「トラフィック」 その1&2(エンポリオの逡巡、女友達の呟き)
■■■その1(エンポリオの逡巡)
 
アイリンお姉ちゃんとアナキスが喧嘩をしたらしい。
 
 
 
「らしい」というのは二人が出かけて行った後、帰ってきたアナキスはすごく機嫌が悪くて、ソファーに倒れ込んだり、頭を抱えたり、ぼんやりしたりしているからだ。
 
なのでお姉ちゃんにこっそり電話をしてみたら
「何でもないのよ」
と言うだけで、お姉ちゃんの方も明らかに元気が無い。
 
どうしたの?とアナキスに聞けば言葉が終わらないうちにすごい目つきで睨まれた。
やっぱりアナスイだなぁと身震いがして、刺激をしないように部屋を出ようとしたら、アナキスは天上を仰いで深い溜息をつく。
 
「俺さぁ」
 
独り言なのか、僕に話しているのかわからなかったけれど、こういう時はウェザーのやり方を思い出して真似をすることにしている。
黙って、その場で動かないでいる。
 
「彼女の望む事とか、行きたい方向とか、結構わかってるつもりなんだけど、一つだけどうしてもわからない事があるんだよな」
 
「時々彼女、突然怒り出すんだ」
 
「そんな時の彼女はひどく悲しげにも見えるから理解できないのが辛い」
 
「・・・・・・・彼女の親父さんにだったら、わかるんだろうな。きっと」
 
アナキスはクッションに顔をうずめてブツブツと、とめどなく話し続ける。
要するに、お姉ちゃんの機嫌によって二人が喧嘩をしたみたいになったけれど、アナキスの方には理由がわからない、そういう事みたいだ。
 
大方、アナキスが誰かに無礼をして、お姉ちゃんがたしなめたってところじゃないかな、でも失礼なのはアナキスの元々の性格だから、お姉ちゃんの考えがわからないんじゃないかな。
明日になって、お姉ちゃんが気を取り直してくれたらアナキスの機嫌もすぐに直るんだろう。
・・・・・・・こういう根本的な解決にならないところが嫌なのかな、お姉ちゃんは。
 
明日は日曜日だからお姉ちゃんから連絡がこなかったらアナキスは一日中不機嫌でいる事になる。
こんな時、ウェザーだったらどうするのだろう。
 
僕は考えをめぐらせながら肩をすくめた。
 
 
 
 
■■■その2(アイリンの女友達の呟き)
 
「ジャムを多く入れるの?それともベリーの方?」
 
パイ作りに四苦八苦している友達“アイリン”に、
甘いのが良いならジャムを多く、
甘くしたくないのならベリーを多く
と、助言する。
 
昨夜電話越しに
「あたしって、ファザコンかな」
と開口一番聞かれたのには驚いた。
どうやら、彼氏と気まずくなったらしい。
 
彼氏とは・・・あたしがアイリンに初めて会った時、一緒にヒッチハイクをしていた男だ。
名前を何と言ったか、とにかく男のクセに髪を伸ばして、チャラチャラして、
彼女に対してヘラヘラしているクセに周りの人間にはやたら失礼な奴。
 
アイリンとあたしはやけに気が合い、頻繁に連絡を取り合うようになった。
あたしの姉さんが小料理店をやっている事もあって、二人がこっちの町に来る際はウチの店で時間をつぶす事が多かった。
 
一度待ち合わせで男の方だけが先に来た時、わざと放っておいたら、暇だったのかカウンターの隅に置いてあった「知恵の輪」に勝手に手を伸ばして全部バラバラにしちまった。
あたしが1ヶ月かかってもクリア出来なかったのに。
しかも元に戻しておかないし。
そういう所もシャクに触る。
 
アイリンと彼氏が喧嘩をして、当分あいつの顔を見なくてすむのなら個人的には大歓迎だ。
・・・と思うのだが、当のアイリンは
「彼が好きだから」
と、目の前でパイ作りに初挑戦したりしている。
 
「良い出来になりそうじゃん。それならさ、彼氏も機嫌を直して仲直り出来るって。:
あたしがそう声をかけると、アイリンはジャムの瓶をパイ生地に流し込みながらつぶやく。
 
「違うのよ。あたしが一方的に怒っちゃったの。
・・・二人でいる時父さんの話になってね」
 
アイリンの親父さんがあいつとアイリンの仲に賛成していない事は知っている。
まあ、当然の気持ちだとは思うけど。
アイリンの親父さんは若くて、背が高くて博識で、すごいハンサムだ。
初めて写真を見た時はお兄さんかと思った位。
だから“あいつ”が彼氏である事は正直意外だった。
だって全然タイプが違うから。
 
「例えばの話ね・・・父さんが絶対結婚を許してくれなかったら、駆け落ちなんてしたりしてね?って冗談まじりで言ってみたのよ。」
「そうしたら彼、考えてもいない。みたいな表情をして
<君が、そんな事するわけない>
って。その後は真面目に話す気がないっていうか。」
「なんだか・・・悔しくなっちゃって。人前で彼に怒鳴っちゃった」
 
彼女の呟きと共にジャムの大瓶丸々一本の中身がパイに注がれていく。
食べるのはアイツだし、もしかしたらそれ位甘党なのかも知れないけれど。
 
しかしアイリンはファザコンを自覚していなかったのか。
それも驚きだが親父さんの顔色を優先するようなアイツの態度にも閉口だ。
 
心の中で思っていると。
「ロマンチックね」
と、店の方から掃除を終えた姉さんがキッチンへと入ってくる。
 
「私も、そんな風に言ってくれる人がいたら、結婚を考えたかもしれないわ」
 
続く   2004.7.4
 
 
 

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