撃発への準備 (上級者向け)  vol.1
 
競技技術についてはさまざまな説明がなされるが技術的に系統立てて行われることは案外少ない。技術に関してはそれぞれに思うところがあり、上級者同士でもある特定の技術要素では正反対の意見をもつ者も意外と多い。ただ本来そこには射撃モデル=各人の理想とする射撃技術にたいする理解または目標=が存在すべきであるが、それも多くの場合心もとないのが実情である。コーチや先輩に指導されるものは指導者の射撃モデルを理解する必要があるし、指導者は射撃モデルを明示しなければせっかくのアドバイスも経験談の域を出ないのではなかろうか。
現実的には多くの射手にとってコーチは自分自身である。つまり練習は自習であり、その効果率は、練習内容の決定も含め、各人がそれぞれのレベルで射撃モデルを強く認識するか否かに左右される。「目標をもったトレーニング」を効果的に実施したい場合も、『技術的にどのような射撃が現在の自分に可能であるのか』を決定することからはじめられるべきである。
決定という言葉を用いるのは認識されるべき射撃モデルは現在の技術の集大成ではなく、これから進歩した後に得られる1ランク上の技術に基づいたものでなければならないからである。射撃モデルは上達した自分の明確な姿とも表現できる。
進歩の過程では射撃モデルは理想的な撃発時のイメージと換言して差し支えないであろう。射撃モデルと現在の技術のギャップは訓練の中心課題となり、それに対する集中はトレーニングの効果率を押し上げる。週1回の実射しかできない射手がチャンスに恵まれた射手の技術に追いつくには、効果率に対する強い認識なしにはそれこそ不可能である。
今回は各射手がそれぞれの射撃モデルを形成するための一資料として撃発の前後に起こることにを念頭において簡単にまとめておきたい。
射撃の最も重要な時間帯はおそらく撃発をはさんだ1-2秒の間であり、その間の心と体の状態が弾痕として標的に記録されてゆく。
少々単純に過ぎるかもしれないが、トレーニングで据銃の安定性を追及したり、撃発タイミングを研究したりすることは撃発にいたる準備段階を訓練していることである。この準備段階の成否は撃発結果の良否に対して直接の影響があるので非常に重要であることは誰もが認識している。認識がやや低いと思われることは“どうなれば”よいのかというトレーニングの目的と“どうすればよい”のかというトレーニングの方法に関する点であろう。
射撃のトレーニングは撃発をより簡単にできるようにする技術を身に付けることであろう。銃をベンチレストして射撃をすれば撃発は非常にやさしい。だれでもリラックスを感じ取ることができる。撃発のトレーニングとして白紙練習は有効であるが、撃発エラーの原因のうちの大部分をしめる据銃能力の不足、なかでもバランスが達成されていない据銃姿勢でリラックスを追及してゆく非合理的な射撃は多くの射手にみうけられ、このような射手にとっては白紙トレーニングは対症療法にすぎない。
撃発の前後の時間帯にわれわれは何を規範に行動するであろう。行為のスイッチは照準映像であるがその大勢は銃の静止状態によって決することは周知のとおりである。銃を止めるために我々はできるだけリラックスをするよう努力する。立射の場合2つの重量物、すなわち頭部と銃器は筋肉がリラックスすればするほどそれらが落ち着きたいところへと移動したがる。筋肉の作用が少なければ少ないほど物理の法則どおりの位置変化が生じるのである。至極当然のこの事実は射撃モデルを考える際、射手の姿勢のもつ合理性が射撃行為全体の成否の鍵を握る絶対要件であることを示唆している。姿勢のとり方によっては、あるいは日によっては銃を止めようとリラックスをしようとすればするほど銃の静止状態が悪化する場合もありうるのである。
射撃モデルを撃発時の理想的な状況を具現化する意図で構築するにはまず『リラックスすれば銃が止まる』状態で据銃することを追求する必要がある。
ボーンサポートはそのための第一の関門である。伏射では最も重要な技術要素であり、これなしでは射撃理論が成立しない。バットプレートやスリングの調整などもボーンサポートの原則を軽視すればなんの合理的な結果も予測できない。ボーンサポートは反動の良否よりも何倍も重要である。なぜなら撃発の際は銃を止めるために全身の脱力を求めるからであり、ボーンサポートが確立されてはじめて“自然狙点”の概念が生まれリラックス状態で銃口を期待する方向に向けうる状態が可能になるからである。重量を受け持つ作業の全てを骨格とコートに任せることができれば頭は撃発の瞬間を処理することだけを受け持つことができる。どのような姿勢を研究するにせよ“最終的にはリラックスして構えたい”という前提のもとではボーンサポートは最優先項目である。フリーライフルでは多くの射手にとってその完成は可能であるがほとんどの射手は据銃の良否の判断を“照準のし易さ”を基準に実施しており、膝射ではその傾向は強い。ボーンサポートの完成度が上がれば、とりわけ立射では、重量を受け持つ仕事に筋肉の関与が低減するので照準時の銃口の上下移動量は激減する。ボーンサポート技術の進捗状況はノプテルを使用すれば容易に判断できるし信頼性のある(絶対比較の可能な)数値データで時間経過に沿って技術を評価できる。
ボーンサポートの完成度が銃口のY軸方向の安定度に寄与するのに対し、左右方向に関しては姿勢のもつバランスが主役的な要素としてあげられる。バランスは銃口の静止のみならず、リラックスしてゆく過程で体を静止させたいといった要求に対して決定的な役割を担う。リラックスするということは銃の位置を重力の法則に任せて決定してゆくことであるので、銃のゆれ方はともかく、脱力状態で体が静止する重量配分を得て据銃が完成されていなければその後のいかなるトレーニングも効果率は低い。バランス技術が不足すると、たとえば左手のリラックスに集中したとしても撃発時期が近づくにつれ(リラックス度が上がってゆくにつれ)銃は重力バランスを保つ位置に動きたがるので、銃口を10点方向に留めるには必然的に筋肉の使用を強制される。筋力による銃口の静止が一度崩れると周期の短い銃口の振動が始まり、バランスの復帰現象(上体のスウェー)による銃口の左右の揺れが加わりコントロールが乱れる。立射では腰や両脚の無意識に訓練された技術でなんとか銃口を標的方向に向け続けるが、完成度の高いバランスが達成されていればこの技術的調整は最小限で済まされ、メンタル的な技術の駆使が可能になる。すなわちそれだけ撃発が容易になってくる。
射撃の導入を受けたときはだれでも上記の考えのもとに姿勢作りを実施したはずである。練習を重ねてゆくうちに初めてサイトを覗いたときとは比べものにならないほど銃は安定してゆき実際に得点も伸びる。この進歩は実は習熟によるもので、その状態で完璧な域に達したとしても得点の進歩は必ず停滞する。その先は射手の技術的ポテンシャルをより引き出す射撃姿勢、ならびにその結果得られる易しい撃発チャンスの創生にトレーニングの焦点を移行すべきであることは明らかである。私は60回連続して3秒以上10点圏に銃口を留められる選手を一人知っている。彼女がスーパーショットに成れるかどうかは、撃発の前後の状況をいかに易しいものにできるかどうかにかかっていると思われる。              
撃発への準備 vol.2
リラックスすれば重力の法則どおりにバランスの保てる位置に体が復帰すること(または倒れてしまうこと)が理解できれば、実際のトレーニングでそれを体感する訓練が必要である。ある時点で据銃訓練は“その姿勢の復元性を求めること”からその姿勢がバランスポイントの上にあること、そしてその状態で銃口が標的に向いていることにその注目点を変えなければならない。勿論完璧主義による盲目的なバランスの追求は功利的ではなく排除されるべきであるが、少なくともその意識をもって姿勢を構築した後に撃発訓練に入らなければ原理的に共通理解となっている“リラックスすればするほど銃が落ち着いてくる”といった期待そのものが意味を持たなくなる。
バランス訓練の第一段階は銃の無い状態での射撃姿勢でリラックスしてその状態を保てるかどうかのチェックであろう。立射や膝射ではリラックスしてそのまま姿勢を保てる位置に脚や体の角度が調整されなければならない。ニーリングロールの大きさや高さ、射撃ブーツの中敷の調整は原則的にはこの段階で決定される。良いと思われる状態から少しだけ頭を右に傾けると状態が右に流れてくるはずである。そうならなければその状態はリラックスできているとは言い難い。
銃を構えると通常大きくバランスが変化する。第一段階で習得した感覚を銃を構えた状態で再現しなければならない。体格とセッティングが許せば銃は銃なしの姿勢の重心点の真上に位置させることが出来るであろう。銃口の狙点は当然標的から外れるが、立射の場合などはコートを着用しないでバランスの方向感に集中してトレーニングすることも有効である。コートなしの据銃は銃の重量感を感じるので骨格サポートやバランスの確認には適切である。しかし長時間これを実施することはマイナスの技術の学習にもつながるのでせいぜい5‐10分を限度としたい。
撃発への準備段階である据銃作業の最終段階はチークピースへの頭部の移動であるが、その移動を終了した後の状態のバランスが安定していることが最終目標である。この目標が達成された射撃姿勢が取れる射手は、据銃の際チークをつける直前の段階で意図的に全身をリラックスさせると上体が背中の方向に流れるのを感じるはずである。そのような射手はマイクロサイトを覗くために首を傾斜させることがリラックスを誘い、結果良いバランスの状態で銃を静止させることが出来るという図式を完成させていると言える。この図式の成立した姿勢では姿勢の保持にはそれほど集中力を使用する必要はなくなってくる。すなわち最もクリティカルな照準・撃発に集中の余力を残せるということである。
実際にバランスのとれた姿勢が完成されると姿勢には真の自然狙点が形成される。自然狙点は当初は同じ地域を銃口が左右に往復する狙面であるかもしれない。銃口はリラックス度が変化しない限り同じ方向を指向する。据銃トレーニングはその状態を何回も復元させたり、その状態をなるべく長く保持させたりする行為である。撃発はその中タイミングを見て行うか、或いはその動きの中で銃を意図的に静止させて行う行為である。撃発そのものについては自然に(自動的に)行うか意図的に行うかの議論が分かれるところであるが、それらの考察も自然狙点(面)の中で照準が推移していなければ成功への議論には結びつかない。
各姿勢について既述の目的をもった据銃行為についての主なチェックポイントを以下にまとめておく。
1 伏射の据銃のチェックポイント
*上体の重量が骨格に懸かっていること
   両肘の位置調整が中心
   両肩が弛緩していること
*銃の重量はスリングのみで支えられていること
   左腕が完全に弛緩していること
上記2つの最低限の要素が完成されていると現象としての反動は跳起後正照準の位置か標的12時方向に戻ってくる。(左図参照;上下方向のラインは反動の軌跡)








2 立射の据銃のチェックポイント
*   骨格でサポートしていること
   自分では過度と思われるほど上体の力を抜いても銃口は標的の高さを保っている
*    全身をなるべくリラックスすること
   左腕を意図的に徐々に上げていくと体が前方に流れるのを感じること
骨格サポートと良いバランスの完成度はとりわけ初級者と中級者、端的に言えば570点とそれ以下を分ける要素であるので該当レベルでプラトー期(成績の伸びが停滞している時期)にある射手は特に検証してもらいたい。

最終的には立射でかなりの時間(数秒以上)銃口をセンター圏に留める技術の習得が可能になる。(左図、AR、表示ラインは3秒間))






3 膝射の据銃のチェックポイント
     * 銃の無い状態でバランスよく座れていること
         靴底にすわり腰の動きが最も少なく、その状態で全身をリラックスさせても状態がスェーすることなくっ座れているか。上半身が過度に前傾しているとリラックスできない。
     * 銃をスリングに託した状況でリラックしても上体は崩れてゆかないこと
  照準を合わせることだけに集中すると体のバランス保持がおろそかになる。初期では体が止まって銃だけが左右に動く状態を感じるが、進歩の課程ではこれが標準である。



(左図は中級者の膝射;左右方向にしか銃口は移動しない)



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