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天皇賞(秋)は3200m時代の80年プリテイキャストから2000mに変わって14回目の97年エアグルーヴまで牝馬は勝てなかった。ジャパンCはホーリックスNZからウオッカまで牝馬の勝利には20年のブランクがある。有馬記念は08年にダイワスカーレットが勝つまで71年のトウメイ以来37年を要した。近年は立て続けに名牝が現れたことで、あたりまえのようになりつつある牝馬の大活躍も、実は10年に1度レベルの大変なことがたまたま集中的に起こっているだけなのかも知れない。米国でもゼニヤッタとレーチェルアレクサンドラによる牝馬の時代を経て、今年のブリーダーズCクラシックG1では牝馬のハヴルドグレースが2番人気に推されたが、牡馬の前にあっさり4着に敗れている。それくらい牝馬が牡馬に勝つのは簡単なことではない。2歳時から足掛け4年にわたって実質トップの座に君臨した○ブエナビスタの偉業は、そのタイトルの数以上の重みをもって記憶しておきたい。それにしても、1位降着1回に1馬身未満の負けがG1で5回だから、結構取りこぼしが多かった。あるいは、力負けという負け方はほとんどなかったので、余裕があったぶんだけ負けたといっていいのかも知れない。それが深刻な故障や長期休養と無縁で競走生活を続けることができた理由でもあるだろう。これは父スペシャルウィークの戦績をなぞり、かつその延長線上にあるものだ。よくいわれるドイツ牝系の奥の深さはもちろんあるにしても、母の父のカーリアンは短期決戦的な面のある血なので、フロリースカップGBに至るスペシャルウィークの牝系に重ねられた日本的血脈がここまでのキャリアを支えた点は見逃してはいけない。 |
| グラスワンダーUSA産駒の季節的偏り | |
| 月 | 重賞勝ち |
| 1月 | 京都金杯G3(マイネルスケルツィ) |
| 2月 | −− |
| 3月 | −− |
| 4月 | ニュージーランドトロフィー(マイネルスケルツィ) |
| 5月 | 金鯱賞G2(アーネストリー)、金鯱賞G2(サクラメガワンダー)、新潟大賞典(オースミグラスワン)、新潟大賞典(オースミグラスワン) |
| 6月 | 宝塚記念G1(アーネストリー)、エプソムCG3(セイウンワンダー) |
| 7月 | −− |
| 8月 | 札幌記念G2(アーネストリー) |
| 9月 | 新潟2歳S(セイウンワンダー)、オールカマーG2(アーネストリー) |
| 10月 | −− |
| 11月 | ジャパンCG1(スクリーンヒーロー)、スワンSG2(マイネルレーニア)、アルゼンチン共和国杯(スクリーンヒーロー)、京王杯2歳S(マイネルレーニア) |
| 12月 | 朝日杯フューチュリティS(セイウンワンダー)、全日本2歳優駿(ビッグロマンス)、ステイヤーズSG2(コスモヘレノス)、鳴尾記念G3(サクラメガワンダー)、鳴尾記念(サクラメガワンダー)、中日新聞杯G3(アーネストリー)、ラジオたんぱ杯(サクラメガワンダー)、フェアリーS(フェリシア) |
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▲オルフェーヴルの父ステイゴールドは有馬記念で98年グラスワンダーUSAの3着、99年もやはりグラスワンダーUSAの10着。母の父は91年にダイユウサクに敗れて2着。しかし、そういう一族の鬱積は既に一昨年、全兄ドリームジャーニーが晴らした。しかもブエナビスタを差し切って勝ったのはドリームジャーニーが最初。弟はそれ以上に天才肌を感じさせるので、いかにブエナ姐さんに目をつけられたところで、気にすることも遠慮することもなく差し切る可能性がある。このような天才的な面は、ステイゴールドの母の全兄サッカーボーイに通じるものだろう。ステイゴールドはここ一番というときにしかそういった面は見せなかったが、ドバイや香港で発揮した飛ぶような脚はディクタス×ダイナサッシュに由来するもので、オルフェーヴルの場合はコンスタントにそれが出せる。サッカーボーイがそうだったように、このような天才は問答無用、競り合い無縁なので、勝つときは楽々と勝ってしまうだろう。 △トーセンジョーダンはトニービンIRE系の牡馬にありがちな一撃退去型の戦法で天皇賞(秋)の殊勲で十分だろうと考えていたが、大間違いだった。トニービンIRE×ノーザンテーストCANのエアグルーヴや4分の3以上同血のカンパニー型の持続的な強さがあるようだ。姪にあたるラシンティランテが阪神ジュベナイルフィリーズで大敗、イトコのヒストリカルもエリカ賞で5着となり、ファミリーの短期的な破竹の勢いというものはそがれた格好だが、古馬になって本当の力をつける系統なので、長期的にはまだまだ大きな発展を遂げそうな勢いがある。 ヒルノダムールの父マンハッタンカフェはちょうど10年前の勝ち馬。牝馬のレッドディザイア、マイラーのジョーカプチーノ、ダートのグレープブランデーなど多彩な産駒を出している父が、長距離で結果を出し、叶わなかった凱旋門賞G1への夢を託したという点で初めての正統後継者となった。菊花賞、有馬記念と連勝した父に比べるとゆっくりしたペースではあるが、その後を継いでいつかは超えようという意図の見てとれる戦績は残してきた。ところで、今年はサッカーボーイ、それに先立ってシンボリルドルフが生涯を閉じたが、ルドルフの母の父であるスピードシンボリは有馬記念で5戦2勝の成績を残した。4度目の挑戦で挙げた6歳時の1勝目は、欧州に遠征して3戦し、凱旋門賞大敗を経て臨んだ69年。単勝10.7倍の6番人気で菊花賞馬アカネテンリユウをハナ差負かした。舞台設定は似ている。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2011.12.25
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