いのちの音は     宮前利保子詩集 

                 河書房/2000円


「やっとこせ」

柿の葉を踏むと サンダルから

柔らかさが伝わってくる


足元にいくつかの 蝉の脱け殻

重なりあう柿の葉の静寂な眠りの上に

よたよたと這いでる やっとこせ

ここは 寒露という十月

背を見せて去った夏を

追いかけるには おぼつかない足取り

白濁のまなこは

羽化をまつ安全地帯を見定められようか

小さな土の塊によろめき

掘削用の前脚は 宙をかくばかり


お前は 万国旗がはためく校庭にわく

子どもらの歓声に さそわれたのか

すんだ空に流れる鰯雲を あおぎたいのか

夏日の尾をひく秋に狂うたか


樹間を 自由にすりぬける羽根は

体をおおう鎧の両腋で 震えている


夕方 行く場のない やっとこせを

花みずきの元 地中ふかく埋めてやった


やっとこせ−−蝉の幼虫、生地鬼石では「はいこぞう」と呼ぶ



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