ピエタの夜    川島 完 

                 紙鳶社/東国叢書U@


「夏歌・風」

カティサーク号の

ウイスキーの空瓶が

乱反射する利根川中流まで流れて来て

銚子に出るか

見沼代用水を通って

荒川へ入ろうか迷っている

 <カティ>とは近道のことだったかな

 腹いっぱいの風と

 夕陽のインド洋は

 幻覚のような遠景である


日曜の午後は

たいてい

トラックの荷台で

蟹を売るパンチパーマの男がいる

わたしはいつも散歩でこの利根川端まで来るが

先週は

−あれが赤城か

と きかれ

今日は

−あれが筑波か

と きいてきた

つぎは

−あれが秩父連山か

と尋ねるだろう


詞花集の貴族のおとこが

この東国の風の

歌枕の地へたどりついただけでも

大航海であったはずだ

いま〈近畿大の貴族〉と染抜いた

ウィンドサーフィンの走りを

蟹を売る男と

わたしは見ている

彼らのたむろす岸辺にも

カティサーク号は

一本立っている



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