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2月5日

山口のHさんからメールが来た。
ご心配をおかけしています。帯状疱疹はようやく収まったのですが、今度は胸膜炎を併発してしまい
その炎症がなかなか収まらず苦労しています。M先生の所へも今月の27日に行く事が決まりました。
会社にも少しずつ出ていますが、痛み止めを飲みながらですのでなかなか行動範囲を広げる事が
できません。ほりきんさんのほうはその後いかがですか。
胸膜炎の症状がわからず心配だ。私のほうも再発の真っ最中?

2月7日

 S病院での肺尖部の白い影と言う診察結果が気になり、以前、K病院の時はどうなっていたか
早く知りたく、H先生へ診察に行った。
10月23日に撮ったCT写真を見せていただいた。やはり同じ場所に白い影があった。
この影はいつからあったのか? また、再発なのか?原発なのか?
最初からあったのが見えなかったのか?・・・・・・・
 しかし3ヶ月半でほとんど大きくなっていないと思った。
2月8日にS病院でふたたび放射線治療をするか、結論を出さなければいけないと申しあげたら、
H先生快く私のCT写真を五枚貸してくださった。

2月8日

 S病院へ、今日も2時間待ちでようやくC先生の診察を受ける。
K病院のCTとS病院のCTを見比べて、多少大きくなっていると指摘された。
放射線終了時の7月のX線、発見された6月のX線、1月のX線を見比べて違いを詳しく説明をうけた。
放射線を勧められた。非常に迷っている
ただ、黎明の結果や不安が多少あり、放射線を受けた方が良いと思った。
夕方M先生に放射線の件で電話を入れたところ急遽9日の11時に予約を入れていただいた。
 

2月9日

なんとか消えていてくれないかと望みを持ちM先生を伺う。
S病院で放射線を勧められていること、迷っていること、複雑な気持ちを先生に話す。オーリングを始める。
今回はベテランの女性が間に入り、テストをする。
やはり残念ながら指が開く。健康食品は1月27日と全く同様だった。
 あの時放射線をやっておけば良かったと反省するくらいなら、今やっておけば良いと先生の助言もあり、
健康食品の良いところ、西洋医学の良いところを両方選んで行こうと決意した。
1時すぎにS病院の放射線科S先生に電話をし、2月19日より治療を予約した。
多分30回ぐらいの照射になると思う。

2月10日

姉に打ったメール

お元気ですか?
こちらは少し落ち込んでいます。本当に少しですからご心配なく。
1月25日(木)のS病院でのCT検査以来、右肩の肺尖部の影が気になり、先生は原発がこれではないかと
言ってみたり、最初は塞がっていたので発見できなかったと言ってみたり、一体どうなったのかと
日々過ごしました。
 
1月27日(土)にM先生を予約してあったので、雪の中行って来ました。女性のアシスタントが休みの日で、
家内の指が頼りのオーリングテストでした。
以前の肺門部の方は全く反応はなく、右肩の肺尖部の鎖骨のへこみに反応があり、家内の指は残念ながら
開きました。

健康食品をテストしましたら、AHCC、プロポリス、マルチビタミン、マルチミネラル、ビタミンCは私に合っていて、
以前頼りにしていた黎明酵素は全くだめでした。鮫の軟骨のエキスもダメでした。マイクロ波を3秒2回したところ、
反応がなくなり、期待できるかなと思った。健康食品が合ったり合わなかったりはあると言うことなので、
その時に合うものを、飲めば良いと理解。
 
どうなるだろうと心配しながら、2月8日(木)にS病院へ、ある程度今後どうするか結論を持って行かなくてはならず、
10月23日のK病院のCTがどうなっていたか確認のため、2月7日(水)にK病院のH先生を伺い
CT写真を見せて頂いたら、同じ右肩の部分に白い影がありました。

1月25日のS病院と殆ど大きさは変わらないと思いました。
3ヶ月の期間があって殆ど変化してなければ、壊死しているか、健康食品で抑えられているのではと素人判断。
H先生に2月8日にS病院で治療の結論を出したいと言ったところ、CT写真を快く貸してくれた。
 
2月8日(木)、S病院へ行く。あいも変わらず10時の予約で待合室で待つものの一向に呼ばれない。
結局12時にやっと診察が始まる。
今回は細部にわたり説明があり、k病院のCT写真と見比べて、どう変化したか、また発見時のX線や
今までの資料を元にどういう治療が良いか詳しく説明を受け、放射線を勧められた
患部が小さいうちに、今ならできる最良の選択だと言われた。
K病院のCTが僕の癌の経過の貴重な資料と言うことで、コピーを取る事になった。
2月9日はオーリングで指が開いてしまった。

 

2月11日

CIファミリーフェアがビックサイトであり、毎日飲む水にミネラルウオーターを買っており、その金額を考えたら
あまりに無駄が多く、癌にも効果が有ると言われる電解還元水が作れる、日本トリムの電解還元水整水器を
購入した。今の私には癌に効果が有ると言われると何でもやってみようと、飛びついてしまった。

2月15日

 少し落ち込みながら、放射線は効くのだろうか、全滅してくれるのだろうかと、また出てくるのではなかろうかと、
日々を過ごしていた矢先、今朝、大阪Mさんより訃報が入った。
14日3時過ぎにH.Mさんが力尽きて、天国に召された。
本当にショックだった。相当痩せて、数日前に入院したと聞いていたし、M先生ももう残念ながら駄目でしょうと、
言われていて、覚悟していたものの、やはり同時期に闘った友として悲しい知らせだった。
心から冥福を祈りたい。
彼女の分も私は頑張ります。
 

2月19日


肺尖部初めての放射線の位置決めをマジックで描く

S病院へ14:30に伺った。承諾書とか注意もなく、いきなり位置決めになった。技師はKさんだ。
2回目なので確かに慣れていると言うのも変だが、もう少し病人らしい扱いもあっていいのではと思った。
位置決め後すぐに1回目の照射を行った。とにかくこれで消えてくれと目を瞑りながら、祈りました。
放射線科S先生から6週間の治療と言うことで、今日から4月2日までになり、
楽しみにしていたグアム家族旅行がお流れになる。
始まってしまえばこんなものだが、これからこの治療で完治に向かって行く望みと決意をした。
 

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