二月の沙羅の樹に

     小鮒美江

        西毛文学社    頒布価格2000円

--------------------------------------------------

 千年樹

千年の孤独の時空を
佇っている木

輪廻の林に
転生の森に
樹は見て来た
千年の空の色
千年の人の歴史
あらゆるものの誕生と死
西からの風が吹く
あんなに早く雲が走る
枝をゆらし葉をそよがせ
すこしずつ身軽になってゆく

樹は聴いている
じっと
千年の音
梢を過ぎる風の音
鳥たちの声
内なる水の流れる音
行方不明者を尋ねる放送が
初冬の空にひびくのを

樹は悲しんでなどいない
人の世の苦悩も悲嘆も
戦争も災害もテロも復讐も
あずかり知らぬこと
葉を鳴らし枝をこすり合せて
樹が呟いている
ああどうでもいいことだ
なにもかもおろかしいことだ
悠久の流れの中で
ひたすら年輪を重ねてゆくのみだ
いつか地に帰る日まで




「新刊」に戻る.......「TOPに戻る」

本のお申し込み、お問い合わせ等はここをクリックして下さい。