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2月1日

副腎の腫瘍だろうと告知され、2晩過ぎました。ようやく少し落ちついてきました。
一昨日無理やり予約をし、昨日横浜のM先生の診察を受けてきました。

M先生に関しては、賛否いろいろです。
娘などは、「かかっていたんだから…もっと早く見つかって当然だったのに…」もっともです。
女房は、「お父さんが 先生の所に行って気分だけでも落ち着くのだから…」と言う。
結局は先生の言う、12月に見落としたかな?・・・これはないでしょうよ。ぶつぶつと独り言。
オーリングをしましたが、ほとんどエネルギーは小さいと言われました。が・・・
手術をするなら、した後癌は飛び散るから、マイクロ波で抑えていた方が安心だと早速昨日して来ました。
なにが良いか分かりませんが、自分が心落ち着いてQOLが上がり、少しでも精神的に勇気づけられれば
それでよいのであります。3日、4日、5日と3回マイクロ波をします。それで癌細胞は全て死にますよ。
と言う言葉を信じましょう。手術したら摘出した副腎には良性の腫瘍になっていますと言う言葉も信じます。

肺ガンの摘出をして、もう転移や再発はないと信じてきましたが、あっけなくその理想もぶっ壊れました。
考えてみれば、自分の体の中にできた異形細胞です。肺に閉じ込めてあったのが、手術で取られたもの
ですから、体の中を巡回している他の異形細胞が活動の場を探し、副腎に巣食ってしまったのだと思う。
細胞は3ヶ月で入れ替わると言いますが、術後8ヶ月で、出てきたのは、割とゆっくり目だと思うしか
ありませんね。しかし免疫力を上げるために服用しているAHCCが効いてくれているのだろうけど、僕の
異形細胞たちが少し強いのかもしれません。
心配なのが、これからもこんないたちごっこが始まるのではないかと言うことです。副腎を取ったら、
次に別の臓器に転移?それを取ったら、また別の臓器に転移?やはりこうなると怖い・・・・・。
次にが5年後とか、10年後なら良いのですが・・・・本音です。

Mの独り言
考えても、考えても…現実は変えられない。
2日経ったら、妙に冷静、冷静じゃないとやって行けない!!
強い訳でも、軽く考えてる訳でもない!
考えるとどんどん怖くなるので今の現実を見てやって行くしか…?!
先の心配すれば切りがない…根拠はないけど、次の転移、再発はないと信じることしか出来ない。
主人の細胞は本当に主人に逆らう事を楽しんでいる 不良細胞ですね。
少しは、いい子でいてください!
女は、強い!  そう信じて頑張るしかないか…???…!!!
 
 

2月2日

何もせずにダラダラと過ごしてしまった。
なんとなく元気のない主人を見ていると…ふぅと不安になる。1月の中頃から、あまり食欲のない
主人に気が付いていた。  今回の事と何か関係があるのだろうか…?
分かってから見ると主人が弱々しく感じる。  気は持ちようと言うけど本当ですね。
”知らぬが仏”と言う言葉があるけど、本当にそうです。
今、私は何をすればいいのだろう…? 答えが見つからない!
なんとなく弱く見える主人に厳しく出るのがいいのか…?
分かった、分かったと優しく受けとめるのか…?
何がいいのか、全くわからなく、答えが見つからずに自分にイライラする。
とにかく、検査をして方向性が決まるまで落ち着かないのが今の状況です。
予約の2月6日までが長い事…!
前回は、出来なかった手術ができることになったと言うことが、棚からぼた餅のような気持ちでしたが…。
今回は、複雑で、複雑で自分でもわからない。
早く、整理して前向きに、前向きに、強くなろう。
でも、主人の悩んでいる姿、凄く気落ちしているところが…隠しても、強がっていても見えてくるんです。
病気の事、仕事の事…考えても、考えてもやり切れないのでしょう。
お願いです!  今は、何も考えずに治療に専念して下さい!  M
 

2月3日

節分の日でした。朝は普通に起きましたが、やはり憂鬱でした。しかしそんな事を言ってられません。
会社に行ったら憂鬱も晴れて、仕事をして来ました。当たり前ですよね。
従妹からお見舞いのお電話を貰いました。さあ少しづつ気分を整え手術に向けて落ち着いて行こうと
思っております。今日も横浜M先生のマイクロ波の治療をして来ました。家内は成田不動尊の福豆を
貰ってきてくれました。ここは“鬼は外”はなく、“福は内”のみを叫びます。とにかく当家に福よ来いです。
副腎に癌があると思われているにも関らず、この待つ間は何とも言えません。癌が進むのでは、悪く
なるのではと、いろんな憶測をしながら待つわけで早く病院へ入りたいのと、まだ入りたくないのが
入り混じり、とっても複雑な気分であります。気持ちを上向きにいきます。
 

2月4日

私の大事な知人の先生から文章に正しくない解釈があったことを御指摘頂き有難うございました。
早速訂正をいたします。
マイクロ波にて悪性の腫瘍が良性の腫瘍に変わるのは医学的に見てあり得ないだろう。あるとすれば
悪性の腫瘍が壊死をする事はありえる事かもしれない。
今日も横浜に行ってマイクロ波をしてきました。オーリングでは癌反応が無くなっております。
癌の遺伝子と、接着分子にて癌反応を見ているそうです。
遠赤外線の温灸器で副腎あたりを当てると、先週の金曜日は相当熱かったのですが、昨日今日はほとんど
熱さを感じなくなりました、これも癌細胞は42度以上の温度で死滅するとあり、熱くないと言う事は癌細胞は
眠ったか、死んだかこれも想像の域を脱しませんがよい方向かな???
とにかく入院までに自分の癌細胞が死滅しているイメージを抱いて見たり、良い方向しか考えないメントレ
をしたいと思っております。さあやるぞーーーーーー。

私や主人の友人、知り合いの方々の励ましを素直に受け止め、自分の力へと替え始めました。
食欲は…以前ほどでも、”腹8文目”ということは良いことなので、良しとしょう。
美味しく食べているので一安心!
時間は本当にありがたい。
胸も詰まり、眠りも浅く、押しつぶされそうでしたが…普通に眠くなり、お腹も空くようになりました。
時間と言う薬と、回りの人の温かさが何よりの薬となりました。
有難うございます!  体重が夜の風呂上がりで67.5Kg少し戻りました。   M
 

2月5日

3日間の横浜のM先生の所が終わりました。
主人にとって、気持ちの上での治療であったことは確かです。
この3日間主人と二人で夕食を食べ、いろんな話しをしました。
正直、見た目に元気になってきた主人が本当なのか…? 見せているのか…? まだ疑問です。
でも 信じるしかありません!
夫婦…?なんだろう??? 親子…?なんだろう???
私が出来る事の限界を感じ むなしくなります。
ずっと家庭を支え働き、いろんな要因から、”癌”と言う病気になり、これでもか!これでもか!と
頑張らなければいけない。
横で見ている妻の出来る事は…? 答えが出ません。
病気を抱えている主人が、毎日仕事に出かけ…、考えても考えても、分からない事だらけです。
頭の中が迷路のようになった一週間でした。 M
 
 

2月6日

とうとうMRIの日が来ました。
 
なんだか急に怖くなります。 一体何が写るのでしょう…そう思うと怖くて、怖くて…。
立ち直っていたはずの私のほうが、今は現実を見たくない思いでいっぱいです。
もし、もっと何か他のものも見つかったらとか、イヤな事しか頭に浮かばなくなり情けない。
今までどんなに祈ってきただろう…。
とにかく、結果が大なり、小なりの ”小”であって欲しいと祈らずには入られません。
後は、前回手術をしてくださった主治医の先生にお任せするしかないのです。M
 

2月8日

7日は金沢に会議で出張をしました。6時半起床、家を7時15分に出て、タクシーで浜松町へ
8時45分のANAで小松へ、実家により、車を借りて会社へ。
夕方に会議は終わり、会計事務所へ、その後従妹のところや、M家を回り、姉の家に行き、今回の
経緯について報告をしました。
実家はやはり夜中はとっても寒く最悪であります。マンション生活は割りに暖かいですから楽なのです。
今日はOさんを見舞い、家内の実家に寄ってきました。夕方の便で帰ってきました。
来週頭に入院の見込みです。だんだん実感が湧き、まな板の上の鯉になって来ました。
まだいろんな検査があると思います。とにかく主治医にお任せをするしかありません。私は心落ち着け
その日を待てば良い訳です。頑張ります。応援をよろしくお願いいたします。
 

2月10日

本日家内に送ってもらい、会社に行き、社員に説明しその足で病院へ入院に行きました。
今回は8人部屋で大変狭く少し困っています。主治医のT先生にお会いし血液検査の採血をし、
仕事が残っている関係上、外泊届を提出し会社に戻りました。明日も自宅にて過ごし、12日の10時に
戻ります。
MRI検査ではすい臓には浸潤はなく、ただし脾臓の静脈に接近しているようでありますが、副腎の
摘出で終わりそうであります。手術の日程はまだ決まりません。とりあえず入院が出来一安心です。
 

2月11日

病院から電話を頂き、12日の夜に手術の説明があり、14日に手術が決定しました。
今日は天気はあまり良くないですがゆっくりした休日になりました。午後から家内と買物に出かけ
明日の入院に備えます。2度目の手術の為、私も家族も病院も手際良く感じます。全てが順調に
進んでおります。応援をよろしくお願いします。
 
 

2月12日

朝から バタバタと次から次と検査、検査となりました。
昼食ぬきで検査が終わったのはやがて3時過ぎでした。
さすがに、ここの所、食欲のなかった主人も 「腹減ったー」夕食までの繋ぎに軽くパンと飲み物で済ます。
今日の検査を終え、ホッとしました。
たまたま、Aさんと会い、病室まで来てもらい話が弾む。
私から見ていると気持ちに余裕が出来たのか…?病院にいる安心感か…?主人の顔が元気に見える。
後は、手術だけ…約2週間の間に、2年8ヶ月を振り返りいろんな気持ちになり、落ちこんだ。
でも、また気持ちを切り替えてこの現実に向かってくれる主人に、頭が下がる思いです。
この2年8ヶ月で学んだ事の一番は ”気持ち” これをどのように立て直すか?
横で見ている私に出来る事は、本当に難しい!の一言です。
とにかく、きちんと気持ちを立て直してくれた主人に感謝します!
また、多くの友人、M先生、H先生、T先生病院の方々、私達夫婦の広い意味での家族…全ての人に
感謝です!

H先生とT先生に詳しい説明を聞きました。
画像を見て、詳しく書かれた説明書を見て、とにかく左の副腎を取ります。
その為に、またあばら骨を1本取ります。
幸いにも、すい臓、腎臓、脾臓にはかかってない(画像では…)後は、先生方の目で確認してもらうしかありません。
条件良く取れれば、3時間あまりで終わる予定です。
前回と違い、危険度も、時間も、本人の負担も楽だと言う事です。
後は、全て先生にお任せしましょう!

内容を聞くまで、正直 今日の検査で 「手術は無理です」と言われたら…?!?などと考えてしまい
心臓がドキドキしてました。 本当にホッとしました。   M
 
 

2月13日

また寒さがぶり返していますが、陽射しがあるので昨日よりは温かです。
病院は、ポカポカと温かくて助かります。
最後の骨シンチの検査を終え、手術室の担当看護婦さんの話も聞き、剃毛、お風呂済ませました。
食べなければ体力もつかないのでと、きちんと病院の食事を食べてくれています。
現在、66キロぐらいです、少し痩せたのですが…顔はスッキリして いいね!なんて冗談を言ってます。
主人の母もお姉さんも来てくれました。
今日は、ゆっくり休んでね!と言って病院を後にしました。
本当の所どんな気持ちでいるのかと思うと…複雑です。
私も、朝一番に娘達と元気な顔見せなければ…!  M
 
 

2月14日

バレンタインの日に手術とは…主人らしいです。
8時半に手術室に入って行きました。
前回と違い心なしか元気がないように思います、それもそのはず、朝早くにトイレで貧血を起こしたそうです。
青白い顔はそのせいでしょう!
今回は、危険度、時間ともに、肺の手術より安心と言われているのですが…???
どうも…気持ちの方が、こちらの方が心配です。
病室で、廊下の椅子の所で待っても、待っても落ち着きません。
悪い事ばかりを考えてしまう。時計の針が12時30分を越えた頃には心臓がドキドキしてどうしようもなくなりました。
先生方に詳しい説明を受けていたのに、悪い事しかイメージできない…?!
棚ぼた手術との違いでしょうか…?
娘の手前、弱気な事を言えなく待ってましたが、本当に怖かったです。
やがて13時と言うときに、看護婦さんから 「手術終わりましたよ。手術室の前に行って下さい。」と言われ
階段を駆け下りました。
T先生とI先生の説明を受け副腎を見せてもらいました。
正直、本当の副腎の形、大きさは知らないので…でも、取った副腎の大きさにビックリです。
私の手のひらぐらいの大きさはありました。
肺の時とは違いこりこりとした腫瘍はないようで、副腎全体が腫瘍という感じです。
こんなに大きく成長したものが、膵臓、腎臓、脾臓、とどのようにして位置関係を保っていたのか…?
考えただけでゾォ−とします。
どの臓器にもかからず、副腎だけ取る事が出来たそうです。
この大きさなので、あばら骨の11番を1本取りました。
人間の体は本当に、不思議?だらけです。
とにかく複雑な気持ちで主人の副腎に触れました。
憎かったです! なんでいつまでも主人をいじめるのかと思うと…本当に憎かったです。
人間の体は、柔軟性があり、こうして肺を一つ取っても、副腎を一つ取っても生きてます!確かに!
でも、次にどこかに出てきたら…どうするのですか?
出るのですか? それとも落ち着けるのですか? 本当に複雑です、癌患者には少しの安らぐ時間も無いのですか?
と聞きたくなるけど、それこそ先生にもわからないことでしょう。
とにかく、手術をしてくださった先生方、有難うございます!
 

病室に戻った主人は、麻酔も覚ませてもらったけど眠ってました。
顔も、手も青白く弱々しく見えます。

手術では、輸血しなかったのですが…前回の貧血のぎりぎりの所に手術だったのでダメージは
大きく様子を見て輸血を検討したいと言われました。 すごく、複雑な気持ちです!
うつろで、時々痛い顔を見せる主人を、病院と言えども置いてくるのは 辛いものです。
でも、一日が長く本当に疲れました!  M
 
 

2月15日

術着からパジャマに着替えさせてもらい、トイレも自分で行っているといいます。
順調です! ただ、貧血は解決されなくてトイレの度に看護婦さんの手を借ります。
術後の熱はまだ出ているようです。
そして、お腹のガスが上手くすっきり出なくて張っているという。
それでも、水は飲んでもいいらしいけど…あまり欲しがらない!
正直なもので、熱が下がると、見ていても元気そうになる。所が、だるそうに横になると熱が出ている。
まだ仕方ないけど、前回の事があるので熱は怖い!
まだ、輸血の話しが出ている為、できることなら避けたいと言うのが私達夫婦の希望です。
手術の次の日と考えると順調といえるでしょう。  M
 
 

2月16日

輸血の事が心配で早めに病院へ、義兄と姪がお見舞いに来てくれました。
昨日より元気に見え安心しました。
ただ、熱は出ると下げて、また出てくるという繰り返しです。
今日のお昼から食べられると行っていたのに、熱があり、お粥をほんの少しと言う事になりました。
今の所、輸血はしない!と先生に言われたと主人は喜んでいたのですが…。
夕方先生にお会いしたら…。
   常識ならもう輸血してます!
   傷の治りが悪かったり、熱が続いたり、抗生剤でこれ以上白血球が下がったり
   するようでしたら、輸血します。
   こじらすと、感染症、また、傷が…。
結局は後2〜3日様子を見てやる時はやりますと言われました。仕方ないですね。
私達には専門的な事は分かりません、後は、先生にお任せです。
早く、普通に食べられるようになり体力が付くと嬉しいです。  M
 
 

2月17日

今日は、主人の誕生日です。
もしかしたら、この日に手術かもと思っていました。
無事手術を終え今日の日を迎えた事は…本当によかっった!
51歳になった主人にとっては、生涯忘れる事の出来ない誕生日になった事と思います。
いつか、思い出して笑えると良いなぁー…!

今日は、熱が出ていないと元気そうです。
そのお蔭で、イチゴがいっぱいのケーキも美味しく食べてくれました。
そして、先生から 「輸血は、見送ります」と言われました。
一安心…でも、これからが自分で自分を治す力が必要になります。
簡単で、一番大変かも…?!
ホッとして帰ろうと思っていたら…夕方からまた熱が出ました。
この熱、今晩で終わってくれればいいのにと祈りながら帰りました。  M
 
 

2月18日

とうとう今日は熱が出ませんでした!
やったー、これで順調にいってくれればもう安心です。
後は、外科的な傷と思えばとても気が楽になります。
なんとなく先が見えてきたように思えてくると、顔色の悪い主人がなんだか元気に見えて
来るから勝手なものです。
さぁー悪い所は取ったのですから…後は傷の回復だけです。
がんばれ!!   M
 
 

2月19日

春になるには3寒4温を繰り返さないと本当に温かくならないのでしょうか?
昨日は、寒い、今日は温かい…でも、空が青く陽射しがあると随分違いますね!

病院の中はいつもポカポカと温かいので、本当にありがたいですね。

背中の傷を消毒の時見せてもらいました。
先の傷は右、今度は左に15〜16センチはあると思います。
両方の傷を見ると…この病気の憎さをあらためて感じます。
本当にこれ以上は、出てこないで下さいと祈るばかりです…!

腰から下はシャワーがOK!となりました。
髪も洗い、足も洗い、上半身を拭き本当に気持ち良さそうです。
順調です! 回診に来た先生から ”退院”の話しも見えてきたと言われました。   M
 
 

2月20日

一日冷たい雨の予報が外れましたが、冷たい北風が強い。
主人がめずらしく気持ち良さそうに眠ってました。
病院の中はいつも ポカポカ春なのです!
体についているのは痛み止めの麻酔の薬のみ、両手、両足全てが自由なので動きは楽。
その為、足の筋力が落ちないようにと…10Fの廊下を歩いているそうです。何周も、何周も…。
術後のリハビリはとにかく歩く事!
抗生剤の点滴も終わり、体の調子がいい証拠です。

顔色と、背中の傷さえ見なければ…「どこが、悪いのですか?」と聞きたくなるぐらいに元気です。
私も 錯角を起こしそうです! (一体なんで入院したのだろう…?)
これが、腫瘍(癌)の摘出手術でなければ…どんなに幸せだろう!このまま錯角なら…?!

娘の友人のお母さん方が、お見舞いに、あまり元気なのでビックリしてました。
話しも弾み楽しかったようです。   M
 
 

2月21日

病室に着いたら、ベットの上は空…また、歩いていました。

今日の朝日新聞に癌治療の記事があり主人にも読んでもらいました。
確かに、西洋医学も日々進歩ですが…結局は、決定打がありません!今までに、いろんな薬や
治療が生まれてきたのに、癌に関しては少しづつ解明されながらも…残念です!

主人の高校の同級生が3人も来てくれました。
前の手術の後、退院祝いをしていただいたのに…再び入院、手術、笑えませんね。
でも、前回の事があるので、あまりに元気な主人の姿に驚いていました。
あの落ち込んでいた時の主人を、みんな知らないので…。
1月にU君を送ったけど…その時自分の転移を知らなかったので、弔辞を読むことができた。
そんな話しを笑って出来て本当によかった!
つくづく 友だちはありがたいと言ってました。

退院の話しがよく出る。 私には分からないけど…そんな簡単な事なのかしら…?!
これが、盲腸の手術なら…納得なんですが。
退院の話しが出るので、すぐにも抜糸して、後は自宅なのかも…。
そんなふうに考えていたら、貧血が酷いので、傷の回復はあまりよくないだろうと言うことで
暫くは、抜糸しないそうです。
見た目の元気とは少し違うのですね。   M
 
 

2月22日

朝一番に主人から電話があり 「日曜日に退院だって」 と言われる。
 
あまりの急な話でビックリ!病院に着くと、痛み止めの麻酔を抜いたので調整中と言ってます。
そして、明日の退院は火曜日になったと…。

土曜日という事もあり、主人の叔母さんと従弟、娘の友達、娘の友達のご両親とみなさん
心配して顔を見に来て下さいました。
入院患者にとって一番嬉しい時だと私から見ていて思います。
みなさんの気持ちがありがたくて…ありがとうございます!

退院について先生に質問すると答えが一つづつかえる。
早く退院できると言う事は簡単に考えていい…?
      決して簡単な事ではない!術前、術中、術後の経過がいい。
痛みは…?
      火曜日までに調整して行く。
傷は…? 
      貧血の影響で決していいとは言えない…もし泣き別れ?ということがあっては困る
      ので、抜糸は3月6日の外来で。
      その間は、またまた私の出番です。(傷口の消毒です)
貧血と食べ物について…?
      鉄剤を寝る前に2錠飲む、好きな物を普通に食べてください。
腫瘍は悪性・良性?!
      悪性でしょう…と一言。
抗癌剤治療は…?
      もし、受けるとしたら月に1回ぐらいの割合で入院しながら何回となく時間をかけて
      やってもらう事になります。

やはり、抗癌剤は大変です! 受ければ仕事どころでは無い…。
そんな治療が必ず効果があると言う確証が無ければ受けられない!
先生が、「出たら、切ってあげるよ」と…複雑な気持ちだけど、とにかくこの先生に着いて行こう
と主人と話す。
とにかく、次が無い事を祈るばかり…もし…出てきたらその時に考えるしかないかぁ〜。   M 
 

2月25日

祝退院です。
本日12時半に退院が出来ました。皆様本当に有難うございました。
今回の手術は、私にしたら肺ガンからの副腎転移、その摘出であり、精神的に大きなダメージだった
のですが病院の先生方はまるで盲腸の手術に毛のはえたぐらいの簡単な感じで言われていました。
手術は大変難易度が高くここまで大きくなってしまった副腎は摘出が難しいと言われました。
しかし外科的に切った部分を縫って、熱が収まり、ふつうに食事が出きる様になれば、それは盲腸の
手術に毛のはえたものなのでしょう。
毎日病院の廊下を歩き足の筋力を落とさないようにしました。
傷口も昨日までかわかず、退院は?だったのですが、今朝は乾いていましたので、退院許可が出ました。
明後日外来で傷口を見てもらう予定です。
背中はまだチタニウムのホッチキスが10数本付いており消毒しながら行きます。傷の痛みは殆どなく
しかしながら、腰や左の臀部のあたりが痛く、どうも寝方が悪いような気がします。

長女が撮影してくれた摘出した副腎のビデオを確認し、あまりの大きさにビックリでした。
しばらく安静に養生をし、体の調整をして行きます。
 
 

2月26日

退院しての不安があるのでしょうか…???
痛みもあり夜中に何回となく起きる、ベットじゃダメなんでしょうか?リビングに行きソファーに座ったりと
主人が起きる度に気になり、心配です。
とうとう、朝がたの4時に座薬を入れました。
これでゆっくり眠れるといいのですが・・・?!
朝はゆっくり寝ていればいいのに、早々に起きました。
軽い朝食を取り、10時半から出発してウォーキングです。
痛みがあると言う事で、かなりゆっくりのペースで歩く事13000歩!私の歩幅なので…主人はもう少し
少ないと思います。風は多少冷たいのですが…陽射しが温かく最高の日でした。
何とか今日は、ゆっくり眠れる事を祈ります。(私も寝れなくて…)   M

昨夜は家内が言っているように眠れない夜でした。
結論から言えば、同じ姿勢で寝ていると腰が痛かったり、右下にすると左の下腹が痛かったり、
左下にすると左の御尻の骨に痺れがでてきます。長時間寝ていられないので、目が覚める。
でも今日は沢山歩いた(万歩計で15000歩)ので、眠れるかな?一日一日良くなって行くと思う。
特に良くなればうまく寝返りができるでしょうし、爆睡出来るでしょう。本当によく歩きました。
 

2月27日

9時に外来で病院に行って来ました。傷口のホッチキスのような物を半分取っていただきました。
傷の上のほうが1センチぐらい空いているようで消毒をし、軟膏を塗りガーゼをしカテリーパッドを貼りました。
毎晩痛みがあり寝られない事を言いました。少し強い痛み止めをもらいました。後1周間ほど病院にいてもらった
方が痛みのコントロールが出来たのにと先生から言われましたが、ベッドを早く空けて欲しいという感じでしたので
いたしかたありません。
昼頃会社に寄ってきました。みんな頑張ってくれています。感謝!感謝です。
3時頃からウオーキングに出かけました。TBSのグッドラックの撮影をしていた墨田川の河川公園です。
今日は6500歩、歩きました。帰って来ましたら痛みがほとんどありません。薬が効いているようです。
今晩は久しぶりにゆっくり眠れそうです。
 
 

2月28日

なんだか眠れそうと言っていたわりには…本当にすんなりとは眠れないのです。
やはり夜中に何回となく起きています。
気が付くと、リビングのソファーに座ったままで寝ています。
どうしたら、どんな格好が楽なのか、痛くないのか…???探して、探して…。
こんなので本当に良くなっているのですか…?と聞きたいぐらいです。

チョット用事があり人ごみに出かけましたが…不安げに歩く姿に、私が不安になります!
外の風は冷たい! でも、ベランダからの太陽の温かい事…自然の恵みは最高です。
風が強く良い天気は花粉が最高に多い!!!
薬で多少は抑えられているのですが、外から帰ると、目が痒い、クシャミなのです。
私には全く分からないので…。
癌が見つかった年も、風邪と花粉で、咳、クシャミなど、色々がいり交じり他の事は全く疑わずに…。
しっこいね?!花粉も風邪も…?!そして、全てが落ちついた5月の後半に見つかったのが”癌”でした。
振り返ってもダメなのですが、ある程度の年齢になり、タバコも吸っていれば、またストレス時代の中
最悪の可能性もあると言う事を、感じています。
だから…この花粉の時期は嫌いです!

頭を洗い、体を拭いてから、傷の消毒をしました。
素人の私から見ると…なんと生々しいのでしょう!
消毒しながら…痛いのは当然!と思いました。また、この傷は次の外来で本当に全部抜糸できるの…?
素人の私だから思った?疑問?です。(本当に、痛々しいです!)

今日は、ゆっくり寝るぞぉーと言ってベットへ…また、目が覚める、眠れぬ夜が始まりました。
あ・あ・あーため息、私は、この痛みに関しては何もしてあげられない…残念!  M

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