湖のほとりに立つ木の下で、私は「彼」を待っていた。
『今すぐ 君の所へ 行くよ』
あの時声を聞いたので、私はこの場所で彼を待ち続けていた。
けれど、何度景色が巡っても、雲が流れても、彼は現れなかった。
私の聞いたあの声は幻だったのだろうか。
それとも私が場所を違えているのだろうか。
湖が落ちた涙で深さを増しても、私はただこうして膝を抱えているしかない。
そうやって、どれ程の時が過ぎただろう。
ふと頬を風がなでた。
風が通り過ぎた後に、誰かが私の隣に立った。
何をしているのか、とその人が尋ねてきたので私は涙をぬぐい呟く。
「彼を待っているのです。
でもあの人はまだ現れません。
私はいつまでこうしていれば良いのでしょう」
すると低い声が、静かに答えを返してきた。
「もし、“彼”がその面立ちを随分と変えてしまっていたら、君にどうやって自分だと証明したら良いのか、途方に暮れているだろう」
顔を上げ、その人を見つめると「彼」が立っていた。
背が伸び、少し痩せていたが静かで優しい眼差しは確かに私の知っている「あの人」だった。
「Weath」
彼の名を呼び、そばへ駆け寄る。
もう、私は待たなくていいのね、と笑うと彼はまぶたを伏せ、私を抱き寄せながら小さくつぶやいた。
「あと一人、待たなければ。“彼”もまた、半身だから」
湖のほとりに立つ木の下で、私は彼に寄り添い座っている。
今度はそう長くは待たないだろう。
水面をなでる風がそう、告げていた。
終
2003.10.31
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