「続・アニバーサリーコール」(アイリン、アナキス、女友達&父)
■■■その1
 
日曜日に彼の家に行けば当人は車庫でいつもの“趣味”に没頭していた。
趣味とは車を分解する事。
分解して、組み立てなおして、また分解する。
そのうち元の車と違う形になってきたりして、そこを指摘すれば
「ワザと、さ」
と頭を掻いたりする。
 
アナキス
 
名前を呼んでみたけれど彼は車庫から出てこない
多分この酷く大きなエンジン音で聞こえないのだろう。
あたしはそのまま家に入りリビングに買ってきた果物と花を置く。
勝手に家に入るなんて失礼だけれど・・・
彼はきっと気にしない。
それよりもあたしの姿を見て驚くかしら。
 
休日に会いたくなった、なんて言ったら微笑んでくれるかしら。
 
そんな事を考えながら部屋を見渡せば随分と乱雑な光景になっている事に気が付く。
多分自室に入りきらない物がリビングに溢れてきているのだろう。
そのくせ自分の部屋の中は不気味な位整頓されていたりするから極端な性格だわ、と今更ながらにしみじみ思う。
 
来たついでだし、多分彼が戻ってくるまで時間がかかるだろうしと部屋に散乱する雑誌やプラモデルの箱を拾い上げてまとめてみる。
 
ふと手に当たるのは<卒業写真>と書かれた冊子。
持ち上げた拍子に1枚の写真が滑り落ちる。
 
とても、綺麗な女の子の写真。
 
・・・アナキスが大切な思い出にしている人?
 
外に出て車庫に行けば彼はまだ車と格闘していた。
エンジン部分に頭を突っ込んで、何かガチャガチャと音を立てている。
 
アナキスはまだあたしに気が付かない。
今の彼は“あたしと出会っていない日常”のアナキス。
何故だか急に距離が遠くなった気がして、あたしは声をかけれずに
 
ただ、彼の背中を見ていた。
 
 
 
■■■その2
 
「うーん、まあそりゃアンタの気持ちもわかるよ」
 
親友になりゆきを話したら微妙な表情で同意してくれた。
 
結局写真の女性が誰だったのかは聞けなかった。
というより話してもらえなかった。
「あたしと付き合う前の彼女って、どんな人?」
って尋ねたら、彼すごく目を丸くして
何でそんな事聞くんだ?みたいな顔をして
 
「君には関係ないだろう」
なんて一言ですませるから
気が付いたら彼の顔を思いっきりはたいていた。
 
言葉より手の方が先に出るのはあたしの悪い癖だ。
きっと若い頃不良だったって言う父さんの遺伝のせい。
 
あの後アナキスとは会っていない。
わかってる
あたしの方が悪いって事。
 
親友のお姉さんが経営する小料理店。
店内を振り向けば、最近お店に頻繁に来るようになったヒッチハイクで知り合った男性・・・
“ウェザー”が視線をそらしてガサリとTVガイドのページをめくる。
・・・明らかに今の話を面白がっていた感じ。
 
「ヘイ!ちょっとそこの彼氏。
聞いていたんならアドバイスしてくれよ。
こんな時男ならどんな風に接して欲しいものだ、とかさ・・・」
 
親友が身を乗り出すと、ウェザーは視線を雑誌に落としたままで小さくつぶやいた。
「俺の意見は参考にならないだろう。
俺はあの男ではないし、第一あの男は」
 
「変人だからな・・・」
 
親友が爆笑する。
あたしはちっとも可笑しくない。
 
変人だなんて
彼は少し外れているだけだわ。
そりゃ、世間常識に欠けるところはあるけれど
父さんと上手くやろうとしてくれたり
彼なりに努力はしてくれるのよ
何より、あたしに・・・
 
口をつぐんでいるあたしの気持ちを読んだように
ウェザーが言葉を続けてきた
 
「ひとつ言えるのはあいつは君に
“嘘はいわない”って事だ。
彼を信じればいい。
俺のセリフを不満と感じるなら」
 
静かな口ぶりが少し父さんに似ているウェザーの言葉に、
素直に頷く自分がいる。
 
彼に、アナキスに、会いたくなった。
 
 
■■■その3
 
彼の家の鍵は開いていた。
家の玄関で少し逡巡してから思い切ってノブを回す。
 
開いたドアの向こうでソファーに座っていたのは思いがけない人影。
 
「・・・父さん」
 
あたしがアナキスをはたいてしまってから今日で3日。
 
“お嬢さんを泣かせてしまいました。
死んでお詫びします”
 
「いきなり研究所にやってきて喚くから職員が皆集まって来てな・・・」
帽子を目深に被った父さん。
ツバをいじりながら面倒くさそうに呟く。
 
「・・・酒でも飲んで落ち着くか、と言ったらボトル1本一気に飲み干しやがって、そのまま意識を失うもんだから」
 
「・・・・・・・・・・・・・・俺が此処まで運ぶはめになった」
なんで自分が、というセリフが無言の全身から吹き出している感じ。
アナキスは自室のベッドに倒れこんでいるという。
 
格好悪い。
アナキスったら、本当に信じられない事をする。
でも
全部あたしのせい。
自分が思っている以上にあたし、彼を傷つけていた。
 
あの時の彼の言葉はそのままで、
本当に、彼の過去はあたしにとって
「関係ない」事なんだって。
わかっていたのに。
 
沈黙の続く部屋。
そういえばちょうど1年前の今位にアナキスと出会ったんだっけ。
本当だったら記念日だとか、彼が言って来そう。
そんな事を考えていたら
 
「・・・あの男は、苦手だ。」
天井を見上げながら父さんが呟いた。
帽子で影になった表情の奥で瞳だけがこちらに動く。
何があったのか、と視線が聞いている。
父さんには知られたくないような馬鹿馬鹿しいことだけれど、と部屋の隅に放り投げられたままのアルバムに手を伸ばす。
少しめくると現われる少女の写真。
 
「それがどうかしたか」
ちらりと写真に目をやった父さんが憮然とする。
 
「アナキスにだって大事な思い出があるのは当然だけれど、この人について教えてもらえなかったから
・・・つい、ムキになっちゃって」
バツの悪さに横を向いて事の下りを白状すれば
「やれやれだぜ」
と父さんがあきれた顔で立ち上がる
 
「俺は研究所に戻る」
ドアを開けて背中を向けたままの父さんが一言。
 
「その写真はアイツ、だ」
 
ぽかんと立ちすくむあたしの目の前で玄関が閉まる。
後ろでは別のドアが開く音。
白い思考が段々と真っ赤な恥ずかしさに塗り替えられていく。
 
振り向いて、彼に何て言ったら良いだろう。
 
 
 
(2005.1.29/2.4/2.9)

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