「ケープ・カナベラルの午睡」   (アナスイ&徐倫)
攻撃された瞬間に彼女の父親へ合図を送った。−その後のことは記憶が曖昧だ。
最後に感じたのは自分の胸を貫く彼女、・・・徐倫のスタンドの腕。
 
気が付くと俺は暗闇の中にいた。
何も見えず、聞こえない。
 
死んだのか。
漠然と、そう思う。
 
死んだとするなら此処は「あの世」なのだろうか。それならば、殺人者の俺が存在する場所は地獄という事か。
 
空間に身を横たえ目を閉じると様々な光景が頭をよぎる。
殺めてしまった女の事。
泣き叫んだ母親。
失意と絶望の表情のまま沈黙していた父親。
俺が、振り返りもしなかった者達の事。
 
<徐倫>
彼女の輝きに魅かれて、初めて俺は自分の「罪」を感じた。
彼女の前に立つ事を許されない程黒くなっている己を悔いた。
 
・・・この暗闇で覆われた世界はそんな自分にふさわしい罰の形なのかもしれないと自嘲気味に口を歪める。
 
 
どれ程の時が経ったのか、ふと瞼を通して淡い光が瞳に届くのを感じた。
「・・・?」
起き上がって光の方向へ目をこらすと、それは一匹の蝶だった。
薄い羽をはかなげに動かし、左右に舞いながら少しずつこちらへ近づいてくる。
 
何故こんな所に蝶が、とは不思議と思わなかった。
ただ、淡く輝くその姿に「彼女」の面影が重なった。
 
「徐倫・・・」
無意識に蝶へと手を伸ばす。
その動きに気が付いたように蝶もこちらへ舞寄り指先へとまる。
・・・そう感じた瞬間、蝶は白い指に変わり俺の手を握った。
 
「アナスイ!!」
 
声が、名を呼ぶ。
 
「よかった・・・、やっと、貴方を見つける事が、出来た。」
そう言って蝶・・・いや、『徐倫』が俺の懐へ飛び込んでくる。
「貴方、自分から闇に沈んでるんじゃないかって、・・・父さんが言ってくれたの。」
“徐倫”
“父さん”
彼女のぬくもりと声が確かなものだと認識出来てくると同時に現状がわかってくる。
 
「!!徐倫、まさか、まさか・・・君まで倒れてしまったって言うのか・・・!?」
全身の力が抜ける。
結局自分は彼女を守るために何一つ役に立てなかったのだ。
うなだれた俺の頬に手をあてて徐倫が目を覗き込んでくる。
「未来はまだ途切れていない。皆のおかげで彼・・、エンポリオを逃がす事が出来たの。
あの子が希望をつないでくれるわ。きっと・・・。」
 
「それにね、おかげで貴方にまた、会えた。」
彼女の唇が軽く前髪に触れる。
驚いて顔を上げようとする前に徐倫が俺を抱きしめてくる。
「あたし、気が付いたの。貴方に何も言えてないって。
答える事も・・・謝る事も」
 
<ごめん、ね>
 
耳元で小さく呟く声が聞こえたが、俺の肩に顔をうずめた徐倫の表情はわからなかった。
けれど何故か彼女が泣いている気がして、俺はそっと彼女の身体に腕を回す。
 
辺りを見渡すとそこは暗闇ではなく見覚えのある景色が広がっていた。
一面の青色と体を覆う水の感触。
 
そうだ、俺はこの海に沈んだのだった。
水底から空を見上げると水面を通して雲が流れてゆくのが見える。
 
急速に意識がぼやけてくる中、徐倫がゆっくりと、どこか哀しげに身を寄せてきた。
「アナスイ、どこか遠い場所で、あたしが・・・あたしでなくなっていても・・・見つけてくれる?
約束した言葉を、あたしに言ってくれる?」
揺れる水の中で、俺は彼女を見つめた。
 
徐倫。
いつでも、何処にあっても俺は君を求めるだろう。
魂に刻まれた想いが消える事はないだろう。
 
俺がうなずくと徐倫は小さく微笑んだ。
優しい感触が唇にふれ、全ての感覚が泡に包まれていく。
 
 
 
 
青い海の底で眠りにつく俺たちの上を蝶達が渡っていった。
 
新しい世界の、向こう側へ。
いつか再び巡る風景を待つために。
 
                               終
 
 
紺野マユミ様に捧げます。
お絵かき掲示板絵をテーマに“S・S”を、との事でしたが先ず「ショート」になってるのかどうか、という部分からして微妙です・・・。
少しでも意に添える物が出来ていたら良いのですが。
                         
 
 

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