大通公園往復サイクリング

 2003年ゴールデンウィークの5月3日に、前回と同じように「おいしいラーメン食べに行コ!」とあまり気乗りしない息子(ピカピカの1年生、最近妙に太りだした)をくどきサイクリングに出かけた。

 今年の3月、前の自転車が小さくなり、小学校に入った記念で22インチのマウンテンバイクを購入した。その時の約束であった札幌までのサイクリングを実行した。4月20日に豊平川サイクリングロードに親子4人(次男はまだ三輪車にも乗れないので私がおんぶ紐で背負い走る)で往復20kmのサイクリングに出かけ、20kmであればまったく問題なく走れたので、パパの職場まで往復35kmなら走れると思い、「調子がよければ大通まで走ろう」と当日出発した。

 息子はとても気持ちの優しい子で、5歳下の弟がちょっかいを出しても1度もたたくことのない子であるが、遊びでも何でも思い切ったことをすることがなく、常に「石橋をたたいて渡る」性格でそれが親にとっても気になる所である。なにか他の子がやったことのないことを経験させ自信を付けさせたいと思いこのサイクリングを計画した。

 2日前までは最高気温が℃と非常に寒い日だったが、当日は最高気温が24℃と北海道では真夏のような天気だった(本州では信じられないかもしれませんが北海道で30℃を超えることはほとんどありません、私が経験したのは2年間で2回ぐらい)。

 出発は朝9時、記念撮影や自転車の調整などで9時22分に出発した。自宅を出発し車通りの少ない道を選び、息子の速さにあわせ時速10km/h程度で進んでいった。

 出発してから1時間ほどで最初の休憩、家から10kmほど走った稲積公園でスポーツドリンクとお菓子を購入し15分程度休む。(息子は公園の遊具で遊びたかったようだが「疲れるからダメ!」と未練ありげにその場を後にした)

大通公園 線路沿いの道を進みながら、だんだんとパパの職場に近づき、とても元気そうだったので「大通まで行こう」と判断し、職場を通り過ぎた。途中で何台かの自転車を追い越す、だんだんと癖になってきたようで、前を走る自転車を見るとスピードを上げ追い越す。

 11時50分、自宅から23km、時間にして2時間30分で大通に到着。公園の売店でアイスクリームをほおばり、記念撮影。日差しがきつくパパはジャージの上着を脱ぎTシャツ1枚で十分な暑さだった。大通り公園はゴールデンウィークと天気のせいで多くの人が芝生でくつろいでいた。小休止した後そこから6kmほど離れたラーメン「桜島」を目指す。

 40分程かけ西区西野にある「桜島」に到着。 「桜島」はいつラーメン櫻島も行列が出来るラーメン店でパパが前々から食べに行きたいと思っていた店。厚切りのチャーシューと角煮が入ったラーメンは非常においしく息子もラーメン1杯をぺロッとたいらげた。パパもラーメンと小ライスを食べたが、運動したせいか何か物足らないぐらいだった。 店を出ると10人ほど行列が出来ていた、風が結構きつく日がかげってきたので上着を着る、店の前で記念撮影。 すぐ近くのコンビニでスポーツドリンクを購入し、帰りは国道5号線(アップダウンが結構ある)を通り、13時50分出発した。

 30分も走ると坂道とかなりの向かい風と疲れのせいか、「ねむたいー」、「つかれたー」を連発するようになり残り10kmほど残し小休止。 息子「ここはどこ?」 父「宮の沢」 息子「ママに迎えに来てもらおうよ」 父「ママはここまで運転できない、後10km だから頑張ろう!大通まで自転車で行ったなんて学校のみんなに自慢できるよ!」 などという会話をしながら、再出発。
到着
 このころからペースがかなりスローダウン、ママチャリのおばさんに抜かれるぐらいのスピードになり、パパが息子の肩を引張りながら自転車をこいだりする。 残り5kmを切ったころ、急に無口になりかなりふてくされたようだが、自分で何回か自転車で来た風景を見ると俄然元気になる。残り2kmの公園でトイレ休憩をし、記念撮影。「すごいね、小学校一年生で大通まで47kmも走った子なんて銭函小学校にはいないよ」と褒め称える。本人は少しうれしそう。
15時50分、とうとう自宅に到着。

延べ時間6時間10分

実走時間3時間58分

延べ走行距離47km

 1年生にしては大冒険の1日だった。 その日の夜は泥のように眠り、次の日、「どこか体は痛くない?」と聞いても「ぜんぜん」とのこと、子供の体力には驚かされた日だった。

また、サイクリングやろうね」とのといかけに、息子は「疲れるからヤダ」とあっさり断られたが、その日の夕食時に自分の餃子4コたいらげ、パパの餃子をものほしそうに見つめる息子、「餃子ほしい?」、「ウン、ほしい」、「じゃあまたサイクリング行く?」、「ウン、行く」とあっさり餃子2コで釣られてしまう息子でした。さっそく次のサイクリングの計画を立てるために地図を開くパパでした。

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