.5 | 36. |
インジウムは他の材料よりも1桁以上高いので合金の値段はほとんどインジウム組成で決まってしまうことは容易に想像がつくが、いちおう上記価格をもとに低融点合金の材料費を計算してみた。なお、一般消費者向けの小売価格はここにあげた価格の3〜5倍程度とみられる。
低融点合金 | 特性 | 合金100g当たりの材料費 |
Field's metal (Bi32.5-Sn16.5-In51) |
融点:62℃、鉛フリー |
1,900 |
Cerrolow 136 (Bi49-Pb18-Sn12-In21) | 融点:58℃ | 870 |
Darcet's alloy (Bi50-Pb25-Sn25) | 融点:95℃ | 150 |
(A) Bi45-Pb23-Sn23-In9 | 融点:75-65℃ | 460 |
(B) Bi54-Pb18-Sn18-In10 | 融点:68-60℃ | 490 |
(C) Bi56-Pb15-Sn15-In14 | 融点:65-58℃ | 630 |
5.まとめ
Bi-Pb-Sn-In系の低融点合金において、インジウム組成が10wt%程度であっても融点は60℃〜70℃まで下がることを確認できた。市販の既製品は高価なので自前でつくってみるのがお薦めだ。
[1] サンハヤト ホームページ http://www.sunhayato.co.jp
[2] Wikipedia - "Fusible alloy", https://en.wikipedia.org/wiki/Fusible_alloy
[3] 通電してみんべ ”低融点ハンダの実験(部品外し)” https://ecaps.exblog.jp/24451858/
---------------- 応用編 ----------------
部品外しに使うには合金が塊のままだと使いにくいので棒状に成形してみた。DIY店に溝付きの角材(角材断面寸法:12mm×12mm、溝寸法:2.5mm×2.5mm)があったのでそれを使った。
はんだ鏝の先でインゴットを少しずつ融かして溝に流し込み、冷え固まるのを待つ。数分後、固まったら時計ドライバーなどでつついて棒状の合金を取り出す。ちょっと太めだが棒状に成形できた。ほかに、細いチューブに流し込む方法もあるようだが中身を取り出すのが面倒そうなので、、、
実際の使用状況はこんな感じ。
ピンに低融点はんだを盛ってコテ先でなぞっているとチップがフッとずれるのでピンセットでつまんで取り外す。
残った低融点合金ははんだペーストを塗ってコテ先をあてるとコロコロと丸まって落ちる。残った低融点合金をはんだ吸収線でしっかり取っておく。
温度が上がりすぎるとランドの剥離や部品損傷の危険性が出てくるので、必要以上に長い時間加熱しないことが大切。