2003年8月13日(水) 手術当日
4:30 起床。外を見ると雨上がりの曇り。
5:00 布団から出て身支度の用意、ひまりはまだ熟睡中。
ママはもう起きているだろうか・・・・・
昨日面会した時には睡眠薬をくれると言われたらしいので、
ぐっすり眠れただろう。でも術日前日なので緊張感で寝れなかったのかも。
5:50 寝ているひまりをおいて、とりあえず1人で家を出た。
6時過ぎに病院へ着き病室へ、ママはもう起きていて意外と冷静。
顔色も悪くないし睡眠もよく取れたらしい。
7:10 ひまりを連れて母が来た。朝からひまりは大声で話をする。
毎度ながら同部屋の患者さんには申し訳ない。
それでも皆はひまりを可愛がってくれるのでこっちも甘えてしまう。
7:30 点滴を投与、いよいよ手術の用意だ。
8:00 ストレッチャーに移され、病室から2階の手術部までの移動準備だ。
ひまりを抱っこしながらママの顔を見たがまだ冷静のようだ。
ひまりはストレッチャーに移されているママを不思議そうに見ている。
手術部前に来て、「頑張れ!」と声をかける。
緊張していたのかもしれないが最後までママは落ち着いている様子だ。
扉が閉まり、後は先生に任せるしかない。何も出来ないのがもどかしい・・・・
ママが見えなくなり、ひまりは「おかいもの〜!」とはしゃぎ始めた。
まだ2歳半の娘にはこの状況が理解できていない・・・・・
9:00 ばーばと買い物を済ませてきたひまりは、おうちに帰ると言い出し、
ばーばと先に帰ってもらうことにした。
10:40 早くてもあと1時間はかかるだろう。
天候は曇りが続き、雨が何時降ってもおかしくない状況だ。
それにしても今日の気温は異常なくらい寒く、到底8月の気温とは思えない程だ。
13:45 手術部のドアが開き、ストレッチャーに乗った女性が出てきた。
ママらしいのだがよく分からない。
(と言うのは、この日は10人以上の手術を行っていて、
手術部を何度も患者を乗せたストレッチャーが行ったり来たりしていたからだ。)
ママらしき人物を遠目から見ていると、執刀医(担当医)の先生が現れた。
部屋で待っていてくださいとのこと。
緊張しながら一足早く階段であがり、病室のある4階のエレベーター前で待っていた。
エレベーターが開き顔を覗き込むとママの顔がハッキリとわかった。寝ているようだ。
ここでも部屋で待ってろとの指示がある。自分でも落ち着きがないのが分かる。
ベットへ移し終えると主治医が出てきて手術の説明を受けた。
右葉切除やリンパ節切除は問題なく終えたとのこと。
声帯も切ることなく、リンパ節への転移も思ったほど少なかったようだ。
「今後も問題は無いだろう、今夜は安静にして、昨日カンファレンスで説明したこと
(血管が切断して呼吸が出来なくなる)に気をつけてください。」と言われた。
これはまれに起こるそうだが、先生は自信を持っており安心している。
先生にお礼を言ってママの所へ行った。
血圧の装置、酸素呼吸器、がママにつながれている。血圧120−70、脈拍90
ママに声をかけてみると、かすかに反応がある、
「酸素マスクの水滴が顔面に流れてくるのを拭いて欲しい」と小声だが話せる状態だ。
疲れてるのだろう、浅い眠りが続き状態は安静だ。
16:00 ママの状態も安定してこっちも落ち着き始めお腹がすいてきた。
3階の売店でマーボー飯と焼きそばパンを買って食堂で食べた。
水曜日の今日は手術日とあって患者のお見舞いが多く待合室は異様な光景だ。
17:00 外は晴れていた。
2003年8月14日(木)
5:00 起床。。。といってもほとんど眠れなかった。
ママも眠れなかったらしい。体が動けず腰が床ずれ状態なので痛かったと言う。
それにしても、夜中は付き添っていたが、
8月なのにこの異常なまでの寒さは何なんだろう!
いくら空調が効いていたとしても、
Tシャツでは過ごせないというより耐えられない寒さだ!
椅子で寝ていたため、体が痛いのと寒さで、
夜中に何度かママの予備パジャマを着て病室と食堂(待合室)を行ったり来たりした。
6:00 病棟内起床。痛み止めが切れかかっていて痛そうだ。
ナースを呼んで痛み止めを打ってもらうことにした。
9:30 回診が済み、午後は一人で歩くようにと指示をされた。水も飲めるようになった。
体調も順調だ。
13:00 昼食の時間。 うどんだ! おかゆじゃないのか?! 仕方なく2,3本食べさせたが、
食欲も無いのでゼリー状のカロリーメイトを買ってきて食べさせた。
18:00 夕食はおかゆにしてもらったので何とか食べれたが、喉越しがまだ痛みがあるらしい。
19:15 今夜はママ一人でも大丈夫そうなので帰ることにした。
病院の階段で主治医の先生と会い、経過の話等をしながら玄関まで一緒だった。
以前、このホームページを立ち上げる事を伝えていたが、
あまり良い顔はされなかった、そして今日も言われてしまった。
「妻がガンだということをホームページに公開するのはどうかなあ。。。。。」
早速、このコメントも公開だ!
