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10月2日

台風が去り、朝からカラッとした空気と太陽がまぶしい…!
戦後最大級と言われた台風だけど、一軒家と違い、さほど感じないで通りすぎてくれたように思った。
私達の子供の頃は…台風はもっと、もっと大きく怖かった!今の時代は住居が全く違い怖さを感じないのかも
でもそれなりにベランダには、風の強さを感じさせる後があり…朝から掃除が大変!!

それと、朝聞く主人の 喉のイガイガの咳と言うか?なんと言うか?
痰を出すのを見ると…あのひどい時の咳と血痰を思い出して背筋がゾォーとする…!!!
術後のせいか…?元からなのか…?すぐ、風邪ぽっくなる。
私は、ナンなのだろう・・・?こんなに心配しても、寝不足しても、回りが風邪を引いていても滅多に風邪も引か
なければ、熱も出さない!もちろん咳など全く出たことがない!
昔から風邪を引かない体質なのか…?!
主人の発病以来、決して寝込むこともない!これって…私に何かあったら全てが壊れてしまうからと言う気持ちが
持病の十二指腸潰瘍も治したのかも…それとも一包だけでも飲んでいるAHCCのおかげで少しは免疫力が…?!
かも知れない。あんなに痛い、痛いと傷ついていた潰瘍も私の図太さに負けたかも…!

癌と向き合う本人の努力は、主人に関して言えば本当に凄い!そして…目に見えない敵に対しての予防は
果てしなく続くようです。
だからこそ、看病する私や、今懸命に看病している多くの方は ”成るように成る!”と居直り、自分も大事に
しましょう。そうじゃないと、体あっての看病だから・・・。

私の独り言。
 なんで…テレビのドラマの病気は殆ど ”癌” なのかしら…?
 みんなこんなに頑張ってるのに、他人事ではない病気なのに、癌=死と言うイメージをだすのかなぁー。
 残念、今はこの病気は特別でもナンでもない!  M
 

10月6日

10月4日は金沢で会議があり、五ヶ月ぶりに行って来ました。会社の皆様に退院の報告と御見舞いの御礼を
してきました。夜、飲み会に誘われ少しビールを飲みました。
5日は亡父の命日で御坊さんが来られお参りをした。その後お墓のお参りをした。姉夫婦や姪や姪の子に会い、
御礼を伝えた。Oさんが抗癌剤を打つと言う事で入院をしているH病院へ見舞いに行って来ました。
イリノテカンを80ml打ったそうですが、とても元気にしていて安心をしました。家内の実家にも顔を出し御礼を
言ってきた。夕方の便で東京に戻った。

今日は次女の運動会で八王子まで出かけた。家内とH夫人の3人で行き、高速が全く渋滞がなく40分で着き、
八王子でコーヒーができ、余裕の到着だった。御天気も良く最高の運動会でした。帰りも殆ど渋滞がなく六時半に
帰ることが出来ました。
3日間忙しい日が続いたが咳も出ず、鼻水も出ず、体はナンともありません。
少しづつ少しづつ体力が付いて来ております。とにかく頑張ります。
 

10月12日

3連休の一日目、娘達は朝早くに出かけ、家内とゆったり過ごしてしまい、なにもしないでボーっと午前が
終わり本当に休日を楽しんでいる。体は手術の後の傷の痛みがあるぐらいで、調子は良いです。

Kさん(Kさんメール)が亡くなって2ヶ月が経ちました。奥様からご主人のメールを閉鎖をしますと案内があった。
退院した翌日に御葬式に行き、本当に悲しい御別れをしました。ご家族には団結してガンバッテほしい。

6月に病院に見舞いに来てくださったKさん(シカゴ在住)とお父さん(62歳)、お父さんは8月にお亡くなりに
なりましたと連絡がありました。たった2ヶ月で死を迎えてしまった。本当に笑顔の優しい方で、大変残念です。
癌と言う病気はなんと残酷なんだろう。でもみな必死で共存の方法を探したり、一日でもゆっくりできる日がある
ように頑張っています。
そんな中闘いを宣言するように、私になにか生きる方法を、手段をと必死に追い続ける人達のメールが届いて
います。みんなガンバッテ欲しいです。
なんども書いていますが、私には結果が付いて来ていますが、実際何が効いたのか、なにが奏効して
いるのかわかりませんが、放射線治療、AHCCの服用、酵素服用、温灸器、アガリクスの服用、他にビタミン
プロポリス、玉川温泉、手術。
今はAHCC、GCP、プロポリス、ビタミンC、マルチビタミン、オアシスグリーン酵素を飲み続けて大変に元気です。
お気づきだと思いますが、西洋医学的な薬は鉄剤の補給のみを飲み、他は口に入れません。
自然の食品を飲み免疫力を高めています。これが効を奏しています。
咳が出ようが痰が出ようが、体調良ければ跳ね返す事が出来ます。日々笑いながら明るく生きよう!
 

10月20日

先週は何かと忙しい週だった。14日の月曜日にマーチングバンドの大会が有明体育館であり、次女の高校の
バトン部がゲスト出演だった。
16日の水曜日午後から京都へ、仕事が終了後、大徳寺隣の一久と言う精進料理の御店で食事をしました。
一休さん由来の御店の名前です。麩や豆腐などを材料に蒲焼に見せたり、非常に手の込んだおいしい料理に
舌鼓を打ってきました。御部屋からの庭も大変きれいで今度は是非家族で行きたいものです。
17日は大阪で仕事をし午後から東京に戻った。
今日は次女の学校の文化祭があり、めずらしく長女も一緒にバトンの演技を見に行った。あいにくの雨で
午後からの校庭での演技は全部出来ず大変残念でした。華やかな高校生の踊りに大きく拍手でした。

そうそう体調ですが、多少首が凝ったり、肩が凝りますが、温灸器が活躍してくれています。なんと言っても
運動不足が原因ですね。早くゴルフができれば相当解消できると思われますが、背中の縫い口からチクチクと
糸が出てきている感じがまだゴルフをさせてくれません。そーっと指でなぞると、今にも背中の皮膚を突き破り
糸が飛び出して来るのではと不安を持っています。結構思いっきり腕をぐるぐる回しても平気になりました。

昨日から仲間が玉川温泉に行きました。今回は5人、Nさん夫妻、Oさん夫妻、Oさんのご友人です。
紅葉が素晴らしいと思います。天気が良いこと祈りましょう。
 
 

10月24日

今日で術後5ヶ月余りの日が経過しました、そしてM病院の呼吸器外科の部長先生に診断してもらう日です。
なんとなく緊張します。
先にいつもの主治医のT先生に傷口を診てもらいました。出ている糸を引っ張って切ってもらい、
ゴルフはもうやっても良いとOKをもらった。とにかく引っ張るのが痛いのであります・・・・
次はいよいよH先生です。
こちらの病院は主治医の先生はもちろん他の先生方も患者の事をよく把握しているのです。そして手術の時の
説明、経過とか、主人の取った肺の説明を部長先生自らしてくださったのです。

今日も本当に緊張と、何か問題点が出てきたら如何しよう…?!と言う複雑な気持ち一杯です。
なぜこのような事を述べるかと申しますと、癌と言う病気は本当にせっかく取りきったはずなのに…
再入院する方が悲しいほど多いのです。

待つ事が当たり前の病院…やはり待ちました。
でも、待ったけど腹が立たないのがこの病院です。なんで?
話しを良く聞いてくれる、レントゲン、CTなどの画像の説明が丁寧、待ったかいがあったと思える。
この満足感は…ありがたい! 今は、順調と言う言葉が適切なのでしょう。先生の言葉も丁寧です。

主人の場合は、手術で気管支を繋ぐ事がリスクが大きく、今回の手術で肺の回りのリンパを取らない方法にした
そうです。ですからリンパからの転移が心配で…
多くの癌手術で回りのリンパを取る事は、素人の私達でもよく耳にする事です。
手術の時見た限りでは、リンパは大丈夫と先生から説明がありましたので、今後経過を見て行くことが大切です。
今回のCT、レントゲンはこれをクリアしており、本当にホッとしました。
只、いまだに腎機能が多少悪く、このまま体重が増えたり、運動不足になると糖尿の心配が多少あります。
これは、年齢的な事、遺伝的な事があります。
余り美味しいものを食べさせてはいけないかも…
減った体重をキープしなければ…!!!
ヤッパリ、一緒に歩いてもらわなければ…
すぐイヤな顔をするので…でも、やらなければ…  M
その通りだと思う今日この頃であります。でも本当に普通に戻りつつあります。有り難い事です。
 

10月30日

元気ですよ。チョット書かないと心配になりますよね。すいません。
25日に高校の同窓会があり、元気に出席してきました。元応援団長なものだから、校歌斉唱で大きい声を
出したら咳が出てしまった。少しづつ大きい声を出して行こうと反省。
26日は会社の社員旅行で石和温泉へ行って来ました。風呂はそれなり気に持ちよく夜中までマージャンも
付き合った。
27日は次女のバトンの東京都大会が大田区の体育館であり、石和の帰りに寄り応援をしてきました。金賞に
入賞、11月に関東大会に出場です。忙しい週末でしたが、月曜日から普通に仕事に行っています。
体の調子が良いと書く事があまりありません。でもなにげにちょっとした事を書いて行きます。よろしく!

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