2007フェブラリーS


コンドルは舞い降りた

 昨年秋以来のエルコンドルパサー産駒の大活躍は下表(1)に見る通り。それまでの不振は何だったのだろう。サラブレッド血統センターの藤井正弘さんは週刊競馬ブック「2003ファーストクロップサイアー名鑑」のエルコンドルパサーの回を「3年後のワンチャンスで総合リーディング奪取、というのが希望的観測だ」と結んだが、予定より1年遅れたとはいえ、それに近いことが起こり得なくもない状況になってきた。私はどう考えていたかというと、エルコンドルパサーは特殊な血脈を集め特殊なデザインを施されたことで既に完成した配合であっただけに、そういう完璧にして濃厚な良血の塊を受け入れるだけの懐の深さとか多様性とかが日本の繁殖牝馬群にあるだろうかという疑いを持っていた。むやみに疑り深いのも恥をかきますね。
 エルコンドルパサーは国際レーティングによれば史上最強の日本調教馬ということになっている(表2)。最強馬が常に最高の種牡馬になるとは限らないものの、現実に競走で示した強さが種牡馬としての可能性を測る上で最も有力な手掛かりであることは間違いない。当たり前といえば当たり前だが、こういったことは意外に手遅れになってから気付くもので、サンデーサイレンスを手放してしまったアメリカの生産界もそのひとつの例だろう。もちろんエルコンドルパサーもこの世を去った今となってはどうしようもなく手遅れなのだが、残された産駒に賭け続けることはできる。そういうわけでビッググラスに期待した。なぜ急にエルコンドルパサー産駒が活躍し始めたかは分からない。しかも、なぜ初年度産駒のこの馬が一番最後に重賞勝ちを果たしたのかはもっと分からない。分からないので先に進みます。母のドラゴンリリーは短距離で準オープンまで行った芝・ダート兼用の活躍馬で、その父はイブンベイ。ミルリーフを経てネヴァーベンドに遡るあたりは、リヴァーマン牝馬の子アロンダイトに通じる。イブンベイはダービーグランプリのタイキヘラクレスが直仔で唯一の重賞勝ち馬なので、そのまま忘れられかねなかったが、近年はイトコのウィジャボードの大活躍のおかげで、欧米の競馬雑誌のブラックタイプに再登場する機会が増えた。牝系は5代母まで遡ってようやくその産駒に英ダービー馬シディアム、仏2000ギニーのティミュスの名前がある休眠牝系だが、更に遡ると偉大な名牝プリティポリーに行き着く。同じプリティポリー系から出た日本の代表的名馬カツラギエースも、同じ程度の休眠牝系から現れてジャパンC制覇の快挙を達成したのだから、この点については問題なしとしておきたい。


 1 エルコンドルパサーの猛攻
日付レース名勝ち馬生年月日母の父
2004.12.25ラジオたんぱ杯2歳Sヴァーミリアン2002.4.10サンデーサイレンスUSA
2005.11.30浦和記念ヴァーミリアン2002.4.10サンデーサイレンスUSA
2006.3.15ダイオライト記念ヴァーミリアン2002.4.10サンデーサイレンスUSA
2006.10.22菊花賞ソングオブウインド2003.2.20サンデーサイレンスUSA
2006.11.25ジャパンCダートアロンダイト2003.5.4Riverman
2006.12.20名古屋グランプリヴァーミリアン2002.4.10サンデーサイレンスUSA
2007.1.28根岸Sビッググラス2001.4.1イブンベイGB
2007.1.31川崎記念ヴァーミリアン2002.4.10サンデーサイレンスUSA
2007.2.11ダイヤモンドSトウカイトリック2002.2.26Silver Hawk

 2 過去10年の国際レーティング最高値
〜ワールドサラブレッドレースホースランキング  
年度レーテ
ィング
 ランキング首位レーテ
ィング
 日本調教馬首位
1997137パントレセレブルUSA119エアグルーヴ(牝)
1998131スキップアウェイ126エルコンドルパサーUSA
1999135モンジューIRE134エルコンドルパサーUSA
2000134ドバイミレニアム122テイエムオペラオー
2001133サキー125クロフネUSA
2002128ロックオブジブラルタルIRE119シンボリクリスエスUSA
2003133ホークウィング124シンボリクリスエスUSA
2004130ゴーストザッパー122ゼンノロブロイ
2005130ハリケーンラン124ディープインパクト
120 シーザリオ(牝)
2006129インヴァソール127ディープインパクト
太字は3歳馬、03年までインターナショナルクラシフィケーション、98〜04年JPNクラシフィケーション、97年までJRAクラシフィケーション、97年エアグルーヴはセックスアローワンス4ポイントを加え123相当、05年シーザリオは同じく124相当

 シーキングザベストは名門中の名門ラトロワンヌの直系で、なかでも恐らくは最大であろう勢力を誇るビッグハリーの分枝。母は米G3勝ち馬で、祖母は米G2に勝ち、その子孫にケンタッキーダービー馬シーヒーロー、英G1・2勝のモーツァルトをはじめ多数の活躍馬があり、3代母はアーリントンワシントンラッシーSに勝ち、これも子孫には名牝ライトライトをはじめ無数の活躍馬がいる。アメリカンボスが出たのもここ。ラトロワンヌ系のもうひとつの大勢力であるビジネスライクから出た名馬バックパサーを3×5で持つ以外にも、全体をアメリカを代表する名馬名牝の血が隙間なく埋め尽くしている。その血統表の豪華絢爛さは古き良き時代のアメリカの富を凝縮したかのようだ。これだけの良血が重賞レベルまで上昇してくれば、初挑戦のG1も壁とはならない。

 ヴァーミリアンの川崎記念勝ちは父系で見ればエルコンドルパサーの驚くべき勢いを示したことになるが、牝系に視点を替えると“スカーレット一族”のこれまた恐るべき勢いがはっきりする。これまでスカーレットリボンやスカーレットブーケがいくら活躍しても大レースでは壁があり、トライアル血統と呼ばれていたのはそう遠い昔ではない。それが、ダイワメジャーが皐月賞を制し、更に昨年秋に天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップを連勝すると、年が明けて最初のG1となる川崎記念をヴァーミリアンが勝った。もともとがマジェスティックプリンスやユアホストの出る名門ブドワール系なので、こうなるともう次々に名馬が現れ、伸び悩んでいたものも名馬に脱皮するくらいの勢いを得たと考えていいのではないだろうか。そこでその流れを受けて台頭するのが▲サカラート。母はダイワメジャーと同じサンデーサイレンス×ノーザンテースト。そこにアフリートの配合なら1600mが短過ぎるということはないだろう。1400mからの連闘となるステップも、眠っていたスピードを覚醒させる効果があるかもしれない。

 メイショウトウコンはロベルト系×Mr.プロスペクター系の配合。これはBCディスタフのハリウッドワイルドキャット、オークスのチョウカイキャロル以来定番となったニックスで、昨年も悲運の名馬バーバロから2歳ダート王フリオーソまで多くの活躍馬が現れた。この馬の場合は祖母の父から更にロベルトが重ねられているが、リアルシャダイはインリアリティ血脈を持っている点が重要。これもMr.プロスペクターと組み合わされることで大レース向きの底力を生む。

 ブルーコンコルドはアストニシメント系エベレストの分枝にネヴァービート、ヴェンチア、ブライアンズタイム、フサイチコンコルド。日本ダービーや春の天皇賞の勝ち馬といっても通る血統。このようないわばアウトローがチャンスを得られるのもダート競馬の楽しさだろう。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2007.2.18
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