風とその対策
 
@ 風の実態
競技会の成績を見ると強風の日は確かに得点が低い。多くの射手は風の強い日は成績が悪くて当然だと思っているしそのような日に悪いスコアを撃っても自分の技術の低さを認めようとはしない。彼らは射撃開始の直前に自分の目標を下げてしまうし、心配をお互いに表明しあうことが社交的に受け入れられている。おまけに風のある日に優勝した者は運がいい選手だと心のどこかで思っている。しかし、どのようなコンディションの日であっても優勝者は必ず存在するし、自分の努力で順位が上がる可能性があることを忘れてはならない。
風が我々の射撃を妨害する方法は二通りある。先ず射手の据銃そのものを脅かす射手に直接吹き付ける風であり、今ひとつは飛行する弾丸に吹き付ける風である。射手に吹き付ける風は我々の行う競技射撃では射座が屋根以外に3方向、即ち標的方向以外の三面が覆われているため、通常は弾丸に吹き付ける風ほど深刻ではないが特に風の強い日は射座に風が吹き込む場合がある。
射手の体に風が当たる場合、射手はまず風の息を選んで射撃を行う。それも不可能な場合はなるべく風の弱い時期を選択して据銃を行うが、立射の際は左手の保持位置を前方に移動させたり、スタビライザーのウェイトを前方に移動させ、伏射や膝射の際はスリングを強く張ったりする工夫も必要である。壁の隣の射座では壁に体を寄せることも重要である。規則では机を横倒しにする等個人で防風措置を施すことはできない。
弾丸に吹き付ける風は、標的上の10点圏に対して300mよりもむしろ50mスモールボア・ライフルのほうに深刻な影響を与える。300mも風に対して弾丸は流されるが、300mでは風の読み方は50mよりはるかに容易である。スモールボア・ライフルの弾薬では“風に強い弾”が存在するので、練習中にそのようなロットにめぐり合う幸運に遭遇すればそのロットを試合用に保存しておく。50m射撃では風に対する対処能力が成績を大きく左右するので、風の中での射撃は訓練する必要があり、その基礎知識と作戦について述べておく。
風という現象は空気の移動であり、バッフル式射撃場では時として幅数メートルといった蛇のような空気の帯が地表を這う場合もある。空気は圧力の高い方から低い方へ、冷たいところから暖かいところへと移動する。例えば寒冷前線の通過に伴う風は相当強く一方向から継続的に吹くのが通常である。また地表面における現象としての風は、多くの場合暖かい空気が上昇してそのあとに冷たい空気が流れ込むことによる。この場合の風の方向は多分にランダムである。朝から気温がぐんぐん上昇するような日は気温の上昇につれて必ずと言っていいほど風が、しかも比較的読みづらい風が吹くので伏射などは早いうちに終了したほうが有利であるという作戦も考えられる。一日中気温の変化のない日は比較的風の発生が少ないのでゆっくり丁寧に撃ったほうが良いという作戦も考慮できる。
弾丸が風に流される量は弾頭形状と速度が大きな要素を占めるが、スモールボア・ライフルの射手には選択の余地がない。それでも弾薬のロットによって風に強い弾が存在する。現実的にはそれは選択するというより遭遇を待つといったほうが正しいかもしれない。弾が風に流される量は弾の初速に比例するのではなく、真空中に撃ち出された場合を想定した弾丸の標的までの飛行時間と、実際に空気中を飛行するのに要する時間との差(ラグタイム)の大きさに比例することが米軍とウィンチェスター社の実験により証明されている。換言すれば初速と50m先での飛行スピードの差が小さいほど風に強い弾丸と言える。スモールボア・ライフルの弾は初速300-330m/sで撃ち出された場合最も良い精度が得られ、この初速の範囲内でできるだけラグタイムが小さくなるように弾頭が設計されている。大口径は良い精度が得られる初速の範囲が広く、一般に3300f/s以下ではスピードが速いほど風に強いといえる。
風が弾道に与える影響は標的近くで吹く風よりも銃口近くで吹いている風によるもののほうが大きい。競技では射線からそれぞれ10m、30mの位置に風旗が設置されるが、残念ながら理論の期待に反してほとんどの射場で手前の旗は当てにならない。とりわけ4時〜8時方向(後方から)の風は射屋の影響で手前の風旗は全く用をなさない。また多くの射場ではバッフルが設置されており、9時〜3時方向の風の場合でも手前の風旗が役に立たない場合が多い。原則としては風旗の動きと試射の弾着の関係で風旗の価値を判断するが、現実的には多くの場合標的側の風旗のほうが信頼度は高い
風による弾着変移はほとんどの場合一定の法則に基づいている。多くの射手が既に経験しているように真横から風を受けた場合弾は最も大きく流される。ただしその着弾は決して真横に流されることはない。なぜなら銃口を飛び出した弾はライフリングによって射手の側から見た場合右方向に強く回転しているからである。すなわち3時方向(右から吹く風)から飛行線に直角に風を受けた弾丸は標的上の9時方向には着弾せず10時にずれて弾痕を残す。逆に9時方向から風を受けた場合は標的の3時方向より下方に着弾する。この弾丸自体の回転による時計針方向への着弾のずれは射手が風に対処する場合忘れてはならない事項で、自動的に自分の判断のなかに組み入れられるように訓練されなければならない。

50m先での初速330/sで撃ち出されたスモールボア・ライフル弾丸の横風変移理論値
(ロット間の差が大きくあてにはならない)

風速(50mすべての範囲で影響する場合)

左右変移量(mm)

1.8

12

3.6

24

5.4

35

7.2

47

9

59

射手が12時方向、すなわち正面から風を受けた場合弾着はどうなるであろう。12時方向の風は弾丸のスピードを低下させる。従って弾丸は重力の影響をより長い時間受けることとなり、無風時より下方(標的上6時方向)にずれる。ただしこのずれはよほどの強風でない限り9点には出ない。
1時方向から吹く風の弾丸に対する影響はどうであろうか。1時方向の風は12時方向の風と比較して横風としての性格を持つ。勿論前方から吹く風としての性格も大きなものがあるので、12時方向からの風の弾着のやや上方、左よりの標的上では7時方向に弾着する。
次に2時方向からの風の場合は、1時方向よりも更に横風としての性格を強め、弾自体のスピンの影響も加わり弾着は標的上の9時方向(真横)に表れる。
以下4時方向から11時方向の風も同様に、弾丸のスピンの影響を受けて弾着は一般の予想より時計回りの方向にずれる。風の吹く方向と弾丸の流される方向の関係を整理すると標的上に平行四辺形を形作る。この図は各自カード等に清書し射撃道具とともに常時携帯することを勧めるとともに、上級者にとっては完全に記憶すべき図であることを強調したい。図の平行四辺形を見ると12時→3時、6時→9時を結んだ線が長いことに気づく。つまり12時から3時方向へ風向が変化した場合(前から右へ)、6時から9時に風向が変化した場合(後ろから左へ)は着弾変移が大きいことに注目すべきである。換言すれば、右斜め前から風の吹く日、左後方から風の吹く日は予想を越えた着弾変化が起こりやすいことが理解できる。
ここで3時方向から9時方向へ風が変化した場合の弾着変移を風による失点の最も極端な例として解説しておく。3時方向から風が継続して吹いている場合、我々は試射を通じてその状態でサイトを合わせる。つまり3時方向からの風により標的上の10時方向に流された弾着をサイト調整で標的の中心に移動させる。仮に右に5クリック、下に2クリックのサイト調整を3時方向からの風の下で行ったとする。我々はできる限り同じ条件で撃発しようと試みるわけであるが、この状態で風が無くなると中心より5クリック右、2クリック下の9点に弾着する。もしこの状態で風の方向が180度方向を変え、この変化に射手が気づかなかったらどうなるであろう。同じ風力であるとすると、弾着は2倍逆の方向に移動してしまうのである。ここの例では中心より10クリック右、4クリック下の位置に弾着する。4時方向7点である。元来1点圏分の距離をサイトで補正したのであるが、逆風の場合は標的が同心円ピッチで決定されているため予想以上の失点を経験することになる。現場で“そんなに強い風ではないのに8点が出る”などとよく聞くが、多くの例でサイトをゼロイングした条件の全く逆風で発射してしまっている。風の中での射撃は風の強さよりも方向の変化の感知が難しく失点してしまう可能性が大きい。とりわけ2時→4時、8時→10時の変化は風旗では読み取りにくく、上下にほんの僅か外してしまう場合も多い。
 
A       風の中での射撃
風の強弱の中で僅かに10点を外してしまうことは恐れることではない。風に注意せず8点を撃つことは技術のない自分が原因である。風を読んだ上で8点を撃つことはその原因は風にあるのである。
実射にあたっての作戦であるが、何よりも基本的にパニックに陥らないことである。風の中では9点を撃ってしまう。あまり気にせず自分が何をしているのか常に把握していることが大前提となる。センターで撃発しなければ話が始まらないことも常に念頭に起きたい。
最も好ましい風の中での射撃は“無風時を選択して射撃する”ことである。風が吹いたりやんだりする日は成功するであろう。上級者であればサイトは無風時で風の吹く方向側の10.3あたりにゼロイングする。速く撃てる射手は更に成功率は高い。射手はまずこの作戦に優先権を与えるべきであろう。しかし現実にこの作戦だけで成功を収めることができる日はあまり多くない。多くの場合制限時間内に射撃を終了することが困難であると思われる。
次に考えられる作戦は“同じ条件時に射撃する”ことである。射撃開始前にその日に最も頻繁に現れる状態(ドミナントコンディション)を観察し、その状態のときにサイトを合わせ、その状態を選択して射撃することである。日によっては2つ以上の状態を選ぶ場合も考えられる。例えば無風時と9時方向の弱風になったときといった具合である。試射で変移量を確認し、条件に合うようにマイクロサイトを動かしながら射撃を進める場合も考えられる。信頼できるマイクロサイトは絶対条件である。狙った状態がくればできるだけ数多く撃つことも上級者は採用すべきである。1分間に3発程度の完璧な撃発ができる能力をトレーニングしたい。
風力はさほど強くないが方向が一定しないような日は“風を読んでクリックを動かしながら撃つ”ことも考えられる。高度な技術であるので中級者以下には推奨できない。まず前述の弾着変移図が完全に頭の中でしかも潜在意識の行動として応用できなければならない。お猿さんには無理である??? 風を読む最良の判断材料は自分の弾痕である。撃発直後スコープを見る前に風旗の状態を観察し、実際の弾着、自分のコールとの関係でサイトを調整する。毎回センターで撃発することに特に注意しなければならない。この技術は時間が足りなくなりそうな場合に実施する。
風が非常に強く、また強さも頻繁に変化するような日や、制限時間が残り少なくなってしまった場合の最後の手段として“シェイディング”という技術がある。これは正照準以外で撃発することであり、一般に3時からの風が強くなれば黒点をリングサイトの10時方向にタッチさせて、また9時方向からの風が強くなればリングサイトの4時方向にタッチさせて撃つ。勿論3時方向からの強風が照準中に弱くなってきた場合なども4時方向タッチの照準が採用できる。シェイディングの実施にあたっては射手が小さいリングサイト(概ね3.0mm以下)を使用していることが条件の一つとして上げられる。また技術的には通常時少なくとも590以上の平均を持つ射手でなければ採用すべきではないであろう。無風時のシェイディングによるグルーピング練習で100点が可能になれば利用できる技術である。
580点台以下のレベルの射手が照準修正と称して正照準以外で撃発している場合もあるが、基礎技術が不十分な射手が楽をしているだけで正しい技術とは言いがたい。まず全弾センターで撃発する技術とマイクロサイトの正確な調整技術を目指すことが先決である。
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