田口三舩詩集・予兆      

          東国叢書U・紙鳶社


「春蝉」


とうに老年期に入っているように見える

そのおとこは

高原の林の中を両手で大きく輪を描きながら

歩きつづけているのだった

春蝉のいまわの鳴き声が

底抜けに明るく陽気だったので

そのおとこは

飛び跳ねているみどり児たちと

そんな仕草で溶けあい

人が木々や虫や鳥たちと

自由に心を通わせていた遠い日の

虹色にきらめく風のことばで

見えない無数のいのちたちに向かって

連れてってよ連れてってよと

哀願しているようにも見えるのだった



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