「果てしなく深い無色」(G.D.stにて)
遠い昔に、多分美術館か学校施設の類があったのだろう。
炎と共に形を失った「記憶」は“水族館”と呼ばれる刑務所に包み込まれる形で存在していた。
 
記憶のカケラは水族館の空間に重なる形で刑務所中に散らばっている。
その中でも男子間の東の端にある「中庭」はアナスイの気に入りの場所だった。
 
中庭とはいえ「過去の記憶」だ。
頭上に広がる空は建物が見た最後の天気のまま曇り空を映し続けている。
外の景色でありながら、大人が寝転ぶスペースもない。
「屋敷幽霊」を知る者達がこの場所をほとんど利用しないのはそのためだった。
 
けれど最近アナスイだけは、此処へよく立ち寄るようになった。
立ったまま、どこかを見つめて何かを呟いている。
 
「どうしちゃったのかな。この頃、いつもああなんだ。」
エンポリオは壁の外で中の様子を伺いながら傍らのウェザーに声をかける。
「ウェザーは、理由を知っているの?」
いぶかしげに尋ねる少年にウェザーは静かな視線を返すだけだ。
「・・・・まあ、おかげでアナスイが騒ぎを起こさなくなって良いけれど。」
 
ちらりと。
白いものがエンポリオの頬に落ちる。
「?」
触れてみれば冷たい薄氷の結晶だった。
時を止めたはずの空から、雪が舞い降りる。
 
 
アナスイは振り向き背後のウェザー・リポート達に気付くと
唇を微笑の形にして両手を広げながら空を仰いでみせた。
 
エンポリオは思わず息を飲む。
鋭利で冷たいこの殺人鬼と、本で見た“天に住む存在”の絵が重なり身をすくめる。
 
「・・・・もうすぐ」
ウェザーが、ちいさく呟く。
「え?」
「もうすぐ、・・・だな」
ウェザーが何を言ったのか、エンポリオには聞き取れなかった。
 
<その日>は人間が神に愛された証がこの世に降臨した瞬間だと、書物に綴られている。
 
神は、その独り児をお与えになったほどに世を愛された
 
聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
かつておられ 今おられ やがて来られる方
 
言葉の意味などわからなくて良いとアナスイは思う。
俺が出会った唯一つの星。
彼女を愛する至高の形を俺は他に知らない。
 
この「水族館」を彼女が出るというのなら
石の海から彼女を連れ出したなら
 
 
俺は 彼女と 結婚する。
 
 
アナスイの瞳に映り込んだ雪は無限に乱反射を繰り返し、透明なステンドグラスのように淡く、光った。
 
 
END 
2004.11.15

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