2009ヴィクトリアマイル


ダービー馬の隠れた仕事

 3年も続けると、ある程度レースの傾向もできあがってくるようで、過去3着以内になった9頭は、そのうち8頭をサンデーサイレンスUSA系が占めている。まだ3年ともいえるので、たまたまそうなったに過ぎないのかもしれないが、使えるデータは使うべきだろう。もうひとつ、勝ち馬に限れば、いずれも母の父が英ダービー馬か英ダービー馬の父という共通点が浮かぶ。タフな東京の1600mには、ダービー馬の持久力と瞬発力をベースにサンデーサイレンスUSA系の持続的な切れ味を加えたものが合うということかもしれない。
 父系はともかく、母の父が“ダービー”関連血統かどうかは分かりづらいので、下表にまとめた。父がSS系で母の父が英ダービー馬ということで、完璧にふたつの条件をクリアするのがリトルアマポーラ。今年は父のアグネスタキオンにまだ長打が出ておらず、種牡馬ランキングでも(1)マンハッタンカフェ、(2)シンボリクリスエスUSA、(3)クロフネUSAに遅れての4位(JBIS発表、5月12日現在、サラ総合)に甘んじているが、現4歳はこの馬のほかにダービー馬ディープスカイ、皐月賞馬キャプテントゥーレがいるヴィンテージ世代。これらが本格的に稼動すれば、巻き返しがあって驚けない。07年の6月に世を去った母の父コマンダーインチーフGBは、93年の3歳4月にダンシングブレーヴUSA直仔らしい遅いデビューを果たし、そのまま無傷の4連勝で英ダービーを制覇、続く愛ダービーでも仏ダービー馬エルナンドFRを斥けた。あらためて見ると大変な名馬なのだが、産駒に芝のクラシック制覇がなかったのは残念。ただし、血統は良血の塊とさえいえるものなので、母の父としてより優れた働きをする可能性は残されている。祖母はクラシック路線にも乗りかけたが、本格化したのは4歳秋で、今回と同じ東京芝1600mの牝馬東タイ杯に勝つと、マイルチャンピオンシップでオグリキャップの4着と健闘(差は1秒あったが)。その後、暮れには阪神牝特にも勝って、最優秀古牝馬に選ばれた。その年、実質的に最優秀だったのはもちろんジャパンCに勝ったホーリックスNZで、成績的に名牝と呼ぶのはどうかと思えるが、そのような水準の年にそのカテゴリーでトップだったのは事実で、また、タイトルを図らずも引き寄せてしまう名門牝系の力が備わっていたともいえる。5代母コランディアGBはファロス3×3、トゥルビヨン3×3という凝った配合で、その産駒ベルワイドは天皇賞(春)勝ち馬。更に遡れば10代母のフランスの名牝ザリバに至り、その子孫には凱旋門賞連覇のコリーダから“世界チャンピオン”ダイラミまで多くの名馬が出た。10代も遡るのはどうかという向きもあるかとは思うが、フロリースカップGBはメイショウサムソンの10代母、ウオッカの11代母だから、名門というのはそれくらいの捉え方でちょうどいいのではないだろうか。

“ダービー”関連血統の母の父
馬名母の父母の父の備考
ダンスインザムードNijinsky70年英ダービー馬
コイウタドクターデヴィアスIRE92年英ダービー馬
エイジアンウインズデインヒルUSA04年英ダービー馬ノースライトなどの父
リトルアマポーラコマンダーインチーフGB93年英ダービー馬
ヤマニンエマイユトニービンIRE93年日本ダービー馬ウイニングチケットなどの父
ブーケフレグランスノーザンテーストCAN89年日本ダービー馬ダイナガリバーの父
カワカミプリンセスSeattle Slew77年ケンタッキーダービー馬
ブラボーデイジーサンデーサイレンスUSA89年ケンタッキーダービー馬
ヤマニンメルベイユサンデーサイレンスUSA  同上
レジネッタサンデーサイレンスUSA  同上

 ブーケフレグランスは母の父ノーザンテーストCANが日本ダービー馬の父なので、一応条件は満たしていると考えられる。そればかりか、対ウオッカという点では、実に危険な血統というほかない。何といっても仇敵ダイワスカーレットの妹ですからなあ。ウオッカと同じ厩舎で、強いのか弱いのか分からないデカい子というキャラクターも、この一戦のためにあえて演じてきたものかもしれない。それはともかく、祖母の父クリムゾンサタンの名は日本では珍しく、“スカーレット一族”以外ではヒシマサルUSAの血統表に見つけられるくらいだったが、この春は天皇賞のマイネルキッツの祖母の父として登場した。血統論者の多くがマイネルキッツに飛び付けなかった恐らく唯一の理由はクリムゾンサタンで、たとえば米国の大種牡馬ストームキャットのスピードはこの血に支えられている部分も多い。それが春の天皇賞馬の血統表中に出現するのだから、今後、その頻度を増す可能性は高い。1600mならなおさらだろう。自身、今回は初めての一線級との対戦。しかも、ムラというか、自分のリズムを保てなかったときのモロさは相変わらずだが、兄ダイワメジャーの重賞初制覇が皐月賞だったように、G1のステージまで上がってきた以上、それなりの仕事ができる力は秘めている。

 マイネレーツェルの母の父サクラユタカオーは“ダービー”と無縁だが、オークス馬なら出している。このように臨機応変で網を緩めるのも競馬データを扱う際のコツ。しかも、祖母の父はダービー馬サクラチヨノオーの父であり、3代母の父ヴェンチアGBはクライムカイザーの父、4代母の父は三冠馬シンザンだから、ダービーのタイトルは母の父を補って余りある。6代母ダイアンケーUSAは直仔に菊花賞馬ダイコーター、孫に大阪杯に勝ち菊花賞2着のハシクランツ、鳴尾記念のハシローディーを出した名牝ながら、重賞勝ちはメモリーバイスによる89年の新潟大賞典以降マイネレーツェルの出現まで途絶えていた。サンデーサイレンスUSA直仔の力が弱まってフロリースカップGB系からウオッカやメイショウサムソンが現れたように、このような古い名門がサンデーサイレンスUSA血脈を取り込むことで活力を取り戻す例は今後も増えるかもしれない。

 カワカミプリンセスは父系祖父ダンシングブレーヴUSAが英ダービー馬で、母の父シアトルスルー、祖母の父セクレタリアトともに米三冠馬。SS血脈は持たないが、父の母の父からヘイローが入っている。おおまかにいえば、上の条件を満たしているし、血統表の“クラシック度”はメンバー中随一といえる豪華さを誇る。祖母サマーセクレタリーも6歳で米G3ボーゲイHに勝つなど、52戦11勝のタフな牝馬。まだまだ衰えはない。

 ジョーカプチーノのNHKマイルC勝ちなどでサイアーランキングの首位を奪回したマンハッタンカフェ。今年の3歳世代の活躍は、そのタフさと底力が、それまでの世代とは明らかに異質のものなので、旧世代のマンハッタンカフェ産駒に同様の期待ができるかどうかは微妙な面もある。ただ、セラフィックロンプはG1フェブラリーSのサクセスブロッケンと同じ名門ヒルブルック系で、母の父はアグネスタキオンやエアジハードと同じロイヤルスキー。一発があるかも。


競馬ブック増刊号「血統をよむ」2009.5.17
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