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英国の三冠馬はニジンスキーを最後に出ていない。これは三冠達成後のニジンスキーが凱旋門賞に出走してまさかの敗北を喫したため、凱旋門賞に勝つならセントレジャーを使わない方が良いと考えられるようになったことが大きな理由のひとつ。その時点で凱旋門賞の優先順位が三冠達成よりも上になった。やがて2400m路線も斜陽になり、欧州3歳チャンピオンの最新で暫定的な理想像は1600〜2000mのG1を勝ちまくって仕上げに米国に渡ってブリーダーズCクラシック優勝というものに変化した。2000年のジャイアンツコーズウェイはほぼその線に沿って突っ走り、最後のBCクラシックだけクビ差2着に泣いたが、種牡馬として大成功している。トップレベルの競走が種牡馬選択を最大の目的として行われるのが面白いとは思えないが、英愛仏の競馬は高付加価値の種牡馬を作り上げることでしか商売として成り立たない。競馬の成り立ちと時代の求めるところによって、少なくとも三冠馬は3歳チャンピオンではなくなってしまった。チャンピオンは最も優れた種牡馬になりそうな馬のことなのである。 日本でも宝塚記念やジャパンCへの3歳馬の誘導を目的として、宝塚記念の日程が後ろに、菊花賞は前にずらされた。より強い相手、より高い目標に挑戦できる道をつけておくのはいいことだ。しかし、現状で3歳馬にそこまで望むのは無理があることもはっきりしつつある。欧州なら、いくら連戦連勝を続けたとしても、本格的な稼働は5月から10月の6カ月間に過ぎない。2歳から3歳5月まで目一杯の競馬が続き、更に暑い夏を挟んで秋の戦いがある日本の3歳戦の方がむしろ苛酷だ。求めるものが大き過ぎると、せっかくの才能が伸びる余地を失うことにもなる。時代とともに三冠の価値が変わっていくのは日本でも英国と同じだろうが、せっかくまだ活力があるのに、あえてメスを入れる必要はなかっただろう。サイアーランキングの不動の上位3頭、1位サンデーサイレンス、2位ブライアンズタイム、3位ダンスインザダークがどれも菊花賞馬の父であり、この春、米国で快挙を達成したシーザリオの父は春の天皇賞馬だった。これらの事実が示す通り、“時代遅れの超長距離戦”というのは濡れ衣で、この分野で最強馬が戦うだけの魅力と活気があることこそ日本の武器になり得るとも考えられるのではないだろうか。 こう考えたのも◎ディープインパクトの登場があったからで、われながらご都合主義とは思う。下表にある通り三冠達成自体は前例踏襲に過ぎないといえばいえるが、ナリタブライアンには圧倒的な力強さ、シンボリルドルフには付け入る隙のない完璧さ、ミスターシービーにはスリリングな危なっかしさがあって、それより前は生まれていないので知らないが、どれも記録ということでは等しくても競馬としてパフォーマンスとしてはそれぞれに違う価値があった。ディープインパクトの強さもやはり、これまでに誰も見たことがない種類の特別なものであって、それは史上何頭目であるとか何年ぶりであるとかはあまり関係がない。牝系は英2冠馬ナシュワンで知られる名門ハイクレア系で、祖母の父バステッドはブランドフォード系の古典的ステイヤー。地味な万能種牡馬アルザオの産駒には英オークス馬や愛オークス馬もいるし、母の父としては英セントレジャー馬ボーリンエリックを出した。ちなみに、このボーリンエリックは父がシャーミットでその父系はバステッドに遡る。父のサンデーサイレンスは3頭の直仔が菊花賞に勝ち、その3頭のうちの1頭ダンスインザダークはここ2年続けて産駒がこのレースを勝っている。ダービーと菊花賞で“2冠”となった馬がこれまで2頭しかいないように、ダービーの2400mに勝ったからといって菊花賞の3000mは問題ないということにはならないが、特に死角は見つからない。 下表の※は三冠ならずに敗れたレースでの成績だが、春の2冠を制して菊花賞に臨んだ7頭のうち、喘鳴症に泣いたタニノムーティエ以外は全て1番人気。ディープインパクトであっても油断は禁物だ。とはいえ、逆転可能なパンチ力を秘めていそうなものも思いつかない。○は同じ父で母の父がシャーリーハイツのローゼンクロイツ。シャーリーハイツは英・愛ダービー馬で、父として英ダービー馬スリップアンカー、仏ダービー馬ダルシャーンを出し、特にダルシャーンを通じて現在でも重要なスタミナ供給源となっている。お馴染みの“バラ一族”で、重賞勝ちは多くてもG1に手の届かないファミリーだが、全姉ローズバドはG1で2着が3回。一族では最も近い位置にいると見ることもできる。 ▲シックスセンスは母が1600mの仏G3勝ち馬で、その父はデインヒル。一見マイラー血統で、ダービーも皐月賞より着順を下げたが、世界の主流デインヒルにはこの先、長距離方向へ勢力を伸ばす勢いも備わっている。祖母の父ニニスキがスタミナの裏付けとなるのも間違いない。 大穴でダンスインザダーク産駒2頭。△コンラッドは伯父ノスタルジアズスターが米国最長距離ダート重賞ギャラントフォックスHに勝っている。ミツワスカイハイはこの中で唯一の小岩井牝系。ハイレコード、ハクリョウ、ダテテンリュウの3頭の“三冠ストッパー”はいずれも小岩井の牝系から出た。昔は今よりもっと勢力が強かったので、数の上でも当然とはいえるのだろうが……。 |
| 歴代三冠馬とニアミス馬 | |||||
| 勝ち鞍 | 年度 | 皐月賞 | ダービー | 菊花賞 | ※ |
| 三冠 | 1941 | セントライト | セントライト | セントライト | − |
| ダ菊 | 1943 | ダイエレク | クリフジ | クリフジ | 不 |
| 皐菊 | 1949 | トサミドリ | タチカゼ | トサミドリ | 7 |
| 皐ダ | 1950 | クモノハナ | クモノハナ | ハイレコード | 2 |
| 皐ダ | 1951 | トキノミノル | トキノミノル | トラックオー | 不 |
| 皐ダ | 1952 | クリノハナ | クリノハナ | セントオー | 不 |
| 皐ダ | 1953 | ボストニアン | ボストニアン | ハクリョウ | 2 |
| 皐菊 | 1954 | ダイナナホウシュウ | ゴールデンウエーブ | ダイナナホウシュウ | 4 |
| 皐ダ | 1960 | コダマ | コダマ | キタノオーザ | 5 |
| 皐ダ | 1963 | メイズイ | メイズイ | グレートヨルカ | 6 |
| 三冠 | 1964 | シンザン | シンザン | シンザン | − |
| 皐ダ | 1970 | タニノムーティエ | タニノムーティエ | ダテテンリュウ | 11 |
| 皐ダ | 1971 | ヒカルイマイ | ヒカルイマイ | ニホンピロムーテー | 不 |
| ダ菊 | 1973 | ハイセイコー | タケホープ | タケホープ | 不 |
| 皐菊 | 1974 | キタノカチドキ | コーネルランサー | キタノカチドキ | 3 |
| 皐ダ | 1975 | カブラヤオー | カブラヤオー | コクサイプリンス | 不 |
| 皐ダ | 1981 | カツトップエース | カツトップエース | ミナガワマンナ | 不 |
| 三冠 | 1983 | ミスターシービー | ミスターシービー | ミスターシービー | − |
| 三冠 | 1984 | シンボリルドルフ | シンボリルドルフ | シンボリルドルフ | − |
| 皐菊 | 1985 | ミホシンザン | シリウスシンボリ | ミホシンザン | 不 |
| 皐菊 | 1987 | サクラスターオー | メリーナイス | サクラスターオー | 不 |
| 皐ダ | 1991 | トウカイテイオー | トウカイテイオー | レオダーバン | 不 |
| 皐ダ | 1992 | ミホノブルボン | ミホノブルボン | ライスシャワー | 2 |
| 三冠 | 1994 | ナリタブライアン | ナリタブライアン | ナリタブライアン | − |
| 皐ダ | 1997 | サニーブライアン | サニーブライアン | マチカネフクキタル | 不 |
| 皐菊 | 1998 | セイウンスカイ | スペシャルウィーク | セイウンスカイ | 4 |
| 皐菊 | 2000 | エアシャカール | アグネスフライト | エアシャカール | 2 |
| 皐ダ | 2003 | ネオユニヴァース | ネオユニヴァース | ザッツザプレンティ | 3 |
| ※は落としたレースの成績 | |||||
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2005.10.23
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