朝から落ち着かず電話を度々見る。
記念の日に、彼からの連絡を待ちながら。
昨夜から奮闘して作った多少不恰好なチョコレートを、彼なら喜んで受け取ってくれるだろうと、心のどこかで期待して。
午後のティータイムの時間を時計が告げても沈黙を続ける電話機に段々裏切られたような気分になって来た時、父さんが新聞に目をやったままつぶやいた。
「自分から、かけてみたらどうだ。」
父も心配してくれていたのかと、意外に思う反面嬉しく、でも気恥ずかしい感じもして私は玄関を飛び出す。
彼の家へ急ぎチャイムを鳴らすと作業着姿の彼が現われた。
「アイリン?」
目をしばたいて、彼は汚れた手と顔を袖でぬぐう。
「どうしたんだ?驚いたぜ」
なんで“驚いた”と言われなければいけないのか。
せっかくのこの日に連絡もくれずに。
彼を責める言葉が口にのぼりそうになった所で、ふいに記念日だと思っているのは自分だけだったのでは、と思えてくる。
急に悲しい様な、恥ずかしいような気分になってうつむく。
「あのね、電話が来ないから・・・
毎日朝と夜、連絡くれるでしょ?
でも、私からすれば良かったことだったわね・・・。」
私が言葉を継げば、彼は困ったように頭を描き、数回瞬きを繰り返した。
「いや、君、親父さんと出かけているかなって、思ってさ。」
考えてもいなかった返答に今度は私が言葉を失う。
「だって、今日バレンタインだろ?」
・・・・確かに「子供の頃の夢は父さんのお嫁さんになる事だった」って言った事があったけれど。
世界で一番大切な人との記念日に、私が過ごすのは自分ではないと、自然に、当然のように考えている彼を見て、先程とは別の感情が私の胸をしめつける。
「車の改造をしていたんだ、前に比べて断然早くなるはずだぜ、君を乗せてまたあの海にさ・・・」
言いかけながら私が背に回していた包みに気が付くと、彼は子供のように微笑んだ。
<アンタ、いつも彼氏を振り回して>
そう言ってたしなめてくれた親友の言葉を思い出す。
本当にそう。
でも、結局背伸びをしているのは自分の方なのだと思うと笑いがもれる。
私の様子の意味がわからず首を傾ける彼に腕を回し、金色の睫毛に唇を寄せた。
精一杯、優しく。
終
2004.2.15
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