■■■ act..1
「今度の新入り、“殺人鬼”って話だぜ」
この刑務所の空気が近頃ざわついているのは、そんな噂のせいだった。
時期はずれの入所者に、皆が好奇の目を向ける。
単独で別の刑務所から送られてきた囚人。
問題を起こしての移動なら自由のきくこの「グリーンドルフィン」に来れるはずがない。
では何故彼だけが。
「新入り」が注目を集めるのは、猟奇的な罪状と不可思議な移送経緯だけではなく、彼の持つ氷のような美貌のためだった。
「ナルシソ・アナスイ、彼の名前だよ。」
「恋人と浮気相手をバラバラにしたんだって」
エンポリオがテレビガイドを読むウェザー・リポートに話しかける。
「でも、凶器と殺害方法が不明のままなんだって。
殺した本人が認めたから有罪にはなったけれど・・・」
ウェザー・リポートが顔を上げる。
「スタンド使いだと、思う?」
エンポリオに言葉にウェザーは首を振ることで「わからない」と答える。
「でももし、スタンド使いで、まだホワイト・スネイクの息がかかってないとしたら・・・」
エンポリオの言葉をさえぎるように、ウェザー・リポートが立ち上がる。
「しばらく様子を見てみよう」
静かに言葉をつぐと、ウェザーはピアノ室を後にした。
「オイ!その場所に立つんじゃあない!!」
鉄格子の扉に寄りかかっていたアナスイに看守が怒鳴り、警棒で彼の体を押しのけ格子から離れさせようとする。
一瞬所内が静まり、新人の動向に視線が集まるが、アナスイは意外にも黙ってその場所を歩き去った。
ただ離れ際に格子をなでるように触れ、同時に口元が笑みの形に歪むのをウェザー・リポートだけが気付いていた。
次の瞬間絶叫が辺りに響き渡る。
看守の腕が奇妙な形にひしゃげ折れたのだ。
彼の周りには誰もいなかった。看守は格子をつかんだだけだった。
「じ、時限爆弾の能力?!」
壁の隙間からエンポリオが顔をのぞかせウェザーに囁く。
「で、でも・・・スタンドの姿が、見えなかったよ・・・?」
ウェザー・リポートは何も言わず、薄く目を細めた。
夕方、食堂で囚人たちが集まっていた時、奇妙な出来事が起きた。
天井に小さな雲が現れたのだ。
雲はゆっくりと食堂の上部を周ると、一瞬人の頭のような形になり、溶ける様に消えた。
何より不思議な事はこの奇怪な現象にほとんどの囚人が気付かなかった事だった。
この出来事にわずかでも反応を示したのは数人のみ。
盲目で杖を持った囚人と、元新興宗教・教祖の老いた囚人、そして・・・・・・アナスイの3人だった。
アナスイは雲の消えた空間を視線だけを動かして見つめていた。
驚いた風ではなく、でもどこか不思議そうに。そして興味深げに。
「間違いない」
「ナルシソ・アナスイはスタンド能力者だ」
ウェザー・リポートは小さく息を吐くようにつぶやいた。
■■■ act..2
変わり者の多いこの「水族館」の中でも新入りのアナスイは特に他人の目を引く存在だった。
様々な理由で彼に近づこうとする者は多かったが、何故か本人は独りを好み、運動場の片隅のベンチで一日寝転んで過ごしている事が常だった。
太陽に手をかざし、時折裏返し、自分の中身を確かめるように日の光に指を透かしていた。
「アナスイは“ギャング・モレイ”達に目をつけられたみたいだよ。」
ピアノ室でエンポリオはウェザー・リポートに耳打ちをする。
モレイ(うつぼ)とは最近水族館でハバを効かせているグループの異名だ。
「騒ぎも大きくなればそれだけホワイト・スネイクに気付かれる機会が多くなる・・・」
不安そうな少年にウェザー・リポートは静かに呟く。
「君の部屋にアナスイを案内しても、いいか?」
少し考え込んだ少年が
「・・・ウェザーがその方が良いと思うなら・・・」
とためらいがちに答えると男はゆっくりと身を起こした。
アナスイが最近使用していたベンチは元々自分達が占領していたのだという言いがかりでモレイ達がアナスイを連れて行ったという噂を聞いたのはウェザーが吹き抜けの広場に着いた時だった。
「フン・・・それで?」
アナスイが長い髪をかき上げながら高慢な表情で相手を見据える。
看守の目の届かない・・・
(賄賂で遠ざけていたのかもしれないが)
ひとけのない廊下の行き止まりで大きな男達に囲まれてもアナスイの態度は変わらなかった。
「国にもそれぞれのルールってもんがあるよなあ〜?
此処には此処の“正しい過ごし方”ってものがあるんだぜ。
先輩の俺達が親切に教えてやろうと言ってるんだ。
それをよ・・・!」
男の腕がアナスイに伸ばされる。
アナスイの瞳に冷たい光が走り、肩口から銀色に輝く“人影”が現われた。
男の指がアナスイの首にかけられようとしたその時、
バチッという破裂音が辺りに響き渡る。
「グッッッ・・・!アチチチッッ!?」
悲鳴が上がり、男が腕を闇雲に振り回す。
低い雷鳴が轟いたような感覚がした。
暗い廊下の向こうから、黒い服に身を包んだ男が近寄ってくる。
「ウ、ウェザー・リポート・・・!!!?」
ギャング達がどよめき、顔を見合わせた。
不思議な威圧感を持った青年。それがウェザー・リポートだった。
賭けで絶対的に強いとか、
明日の天気の予知がTVやラジオの番組よりもあたるとか、
彼についての逸話は色々あったが
悪意を持って近づいた者は原因不明の強烈な静電気に悩まされる、という話が
<ウェザー・リポートには出来れば近寄らない方がいい>
という水族館での定説を作り出していた。
「ハハ・・・なんだ、アナスイはあんたの知り合いだったのか」
作り笑いを浮かべ。そそくさと男達はその場を後にする。
ヒュウ、とアナスイは感心したように小さく唇を鳴らした。
「この間の食堂での“アレ”、あんたの仕業だったのか」
アナスイはそう言ってウェザー・リポートの胸からこしにかけて広がる雲に視線を落とす。
「俺の他にも同じようなモノを持っている奴がいたんだな。
・・・・・・でも、“余計”だったぜ」
男達を追い払った事を指摘されるとウェザーは
「助けたのは、相手のほうだ」
と静かにつぶやいた。
「物に潜行できるタイプのスタンドか。この前確認できなかったわけだ・・・その能力は生まれつきか?」
ウェザーの問いにアナスイは肩をすくませ
「さあ?」
とポーズを取る。
「はっきりコイツを認識したのは初めての殺しのときだ。
・・・気が付いたら俺の横に、。立っていやがった。
俺の横にいて、・・・相手を・・・バラバラに分解していやがった・・・」
アナスイは薄く笑いながらそう言うと、何故か視線を暗く落とした。
静寂に包まれた廊下の壁の、小さな窓からパラパラと冷たい音が聞こえてきた。
2004.1.16、2004.2.21
(act.3&4に続く)
|