風とその対策 @ 風の実態 競技会の成績を見ると強風の日は確かに得点が低い。多くの射手は風の強い日は成績が悪くて当然だと思っているしそのような日に悪いスコアを撃っても自分の技術の低さを認めようとはしない。彼らは射撃開始の直前に自分の目標を下げてしまうし、心配をお互いに表明しあうことが社交的に受け入れられている。おまけに風のある日に優勝した者は運がいい選手だと心のどこかで思っている。しかし、どのようなコンディションの日であっても優勝者は必ず存在するし、自分の努力で順位が上がる可能性があることを忘れてはならない。
射手の体に風が当たる場合、射手はまず風の息を選んで射撃を行う。それも不可能な場合はなるべく風の弱い時期を選択して据銃を行うが、立射の際は左手の保持位置を前方に移動させたり、スタビライザーのウェイトを前方に移動させ、伏射や膝射の際はスリングを強く張ったりする工夫も必要である。壁の隣の射座では壁に体を寄せることも重要である。規則では机を横倒しにする等個人で防風措置を施すことはできない。 弾丸に吹き付ける風は、標的上の10点圏に対して300mよりもむしろ50mスモールボア・ライフルのほうに深刻な影響を与える。300mも風に対して弾丸は流されるが、300mでは風の読み方は50mよりはるかに容易である。スモールボア・ライフルの弾薬では“風に強い弾”が存在するので、練習中にそのようなロットにめぐり合う幸運に遭遇すればそのロットを試合用に保存しておく。50m射撃では風に対する対処能力が成績を大きく左右するので、風の中での射撃は訓練する必要があり、その基礎知識と作戦について述べておく。 風という現象は空気の移動であり、バッフル式射撃場では時として幅数メートルといった蛇のような空気の帯が地表を這う場合もある。空気は圧力の高い方から低い方へ、冷たいところから暖かいところへと移動する。例えば寒冷前線の通過に伴う風は相当強く一方向から継続的に吹くのが通常である。また地表面における現象としての風は、多くの場合暖かい空気が上昇してそのあとに冷たい空気が流れ込むことによる。この場合の風の方向は多分にランダムである。朝から気温がぐんぐん上昇するような日は気温の上昇につれて必ずと言っていいほど風が、しかも比較的読みづらい風が吹くので伏射などは早いうちに終了したほうが有利であるという作戦も考えられる。一日中気温の変化のない日は比較的風の発生が少ないのでゆっくり丁寧に撃ったほうが良いという作戦も考慮できる。 弾丸が風に流される量は弾頭形状と速度が大きな要素を占めるが、スモールボア・ライフルの射手には選択の余地がない。それでも弾薬のロットによって風に強い弾が存在する。現実的にはそれは選択するというより遭遇を待つといったほうが正しいかもしれない。弾が風に流される量は弾の初速に比例するのではなく、真空中に撃ち出された場合を想定した弾丸の標的までの飛行時間と、実際に空気中を飛行するのに要する時間との差(ラグタイム)の大きさに比例することが米軍とウィンチェスター社の実験により証明されている。換言すれば初速と50m先での飛行スピードの差が小さいほど風に強い弾丸と言える。スモールボア・ライフルの弾は初速300-330m/sで撃ち出された場合最も良い精度が得られ、この初速の範囲内でできるだけラグタイムが小さくなるように弾頭が設計されている。大口径は良い精度が得られる初速の範囲が広く、一般に3300f/s以下ではスピードが速いほど風に強いといえる。 風が弾道に与える影響は標的近くで吹く風よりも銃口近くで吹いている風によるもののほうが大きい。競技では射線からそれぞれ10m、30mの位置に風旗が設置されるが、残念ながら理論の期待に反してほとんどの射場で手前の旗は当てにならない。とりわけ4時〜8時方向(後方から)の風は射屋の影響で手前の風旗は全く用をなさない。また多くの射場ではバッフルが設置されており、9時〜3時方向の風の場合でも手前の風旗が役に立たない場合が多い。原則としては風旗の動きと試射の弾着の関係で風旗の価値を判断するが、現実的には多くの場合標的側の風旗のほうが信頼度は高い。
射手が12時方向、すなわち正面から風を受けた場合弾着はどうなるであろう。12時方向の風は弾丸のスピードを低下させる。従って弾丸は重力の影響をより長い時間受けることとなり、無風時より下方(標的上6時方向)にずれる。ただしこのずれはよほどの強風でない限り9点には出ない。 1時方向から吹く風の弾丸に対する影響はどうであろうか。1時方向の風は12時方向の風と比較して横風としての性格を持つ。勿論前方から吹く風としての性格も大きなものがあるので、12時方向からの風の弾着のやや上方、左よりの標的上では7時方向に弾着する。 次に2時方向からの風の場合は、1時方向よりも更に横風としての性格を強め、弾自体のスピンの影響も加わり弾着は標的上の9時方向(真横)に表れる。
A 風の中での射撃 風の強弱の中で僅かに10点を外してしまうことは恐れることではない。風に注意せず8点を撃つことは技術のない自分が原因である。風を読んだ上で8点を撃つことはその原因は風にあるのである。 実射にあたっての作戦であるが、何よりも基本的にパニックに陥らないことである。風の中では9点を撃ってしまう。あまり気にせず自分が何をしているのか常に把握していることが大前提となる。センターで撃発しなければ話が始まらないことも常に念頭に起きたい。 最も好ましい風の中での射撃は“無風時を選択して射撃する”ことである。風が吹いたりやんだりする日は成功するであろう。上級者であればサイトは無風時で風の吹く方向側の10.3あたりにゼロイングする。速く撃てる射手は更に成功率は高い。射手はまずこの作戦に優先権を与えるべきであろう。しかし現実にこの作戦だけで成功を収めることができる日はあまり多くない。多くの場合制限時間内に射撃を終了することが困難であると思われる。 次に考えられる作戦は“同じ条件時に射撃する”ことである。射撃開始前にその日に最も頻繁に現れる状態(ドミナントコンディション)を観察し、その状態のときにサイトを合わせ、その状態を選択して射撃することである。日によっては2つ以上の状態を選ぶ場合も考えられる。例えば無風時と9時方向の弱風になったときといった具合である。試射で変移量を確認し、条件に合うようにマイクロサイトを動かしながら射撃を進める場合も考えられる。信頼できるマイクロサイトは絶対条件である。狙った状態がくればできるだけ数多く撃つことも上級者は採用すべきである。1分間に3発程度の完璧な撃発ができる能力をトレーニングしたい。 風力はさほど強くないが方向が一定しないような日は“風を読んでクリックを動かしながら撃つ”ことも考えられる。高度な技術であるので中級者以下には推奨できない。まず前述の弾着変移図が完全に頭の中でしかも潜在意識の行動として応用できなければならない。お猿さんには無理である??? 風を読む最良の判断材料は自分の弾痕である。撃発直後スコープを見る前に風旗の状態を観察し、実際の弾着、自分のコールとの関係でサイトを調整する。毎回センターで撃発することに特に注意しなければならない。この技術は時間が足りなくなりそうな場合に実施する。 風が非常に強く、また強さも頻繁に変化するような日や、制限時間が残り少なくなってしまった場合の最後の手段として“シェイディング”という技術がある。これは正照準以外で撃発することであり、一般に3時からの風が強くなれば黒点をリングサイトの10時方向にタッチさせて、また9時方向からの風が強くなればリングサイトの4時方向にタッチさせて撃つ。勿論3時方向からの強風が照準中に弱くなってきた場合なども4時方向タッチの照準が採用できる。シェイディングの実施にあたっては射手が小さいリングサイト(概ね3.0mm以下)を使用していることが条件の一つとして上げられる。また技術的には通常時少なくとも590以上の平均を持つ射手でなければ採用すべきではないであろう。無風時のシェイディングによるグルーピング練習で100点が可能になれば利用できる技術である。 580点台以下のレベルの射手が照準修正と称して正照準以外で撃発している場合もあるが、基礎技術が不十分な射手が楽をしているだけで正しい技術とは言いがたい。まず全弾センターで撃発する技術とマイクロサイトの正確な調整技術を目指すことが先決である。 ホームルームへ戻る |