とんでもねぇ勇者ども外伝
〜聞かぬが花〜
「なあ師匠……。あんたって一体いくつなんだ?」
「――はあ?」
真剣に問いかける駿河(するが)に、師である斬雪(ざんせつ)はひどく困惑した表情でそう返した。
駿河がそのことを聞くに至るには、とある原因があった。それは、本日の放課後――つい先程、懇意にしている先輩二人とともに行った会話だった。
「ねえスル君、斬雪さんて……いくつなのかな?」
そうぽつりとつぶやいたのは、黒髪に同色の瞳の、どこか知性的な雰囲気をまとう少年だった。名は壱夜(いちや)。彼は駿河の先輩で、かなり近しい間柄にある。
「え……。師匠の歳、ですか?」
「うん、そう」
突然の問いに目を丸くした駿河に気をはらう様子もなく、壱夜はうなずいた。それに、この部屋にいるもう一人の少年が不思議そうな声を出す。
「斬雪さんの歳って……。いきなりどうしたんだよ?」
とび色の髪に琥珀色のたれ目の少年は、志摩(しま)。彼もまた駿河の先輩で兄貴分だ。
彼はそれまで寝ころんでいた自分のベッドから降りると、駿河の隣りに腰を下ろしあぐらをかいた。
三人がいる場所は学校の寮の一室、志摩と壱夜の部屋だ。二人に良くも悪くも気に入られている駿河は、放課後この部屋に寄り道するのが日課のようになっていた。
駿河が壱夜をちらりと見ると、やはり志摩の問いにも答えず、思案顔であごの下に手を当てたポーズのまま固まっている。
このような状態の壱夜に何を言っても無駄だということを熟知している二人は、黙って壱夜の次の言葉を待った。
「……見た目はさあ、二十代だよねえ、あの人」
「そうですね」
やっと発された言葉に、駿河は師の姿を脳裏に浮かべながら相づちをうった。
浅黒い肌に白銀の髪。そして赤の瞳。この学校で武闘を教える臨時講師でもある彼は、もちろんかなりの強さをほこっていて。その体裁きに衰えの文字はない。
「だけどさ、斬雪さんって確か純粋な人間じゃなくて……ハーフだったよね?」
「あー。そういやあの人そうだっけな」
志摩がそういえばとつぶやく。
二人の言うとおり、斬雪は純粋な人間ではない。それは彼の尖った耳を見ればすぐにわかることだ。
ダークエルフか魔族か……駿河に細かいことはわからない。けれども、数年前彼の耳を興味深く見ていた自分に斬雪が言った「俺は半分だけ人間なんだ」という言葉は忘れるはずもない。
「残り半分がなんなのかはわからないけど、例え精霊やエルフの類にしろ、魔族の類にしろ、なんにせよ長命な一族だよな、と思ったんだよ」
「それがいったい……?」
なんなのかと駿河が問う前に、志摩がぽんと手のひらを打った。
「あー、そっかそっか。なるほどなあ」
「志摩先輩?」
一人納得して頷いている志摩を見上げる。
「わかったかい、志摩?」
「なんとなく、な」
志摩はニヤリと口の端を引き上げると、挑戦するような瞳を壱夜に向ける。壱夜はそれを真っ向から受け止めて、「どうぞ」と身振りで示した。
「半分他の種族の血をひいてるってことは、性質も受け継いでるんじゃないか……。つまり、斬雪さんも長命なんじゃないかって、思ったんだろ?」
「ああ、なるほど!」
思わず納得の声を上げる駿河に、壱夜がにっこりと微笑んだ。
「大当たりだよ、志摩。で、スル君。やっぱりわからない?」
「そんなこと考えたことないですし……知らないですね」
駿河の答えに壱夜は残念そうなため息をついた。
「君でも知らないか……。でも、気になるなあ」
そんなわけで。駿河は帰り道の短い時間でクエスチョンマークを頭いっぱいに増やし、帰ってきて早々冒頭の質問を放ったわけだった。
期待に満ちた目で己を見つめる弟子に、斬雪もまた頭の中をクエスチョンマークで満杯にしていた。
――なぜこいつは、唐突にそんなことをきくんだ?
「なー、師匠っ。俺の話聞いてる?」
長い沈黙に業を煮やしたらしい駿河が、顔をしかめて問いかけてきた。
「あー、きいてるきいてる」
「……うそくさー」
めんどくさくて生返事を返せば、明らかにうさんくさげにこちらを見ている駿河の目とかちあう。うさんくそうにしているものの、駿河の目にはけっこう真剣な光があって。
……こういう目をしてる時のこいつは頑固なんだよなあ。
ここ数年の付き合いで把握したこの弟子の性格と行動パターンは、ほぼはずれることはない。
大きくため息をついて、頭一つ分以上の差がある弟子を見下ろして聞いてみた。
「お前なあ、なんでそんなこと聞くんだよ?」
今まで一度もそんなことを聞かれた覚えはなかった。なのに、なぜいまさらこんなに真剣になっているのだろう。
「先輩たちとそういう話をしたから。そういえば聞いたことなかったと思ったんだ。もちろん、先輩も知らなかったし」
それはそうだ。斬雪は自分の歳を他人に話したことなどない。
『先輩』というのは、十中八九、壱夜と志摩のことだろう。仲がいいのはいいことだが、一体なぜそんな話になったのか。
……言い出しっぺは壱夜あたりだろうな、どうせ。
人を食ったような表情をする、一癖も二癖もある少年の不敵な笑みが思い浮かんだ。
駿河や志摩は気に入られているからかこれと言って被害はないが、敵とみなされた者は非業の運命を遂げるという、嘘とも真ともつかぬ噂が彼にはある。もちろん、斬雪も被害にあったことはないけれど。
「また変なこと考えやがって……このバカどもが」
呆れて言う斬雪に、駿河はムッとしたように、それでも諦める様子なく同じ質問をくり返す。
「バカって言うな。……なあ師匠、いくつなんだよ?」
「んなこと聞いてどうするんだよ」
髪の毛に指を差し込んで、少し強めに頭をかく。興味のない素振りをしながら奥の部屋に向かうと、駿河も後からついてきた。
「んーと……。知的好奇心?」
「……なんだそりゃ」
そのまま勝手口から出て洗濯物を取り込めば、駿河もいつも通りに手伝って。でも、洗濯物に顔が隠れそうになりながらも、少年は変わらない質問を投げかけてくる。
「なー、師匠ってばー。いくつー?」
「…………………………」
「なー、師匠ってば」
「…………………………」
沈黙という対抗手段に出てから数分。駿河が呆れと怒りをない交ぜにした表情で斬雪の服のすそをひっぱった。
「あん?」
下を向けば、こちらをにらみつける弟子の姿。
「……俺にも言えないわけ?」
「そういうわけじゃないんだがな……」
ただ、歳などとうに数えなくなったから、正確なものは覚えてないだけだ。
そう、心の中だけで言う。それが本当のところなのだが、この少年がそれで納得するかどうかが問題だ。
言葉をにごしたのをどう取ったのか、駿河は表情を不機嫌一色に染めた。そしてすぐ、慌てて『どうってことない』という表情を作った。
「別にいいけどさ……別に」
そういう駿河の表情はとりつくろっているものの、まったく『別にいい』ではない。斬雪から言わせれば、明らかに不服気な顔だ。
――拗ねたな。
冷静にそう判断したものの、心境は穏やかではない。この後どうやってフォローしたらよいのか全然判断できないからだ。
昔、ある事件があってから、人と関わるのをなるべく最小限にしていた――避けてきたと言ってもいい。人と生活を共にするようになったのは、斬雪の今までの人生から言えばかなり最近のことになる。
だから、こういう時に困るのだ。どうしたらいいのかさっぱりわからない。
後ろから声がかかったのは、変わらない表情のまま少しうろたえているその時だった。
「こんにちは、二人とも……ご機嫌いかがかしら?」
「あ、希陽(きよ)さん!」
それまでの不機嫌さを吹き飛ばし、足取りも軽く、駿河が声の主に駆け寄る。それを目で追いながら振り向けば、白い髪を一つにまとめた、品の良い老婆が一人。
「こんにちは、坊や。あら、少しご機嫌斜めのようね?」
希陽の的確な読みに、駿河が一瞬ピクリと肩を上げる。
「……なんのこと?」
「隠してもわかるわよ。また斬雪さんでしょ」
いつもながら、希陽の観察眼の鋭さに舌を巻きつつも『また』という言葉には少し気にかかるものがある。
「そりゃ嫌味かい、希陽さんよ?」
「当たり前でしょう、斬雪さん」
「…………………………」
笑顔のまま肯定されてはもはや言えることはなく、そして原因が自分というのを完璧に否定も出来ないのがさらに厄介だった。
「……まあいいわ。ほら坊や、おいしいケーキ持ってきたのよ。はやく家に入って食べましょう?」
駿河が小さく頷いたのを確認すると、希陽は駿河を連れてさっさと家に入ってしまう。
そこは確か、俺の家のはずなのだが……。
そう思っても、駿河を孫のように可愛がっている希陽に、今この状態で反論するほどの勇気はない。仕方なく、黙って二人の後を追った。
「で、いったい今度はなにがあったの?」
ティーカップの紅茶を一口飲んで、希陽はそう切り出した。
駿河は希陽の持ってきたケーキやその他茶菓子の用意をするため台所に行ってしまった。だから実質的に今この場にいるのは、斬雪と希陽の二人だけということになる。
「なにと言われてもな……」
「じゃあ、言い方を変えましょうか。今度はなにを言って坊やを怒らせたの?」
あくまで上品に笑いながらのセリフである。この老婆のことを良く知っている身としては恐ろしいことこの上ない。
希陽はただの老婆ではない。女性で、またこの歳でありながら駿河も通う『自由学校』の通称を持つ学舎の校長を務める人物だ。その見た目に騙されれば痛い目にあう。
ここはもう、あったことを正直に答えるしかないだろう。
「……突然俺の歳が知りたいとぬかしやがってな。最初はごまかそうと思ったんだが、そうもいかなくて黙ってたらこの様だ」
「なんで教えてあげないの?」
「教えようにも忘れちまったんだよ。希陽さんならわかるだろ、そんぐらい」
俺はあまりに長く生きてきたから。
希陽はそのセリフに首をかしげながら言った。
「……じゃあ斬雪さん、そう言ってあげたの?」
「え?」
なにを言っているのかわからなくて、思わず黙った斬雪に希陽は言い直す。
「だから、『もう忘れてしまったんだ』って、一言でも言った?」
「そんなのであいつが納得するわけ……」
ないだろう、と続くはずだった言葉は、途中で止まる。希陽が今までで一番の笑顔を浮かべたからだ。
「言ったの、言ってないの?」
笑顔のままの希陽から目に見えない圧力がかかる。背中に汗が流れるのを感じながら斬雪は簡潔に答えた。
「――言ってません」
「やっぱりねえ……」
はあ、と大きなため息。希陽の顔にはでかでかと「困った人だこと」と書かれている。それに少なからず納得しかねながら自分の紅茶を飲む。
「それがなんだっていうんだ、希陽さん」
希陽は呆れたような、おかしくて仕方のないのを我慢しているような、ひどく複雑な表情を浮かべている。
「あのねえ、斬雪さん。坊やはあなたが教えないことに怒ったんじゃないと思うわよ?」
「だが、実際怒ってるじゃねえか」
「よく考えてみなさいな。もしかしなくても坊やは、あなたが黙った辺りから拗ね始めたんじゃなくて?」
言われて先程までの会話を思い出してみた。
帰ってきて、突然歳のことを聞かれて、はぐらかして、もう歳なんて忘れたなと思ってそれから……。
――それから?
思い当たった現実に固まる斬雪を、希陽はころころと笑う。
「当たり、でしょう?」
悔しいながらも、認めるしかなかった。確かに駿河は、自分が黙った後すぐに拗ね始めたのだ。
静かに、ティーカップの紅茶をスプーンでかき回しながら希陽がささやく。
「坊やが怒ったのは、歳を教えてくれないからじゃないわ。あなたが理由も言わずに黙るからよ。信用されてないんだと、思ったんでしょうね」
「――っ!!そんなことはっ!」
「ないって、わかってますよ……私はね。でも坊やは当事者だから、なおのことわからないのね。本当に自分はここにいていいのかって、まだ思ってるみたいですし」
「なっ……!?」
初耳だった。駿河がここに住むようになって早数年。あの強い瞳をもった弟子が、そんなことを考えていたなんて、知りもしなかった。
下を向き、唇をかんで驚きに耐える斬雪に、希陽は諭すように言う。
「あなたの過去に、なにがあったのか知らないわ。でも、その過去のせいで人と深く付き合わないようにしてきたのは長い付き合いでわかってるつもり」
優しい声音に顔を上げれば、希陽がじっとこちらを見つめていた。
「歳のことだって、忘れたというのも事実だけれど、そのことで坊やが態度を変えたら、って思うと言えなかった……ってのもあるんでしょう?」
「それは……」
違うと言いかけて、口をつぐんだ。確かに、無意識の中ではそんな気持ちがあったのかもしれない。弟子は久しぶりの身近で暖かな存在だったから。
もはや全面的に降伏したのを悟ったのか、希陽が斬雪に向かって言った。
「坊やにちゃんと謝りなさいね?」
「……そうだな」
苦笑と共にもらした言葉に希陽がにんまりと、なんとも言えない微笑をした。悪寒が背筋を通り抜けるのと、希陽が行動を起こすのはほぼ同時だった。
「さあ坊や、もういいわよ。出てらっしゃい!」
「はあっ?!」
がちゃりとドアがひらいて、少年には珍しく、少しおどおどとした様子でこちらを覗き込んでいた。
「す、駿河っ……!?いつからそこに……」
台所とは全然違う部屋だ。しかもこの部屋の真隣り。その部屋にいたということはつまり。
「全部……聞いて?」
すまなそうに首を縦に振る弟子の姿に、斬雪の肩から力が抜ける。その横へ、駿河はゆっくり近づいてきた。
やがて気配が隣で止まり、駿河が自分の服を引っ張る感覚に顔を上げる。瞳と瞳がぶつかり合い、駿河の口が開いた。そして。
「――バーカバーカバーカ。師匠のバーカ!!」
「て、てめえ……」
いきなりの『バカ』宣言に額に血管が浮き上がる。応戦しようとした時、駿河がさらに続けた。
「師匠の歳がいまさらいくつだって、俺はかまわない。あんたが普通じゃないぐらい、ずっと前からわかってるんだから。師匠は師匠なんだから、それでいいんだよ、俺は!」
真っ赤な顔で、まくしたてるようにそう言われては怒鳴る気力も失せた。
「ったく……どうしょうもないバカ弟子だな」
「師匠が師匠ですからね」
「ちっ、かわいくねえガキ」
いつも通りの二人に戻ったのを見ると、希陽は花のような笑みを浮かべるとぱんと手を叩いた。
「さ、二人とも。お茶にしましょう」
「賛成。あ、希陽さん、さっきのケーキ持ってくるね」
「お願いするわね、坊や」
こうしてうららかに午後のお茶会が始まった。
ちなみに――。
「そういえば坊や、正確じゃないけど斬雪さんが長生きしてることだけはしっかりわかるわよ?」
「え、なんで?」
お茶会の途中で希陽が突然斬雪の歳についてしゃべり始めた。
「おい、希陽さん……」
苦い顔をする斬雪をしりめに、希陽はどこ吹く風だ。斬雪を完璧無視し、駿河に笑いかける。
「だってね、斬雪さんってば私の小さい頃から……いえ、少なくとも私のお父様の頃からこの姿のままなんですもの!」
「え、ええええええええええ!?」
「……だから言いたくなかったんだ」
「ま、まあ……いいけどさ」
駿河は知らない。お父様どころかひいひい爺さんの頃だって斬雪がこの姿であったことを。ひょっとしたら想像している年齢の桁数が、一桁以上違うかもしれないことを。
――ああ、聞かぬが花。知らぬが花。
――終――
アトガキ
499ヒットのキリリク「聞かぬが花」をお送りしました。
……コント??なんかショートギャグのはずが気がつくと微妙にシリアスに。
ごめんなさい、ゆかちゃん。
とりあえず愛と師匠の出番だけは増やしました。受け取ってくださいませ。
今回のゲストは壱夜、志摩、希陽の三人。その内二人が半ば最強キャラとかしてます。
壱夜は微妙に人気がありますね……黒いところがうけてるようです(笑)
それでは、楽しまれたことを祈って。
2003,10,18
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