いまや”身近な放射線”に仲間入りしてしまった福島原発の放出物、今後何十年も我々はこれとお付き合いせざるを得ない事態になってしまった。最近になってようやく環境汚染の実態が網羅的に把握されるようになってきた。今後は内部被爆を避けるために食品の検査に膨大な手間(時間と金)が費やされることになるのだろう。チェルノブイリ事故後26年間の経緯をみればこれは避けて通れない問題である。
環境測定と違って食品検査には高感度の検出器とバックグラウンドγ線を減らすための遮蔽容器が必要になる。携帯型線量計(A2700、クリアパルス社製)を使った簡易食品検査法について以下のサイトで丁寧に検討されており、たいへん参考になる。
・放射線測定器に関する勉強メモ(http://d.hatena.ne.jp/transfergate/20110717/1310917400)
A2700は体積約3ccのCsI(Tl)シンチレータを搭載しているようでそこそこに感度も高い。しかし値段も10万円以上とそれなりである。貧乏人としては1万円以下で同じくらいの性能を追求したい。中古市場を見ていると感度の良さそうな検出器(シンチレータ+PMT)はだいたい数万円くらいの値段がついている。そんな中、BGOシンチレータ(〜$30)とPMT(〜$60)がe-bayに出品されていた。医療用のPET診断装置から取り外したもののようである。円高でもあるのでこれなら貧乏人の射程内だと衝動買いをした次第である。
BGO+PMTで構成される第一世代のPET診断装置はそろそろ世代交代期に入ってきたようで、今後もこうした出品が散発的に続くのではないかと推測している。なんせ、1台のPET装置には数千個のBGO結晶と数百個のPMTが使われているので、中古市場では比較的安定供給が可能な部類に入るのではなかろうか。
購入品
PET診断装置は陽電子消滅で発生するγ線(511keV)を高感度検出できるように設計されているので、近いエネルギーのγ線を出すCsに対してもそこそこの高感度を期待できるだろう。ただ、NaIやCsIに比べて発光量が小さくフォトダイオードによる光検出は大変そうなので、まずはPMTを使うことにした。購入した中古BGO結晶の大きさは12mm×6mm×30mmで約2ccである。
PMT(光電子増倍管)はPET装置用に開発されたR1548(浜松フォトニクス)で、断面は24mm角、コネクターも含めた長さが〜9cmとコンパクトな2チャンネル内蔵タイプである。BGOと一緒に購入した。
シンチレータをPMTに固定する治具をつくらないといけない。ホームセンターにある25mm幅のアルミ・Lアングルを切って使った。BGOとPMTの接続面にシリコングリースを塗り、スポンジの弾性力で押さえる構造にした。シンチレータの外周を白いテフロンテープで巻いている。
高圧電源
PMTコネクタに内蔵されている電圧分割抵抗の合計値が9.3MΩでこれが高圧電源の負荷抵抗となり、例えば700Vで動作させた場合、75μAの電流が流れるので消費電力は53mWとなる。GM管用の高圧電源に比べればかなり消費電力が大きい。昇圧トランスは安くなさそうなので、冷陰極管用インバータ(\700@秋月)を使うことにした。これにDC12VをつなげばAC700Vが得られるが、電池駆動にしたかったのでコッククロフト・ウォルトン回路を入れて低電圧で動作するようにした。
フィードバックなしの単純な高圧発生回路であるが、結構、安定で実用に耐えている。700V出力時のリップルは200mV以下である。奇妙な温度補償回路が入っているが、これはBGO発光強度の温度変化をキャンセルするためのものである。この説明は長くなるので別稿に譲るとして、HV電圧に2,500 ppm/℃程度の温度依存性を持たせているのである。
高圧ユニット 入出力特性
出力700Vの場合、インバータの入力電圧は3.1V、電流32mAで入力電力は99mW、かたや負荷の消費電力は700V×700V÷9.3MΩ=53mWとなり、「インバータ+コッククロフト回路」の電力効率は約50%となかなか良い値である。
PMTのバッファーアンプ
PMTのアノード電流をCR積分回路を通してからFETで受けるバッファーアンプである。パソコンの音声入力に合わせるためパルス幅が〜200μsになるように回路定数を決めた。最新のPRA_Ver.4では速いサンプリング速度に対応するようになっているので、サウンドカードが対応していればもっと幅の狭いパルスでも計測可能である。それはそれで歓迎すべきことなのだが、私自身は当分、その必要性は感じないだろう。弱い放射線の測定に関心があるので、48kサンプリングで十分である。(参照:波高分析ソフト(PRA.EXE)で遊んでみる (2011/10/09))
2SK241はたまたま手持ちを使ったまでで、消費電力を考えればもっとIDSSの小さいFETを使うべきです。まねしないでください。
ケースに収める
アルミ板をコの字に曲げてPMT、高圧回路基板、バッファーアンプ基板を取り付けた。全消費電流は約40mAで、屋外使用時の電源は単3電池6本の9Vである。3端子レギュレータが一次側電圧5.5Vまで動作するので、アルカリ電池で40〜50時間ほど持つはずである。屋内で使用するときはもちろんACアダプターにつないでいる。百円ショップにあったスパゲティ2人前用タッパー容器が手頃な大きさのケースとなった。
1cm角CsI(Tl)シンチレータとの感度比較
入手したBGO結晶は2cc強で秋月CsI(Tl)の2倍強、密度は2倍弱なのでざっと4倍くらいγ線の捕獲率が向上する勘定になる。さらに、構成元素であるBi(ビスマス)の原子番号が大きいので光電吸収ピークが大きく観測されるはずである。ただし、発光強度が低いためエネルギー分解能が悪いという欠点もある。未知の核種同定には使いにくいが、CsとKの区別がつけばいいと割り切って、高感度に期待しよう。
以下の測定はすべて3600秒、すなわち1時間である。またセンサーとサンプルとの幾何学配置も同一ではないのできちんとした比較にはなっていないが、おおざっぱな傾向はわかるだろう。
バックグラウンドという言い方は注意しないといけない。ここでいうバックグラウンドとは環境放射線のことで、装置内部で発生する偽信号のことではない。校正された測定器をもってないので正確な値はわからないが、測定場所での環境放射線・線量率は状況証拠(近隣のモニタリングポストの測定値)から判断しておおよそ0.1μGy/hである。測定結果を見ると、BGOのほうがカウント率が高く、Csのピークもよりはっきりと見えている。1時間の平均カウント率はそれぞれ、CsI:338cpm 、BGO:878cpm。BGOのカウント率はCsIの2.6倍で、〜9,000cpm/μSv/hくらいの感度がありそうだ。シンチレータのγ線阻止能が大きい低エネルギー領域でのカウント数が多いので、シンチレータの特性差が顕著には表れてこないようだ。それでも体積が大きい分、BGOの方がカウント率が高い。
タッパー容器に詰めたCs汚染土の測定結果である。カウント率はそれぞれ、CsI:1,426cpm 、BGO:4,083cpm 、BGOのカウント率はCsIの2.9倍。エネルギー範囲を限定して500keV-900keVの間のカウント数を比較するとCsI(500-900)=16206、BGO(500-900)=84741、BGOのカウント数はCsIの5.2倍。エネルギーが高い領域ではCsIとBGOの差がはっきり出ている。また、BGOはエネルギー分解能が低いのでピークがブロードになっているが、134-Csと137-Csが混じった特有の形は見えている。
カリウム塩”あましおハーフ”の測定結果である。カウント率はそれぞれ、CsI:367cpm 、BGO:999cpm 、BGOのカウント率はCsIの2.9倍。エネルギー範囲を限定して1,300keV-1,700keVの間のカウント数を比較するとCsI(1300-1700)=199、BGO(1300-1700)=1173、BGOのカウント数はCsIの5.9倍。両者のスペクトルを比較すると、光電ピークの高さとコンプトン・エッジの高さの比率に違いが見られる。このあたりはシンチレータの材料の差が出ているのだろう。1460keVピークのFWHMは約13%。
まとめ
中古BGOシンチレータ(〜2cc)を使うことで、秋月で売っている1cm角CsI(Tl)シンチレータよりも数倍高い感度が得られた。BGOの発光強度は比較的大きな温度依存性をもつので使いにくい面もあるが、部品代は中古のPMTと併せて6〜7千円くらいなので、アマチュアのチャレンジにはお手頃ではないだろうか。