体力トレーニングガイドライン
射撃競技において体力の優劣が表立ってパーフォーマンスを決定するようなことはない。技術的には筋力を極力使用しない体の姿勢を追及するわけであるから、体力で技術を補うことはほとんどできないともいえる。しかし、体力は確かに射撃競技において次の2点を決定付ける要因として考えられる。
1; 関節に対するストレスによる故障の発生率
2; 競技を通じた集中力の維持能力
A 筋力トレーニング
1に関しては関節系の故障、とりわけ腰痛障害の発生率に筋力が大きな影響力をもつことを意味する。立射で数多く発生する腰痛の防止としては、腹筋・背筋の強化、ハムストリング(ふとももの裏側の筋肉)の柔軟性の向上が上げられる。勿論最も大きな要因は、射手が合理的な姿勢をとっているかどうかという点を忘れてはならない。合理的な姿勢は関節に対するストレスを分散させ、ひとつの関節に対する負荷を軽減する。不合理な姿勢を筋力で補うという考えは成立しない。
脊椎では上下方向の安全な範囲のストレスの他にずれを起させる力が加わるが、この力を受け止めるのが筋肉であるといえる。この点では筋力は大きいほど安全であるということが言える。専門的に競技に取り組む意思のあるものは脊椎を保護する腹筋、背筋は強靭でなければならない。脊椎周囲の筋力が充分でないと志半ばで障害に悩む可能性が非常に高い。男女別には男性のほうが腰痛は早期に発現する傾向が強く、導入時期から定期的な筋力トレーニングの実行は推奨される。一般的に理解しやすい数字として、腹筋、背筋運動の繰り返し回数は最低限200回としたい。サンデーシューターの場合も筋肉強化以前に筋肉細胞に働くことを覚えさせるため、例えば入浴前に2-30回のゆっくりとした腹筋、背筋運動の実施を推奨する。(この程度の回数ではダイエット効果はないのでちょっとした健康法程度に考えるほうが健全である)
筋肉は筋繊維の束からなり、筋繊維は筋細胞のつながりである。筋細胞の特性としては大雑把に分類して、速筋繊維(FT繊維=主に細胞内の炭水化物を直接燃料とし、収縮スピードは速いが疲労しやすい特質をもつ)と遅筋繊維(ST繊維=酸素を媒体としたエネルギー代謝が得意で収縮スピードは遅いが疲労しにくい特質をもつ)の2種類がある。射撃のように強度の低い運動では(据銃時の消費カロリーは基礎代謝に加え1.6-1.9kcal/分=軽いジョッギング程度)FT繊維がまず運動に参加し、FT繊維が疲労してしまうとST繊維が運動に参加する。筋力トレーニングでは強度の低い運動の繰り返しによりST繊維の活性化が第一目標となる。この目的のトレーニングでは筋繊維の増加や最大筋力の増加はほとんど起こらないが、筋繊維の酸素活性がたかまり有酸素能力の向上が期待できる。
筋力トレーニングの詳細は専門家に任せるとして、ここでは自分でトレーニングを考える場合の原則を確認しておく。
筋肉を鍛えるには日常使っている範囲を越えた負荷を筋肉に与える必要がある。すなわちトレーニングとして捉えた場合、腹筋運動が100回できるものにとって10回の腹筋運動ではトレーニング効果が無いということである。また100kg持ち上げられるものにとって20kgのウェイトでは筋力アップは期待できない。最大繰り返し数(RM=repetition
maximum)であれ、最大筋力であれトレーニング効果のできる数値はそれらの60%以上(諸説ある)の負荷がかかったときと理解されたい。例えば腹筋運動が100回できるものにとってその人のRMは100になる、60%は60回であるのでこの人は60回以上腹筋運動を実施しないと筋力強化には繋がらない。仮に毎日80回やったとすると、おそらく数週間でその人のRMは150に達するであろう。その時点では既にトレーニング効果はほぼ無くなってきたといえる。この場合は回数を増やさなくてはならない。筋力がどんどんついてくるとこのやり方では時間がかかってしょうがない。その場合はウェイトを持つ。頭の後ろにウェイトを持つと、おそらくそのウェイトでのRMは激減する。10kgも持つと当初のRMは10回程度であろう。それがトレーニングを重ねるにつれ、10,20と漸増する。RMが30になった時点でウェイトを15kgにするとRMは激減する。この方法で腹筋と背筋をトレーニングする場合、所要時間は10分程度ですむ。即ちお風呂前のトレーニングが成立する。筋力がつけば(筋肉が動くことに慣れれば)トレーニング負荷は増やされなければならない。
増強された筋力は3ヶ月のトレーニングの継続で体に定着するといわれている。個人的経験では腹筋のRMを50から300に上げるのに3ヶ月を要した。4ヶ月でトレーニングは終了したがそれから15年経過した現在でもRMは100を越えている。徐々に筋力は低下するがその年月を勘案すると非常に長持ちする。
さらに注意点としては、筋肉は関節を挟んで常に2グループ一対で仕事をする。腕を例にすると、腕を曲げる際は上腕二頭筋(力こぶ)が収縮し、腕の裏の上腕三頭筋が伸展する。
上腕二頭筋が縮みすぎると関節が外れるので腕が曲がりきる直前に裏側の三頭筋がブレーキをかけて関節を保護する。逆の場合も関節を保護するために二頭筋が働く。野球の投手は技術としてこの筋肉の働きがぎりぎりのところで投球している。このことは筋力トレーニングでは必ず表裏一対でトレーニングする必要性を示している。腰痛防止のため腹筋運動だけを行うのは片手落ちで、必ず裏に相当する背筋のトレーニングを同時に行いたい。また全ての関節角度での筋力を得るため運動はなるべく遅いスピードで実施することも重要である。反動をつけた腹筋運動は効果半減である。
B 持久力のトレーニング
詳細はエアロビクス関係の文献を読んでもらいたい。
射撃では一般体力、全身的な健康は集中力の持続性に影響するといわれている。その点では同感である。しかし、ペンシルバニア大学の研究では一般体力のバロメーターであるエアロビクス能力(Vo2max)の優劣と射撃のパーフォーマンスに有意な関連性は見つからなかったという報告もあるし、経験的にはそのとおりであると思う。MTUの研究でも体力向上のうち筋力面での向上は据銃能力に僅かな改善を示すが、心肺機能の向上と据銃能力には因果関係がないと報告されている。
心肺機能の向上が一般防衛体力の向上に寄与することは全く疑いないので、この点では強化してもらいたい。しかし生活時間のスケジュールとして、射撃のために毎日1時間ジョッギングするならその時間は技術訓練に当てたほうが有効であると思う。これはトレーニングの一部を否定しているのではなく、自分には平均並みの体力があったからかもしれない。
平均以下の持久力のものは少なくとも平均並には強化することを進める。例えば10km連続して歩く気がしない人…。10km歩くと凄く疲労すると感じている人。そういった人は射撃には向かない。その程度が苦になる人は一般生活での体力に不足しているわけであるから、射撃の遂行にもその持続性が疑われる。特にあらたまってトレーニングしなくても通勤の1駅分を歩くとか、2km以内は車に乗らないとかいったことでも良いと思われる。
持久力のトレーニングは次のような効果をもたらす。
@ 体(細胞)の有酸素能力を高めスタミナがつく
A 必要なときに急速な空気(O2)を肺に取り入れる能力がつく
B 大量の血液を体に循環させる能力がつく
C 抹消血管が活性し、体全体に酸素を送り込む能力がつく
これらは全て射撃には有効であり、一般生活上も向上させたい能力である。
以前チームを運営していたとき、練習の最後には2km程度のランニングを実施していた。その主な目的は、血流の増加により疲労物質の代謝を促進すること一対の筋群を動かすことによる体のバランスの維持にあった。エアロビクス能力を高めるには2kmのランニングは一般には時間が短すぎて不足である。また激しいが心拍数がすぐに下がってしまう補助スポーツ(テニスや50mで終わってしまう水泳)も効果が低い。もしトレーニングするなら強度は低くてよいが10-20分心拍数の上がった状態が持続する運動を取り入れたい。
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