とんでもねぇ勇者ども外伝
〜晴れた日には〜



「こんな日はねえ、ピクニックなの!」
 そう突然言いだした那智(なち)に、駿河(するが)は目を見開いた。
「ピクニック??」
「そう! ほら、今日はすっごくいい天気でしょう?」
 ふわふわと綿菓子のように甘くて軽い笑みを浮かべる那智の視線の先には、晴れ渡る真っ青な空と、これまた綿菓子のような雲。
 ――確かに、非常にいい天気だった。
「昔はね、よくピクニックに行ったの。お母さんにつくってもらったお弁当をもってね、お兄ちゃんたちと公園で食べたの」
 そこで那智は首をかしげながら、こう聞いてきた。
「駿河は? ピクニック、行かなかった?」
「俺か? 俺は……」
 

「おい、榛戯(しんぎ)。明日はピクニックに行くなんてどうだ?」
 もうそろそろ寝る時間かという晩もふけた頃。腰に手を当て、榛戯の父である流石(さすが)は、そう尋ねてきた。
「……ピクニック?」
 読みかけの絵本を閉じ、榛戯は父を見上げた。
 流石はいたずらっ子のような茶目っ気のある笑みを浮かべながらうなずいていた。
「明日はかなり天気がいいらしいからな……そんな日に遊びに行かないのは損だろ?」
「おしごとは?」
 榛戯の家は宿屋を経営している。客が多いとは言えないが、それでもピクニックなどに行ってしまってよいのだろうか。
 不安げにつぶやいた榛戯を、流石をひょいと片手で持ち上げた。そしてもう片方の手で榛戯の頭をくしゃりとなでる。
「バーカ、六歳の子供がそんな心配しなくていいんだよ。行きたいのか、行きたくないのか。それだけですむ。どうなんだ?」
 目の前に出された二つの選択肢に、しばしためらう。しかし、榛戯の本心など最初から一つだった。
「……いきたい!」
「よし、決まりだ」
 流石は榛戯を『たかいたかい』すると、そのまま肩車をして妻である菖蒲(あやめ)のもとへ向かった。
 ゆらりとゆれる体勢に、あわてて榛戯は流石の頭につかまる。
「おーい、菖蒲ー」
「なあに?」
 ベッドメイクをしていた菖蒲が振り向く。
「あら榛戯、たかいたかいしてもらってるのね。かもいに頭をぶつけないように気をつけるのよ?」
 そう言いながらも菖蒲は、手に持ったシーツをきちんと折りたたむのを続けていた。
「榛戯、ピクニック行くってさ」
「本当? よかったわ、せっかく買ってきたお弁当の材料がむだにならなくて!」
 そう言って微笑む母の姿に、榛戯は気づいた。たった今思いついたように父は『ピクニックに行こう』と言ったが、ずいぶん前から計画されていたのだろうということに。きっと宿の方だって、誰か頼りになる人物に任せることになってるのだ。
 安心したところで、榛戯は他のことが気になった。
「母さん母さん、おべんとなに?」
「秘密。明日のお楽しみよ。楽しみはとっておかなくちゃ……ね? それに、明日は朝早く家を出るわ。だから、今日ははやく寝なさい」
 少し残念だが、母の言うことももっとものように聞こえる。
「うん、わかった……父さん、おろして」
「あいよ」
 すとん、と床に降ろされ、榛戯は両親の顔を見上げた。
「じゃ、俺寝るね。ちゃんと明日おこしてね?」
「わかってるわよ」
「ちゃんと布団かけて寝ろよ?」
「うん。おやすみなさーい」
 両親に挨拶をした後、榛戯は自分の部屋に向かった。
 乱れた布団をきちんとなおし、かなり大きめのベッドに寝転がる。期待と興奮で目が冴えている気はしたものの、眼をつぶって数分たたずに榛戯は眠りに落ちていった。


 昨日流石が言ったとおり、一晩あけたその日は、見事なピクニック日和だった。青い青い、どこまでも広がる青空と、暖かな光を放つ太陽。
 榛戯の背中には、飲み物と小さなおにぎりが二つ、それにおやつがはいったリュックが揺れている。
 まだ六歳の榛戯には、それでもちょっとした重さだったが、こんないい天気の中を歩いていると、重さなんてちっとも気にならなかった。
「あんまりはしゃぐと後でばてるぞ?」
「だいじょうぶだよ。ほら、二人ともはやく!」
「そんなに急がなくても、草原は逃げないわよ? ほら、もう見えてきたじゃない」
 菖蒲の指さす先には、青々と茂る一面の草原があった。そここそ、本日のピクニックの目的地だった。
 ここちよい風が、草原の草花を音をたててゆらしていく。その光景に、ふと榛戯はひらめいた。
「うわあ、海みたいだね!」
「海? お前、海なんていつ見たんだ?」
「みたことはないけど……このまえ絵本でよんだんだ」
 榛戯はまだ『海』というものを見たことがない。榛戯の家はわりと内陸にあるため、川や湖ていどしか見たことはなかった。
「えっとたしか……『海』には『なみ』と、『しおさい』があるんだよね? 絵本でみた『なみ』って、こんなカンジだったんだ。『なみ』は水だってかいてあったけど」
 見たことのない『海』とやらは、絵本によればとても不思議なものらしい。水なのに塩辛いと知って、榛戯は信じられなかった。しかもそれだけではなくて、向かってきたり戻ったりするし、すごい音がすると書いてあった。
「うん、そうだな。だけど、海の『波』はもっとすごい迫力だぞ?」
「父さんはみたことあるの?」
「ああ、昔は港町にいたからな」
「へ〜。やっぱり父さんってものしりだね。すごいや」
「はは、そうか?」
 二人で海について話していると、後方でいつの間にかすっかり昼食の準備を終えた菖蒲が二人を呼んだ。
「ほら、二人とも。せっかく用意したんだから、お昼にしましょ?」
 そこまで言って、菖蒲は冗談めかしてつけたした。
「……はやくしないと私が全部食べちゃうわよ!」
 手にはおにぎりを一つ持って今にも食べそうな仕草を見せる。
「あ、まってよ母さん。ずるい!」
「よし、榛戯。母さんの所まで競争!」
「わ、父さんもずるい!」
 全速力で母の所まで駆けていくと、父は榛戯が追いついた時点で足並みを合わせて走ってくれた。
 息を切らせてお弁当の前に座り込む榛戯に、コップに入ったお茶が差し出される。
「んっ…………ぷはー。冷たくておいしい」
「榛戯、足速くなったなあ」
「そのうち、父さんにおいつくもんね!」
「はは、楽しみだ」
 心底嬉しそうに流石が笑う。その横で、お弁当につまった数々のおかずをさらに取り分けながら菖蒲がたずねてきた。
「榛戯、海に興味があるの?」
「うーん……本よんでたらね、しらないことがたくさんあるんだ。だから、みんなおもしろいよ!」
「そう、いいことね。だったら、本物の『海』みたい?」
「うん、見たい!」
 大きくうなずくと、両親が二人して笑った。
「――じゃあ今度、長い休暇が取れたら行き先は海だな」
「そうね。次は海ね」
「ほんと!?」
「父さんと母さんが嘘ついたことあるか?」
 榛戯はその言葉に、大きく首を振って否定した。
「ううん、ない……じゃあ、約束だよ?」
「ああ、約束だ」
「約束よ」


「――駿河?」
「あ……」
「どうしたの? どっか、ぐあいわるい?」
 心配げに顔を曇らせた那智に、かぶりを振った。
「いや、なんでもない。心配かけてすまん」
「急にだまりこむからびっくりしちゃった」
「うん、悪かった」
 窓の外には、あの日と同じ空が広がっている。青い青い、どこまでも広がる青空と、暖かな光を放つ太陽。耳をすませば、あの日の草のゆれる音すら聞こえそうだ。
 違うのは時の止まってしまった両親と、『榛戯』から『駿河』になった自分。
「ピクニック日和、だな……」
「うん! ピクニックしたら、楽しそうだねえ〜」
 わくわくとした気持ちを隠さず全部顔に出し、あまつさえそわそわしだす那智の姿に駿河は苦笑する。
「――ピクニック、いくか?」
 ぴくん!と那智が反応する。そしてきらきらと輝く笑顔で駿河を見つめる。
「ピクニック……行くの?」
 半信半疑で、それでも過分な期待をよせてのその笑顔は、散歩やおやつを待つ犬によく似ている。あの日の自分も、こんな顔をしていたのだろう。
 そしてきっと、あの日の両親は、今の自分と同じ気持ちだったに違いない。
「ああ、行こう。行きたいんだろ?」
「うん! うんうん!!」
 拳を握り何度もうなずく那智に、駿河は知らず穏やかに微笑んでた自分に気づく。
「駿河、駿河ぁ! お弁当もつくってね?」
「あいよ」
 こんな晴れた日には、ちょうどよい行事がある。
 そう、こんな日は――ピクニック日和。

                 〜とんでもねぇ勇者ども外伝・晴れた日には 終〜



アトガキ
こんにちは刃流輝(ハル・アキラ)です。
『とんでもねぇ勇者ども外伝・晴れた日には』をおおくりしました。
フジのキリリクは、勇者イラストの『在りし日』をモチーフにした短編とのことで、このような作品とあいなりました。
キリリクがあったのは大分前だったのですが、受験優先のためこのようにお待たせしてしまいました。
駿河の少年時代――榛戯時代がメインのこの話でしたが、楽しんでいただけたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは。
                                 2004,01,22 



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